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すっこ
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杯雪乃
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うわ……第32話、重すぎる……😭 由紀子さんの「二十年間、千佳を恨んでた」って言葉、すごく刺さった。親友だったからこそ、裏切られた痛みが余計に深いんだろうな。そして「助けて」って7回も連絡来てたのに無視したって告白……澪ちゃんも同じように電話に出なかったってバレて、二人の後悔が重なるのが辛かった。 最後の母子手帳と名前の入れ替え、もう何が本当なのか分からなくなる。澪ちゃんは誰の子なんだろう……。続きが気になりすぎます🥀
「千佳が奪ったのは――」
早川由紀子の言葉は、
炎の音に消えた。
「由紀子さん!」
真壁刑事が窓へ椅子を叩きつける。
一度。
二度。
ガラスが砕けた。
「ここから出ます!」
父が由紀子の腕をつかむ。
でも、
由紀子は母子手帳を離さなかった。
「これは持っていく」
「死にますよ!」
「だからよ!」
由紀子が叫んだ。
「二十年も守ってきたの!」
煙が天井を覆う。
目が痛い。
息ができない。
私は由紀子から二冊の母子手帳を奪った。
「私が持ちます!」
「返して!」
「外で返します!」
真壁が先に窓から出る。
父。
由紀子。
最後に私。
庭へ転がるように降りた直後、
家の奥で大きな音がした。
窓から炎が噴き出す。
四枚目の死亡通知。
焼死。
私は地面に座ったまま、
由紀子を見る。
生きている。
「助かった……」
由紀子は燃える家を見つめていた。
でも、
安心した顔ではなかった。
「違う」
「何が?」
「まだ終わってない」
「外へ出ました」
「死亡通知は、私を殺すためじゃない」
由紀子が私を見る。
「これを燃やすためよ」
視線の先。
私が抱えている、
二冊の母子手帳。
*
火は一時間ほどで消し止められた。
出火場所は、
家の奥にある物置。
電気系統ではない。
灯油のようなものが撒かれていた。
放火の可能性が高い。
誰かが、
死亡通知の予告通りに、
由紀子を焼き殺そうとした。
あるいは、
母子手帳を燃やそうとした。
由紀子は煙を吸ったため、
念のため岸本総合病院へ運ばれた。
私は救急車に付き添った。
皮肉だった。
何を調べても、
最後にはこの病院へ戻ってくる。
*
午前五時十八分。
由紀子の病室。
酸素マスクを外した彼女は、
最初にこう言った。
「母子手帳は?」
「警察が保管しています」
「燃えてない?」
「大丈夫です」
ようやく、
少しだけ表情が緩んだ。
私は椅子に座った。
「さっきの続きを聞かせてください」
「……」
「母が奪った赤ちゃん」
由紀子は窓の外を見る。
「二十年間、言わないって決めてた」
「誰と?」
「自分と」
「母を守るため?」
由紀子が笑った。
「まさか」
その笑いには、
はっきりと憎しみがあった。
「私は千佳を二十年間、恨んでた」
「どうして」
「あなたを見れば分かるでしょう」
「私?」
「千佳は全部持っていった」
意味が分からない。
「何を?」
由紀子は指を折った。
「子ども」
一つ。
「夫」
二つ。
「友達」
三つ。
「そして、他人の人生」
私は黙った。
「母が父を?」
「雅彦さんの話じゃない」
「じゃあ」
「千佳はね、昔から人の人生を自分で決める人だった」
思い当たる。
私もそうされていた。
進学。
服。
友人。
仕事。
母は、
私にとって正しい人生を、
いつも先回りして決めた。
「奈緒さんにも?」
「ええ」
「あなたにも?」
由紀子は頷いた。
「二十九年前までは、それでも親友だった」
中学からの友人。
千佳。
奈緒。
由紀子。
三人。
「私たちは、ずっと一緒だった」
由紀子が言う。
「結婚しても、仕事が変わっても」
「それが出産を境に壊れた?」
「正確には、あなたが生まれた夜」
五月十七日。
岸本総合病院。
三人の妊婦。
二人、あるいは三人の赤ん坊。
停電。
午後十一時四十分。
「由紀子さんも病院にいたんですよね」
「いた」
「出産した?」
「してない」
私は眉を寄せる。
「じゃあ三人目の妊婦って」
「私じゃない」
篠宮恵美。
記録に残らない三人目。
「恵美さん?」
「そう」
「あなたは何をしてたんです」
「千佳の付き添い」
「父がいたのに?」
「雅彦さんが来るまで、一緒にいた」
由紀子は目を閉じる。
「奈緒も同じ日に入院してきた」
「偶然?」
「違う」
また。
「母は知ってた?」
「知ってた」
「二人で同じ日に出産することを?」
「ええ」
「どうして?」
由紀子は答えなかった。
私は続ける。
「その夜、停電が起きた」
「そう」
「赤ちゃんが一人いなくなった」
由紀子の指が震えた。
「見たんですか」
「見た」
「誰が連れていった?」
長い沈黙。
「千佳」
心臓が強く打った。
「母が?」
「自分の腕に赤ん坊を抱いて、非常階段を降りていった」
「自分の子だった可能性は?」
「ない」
「なぜ言えるんです」
「千佳の赤ちゃんは、そのとき新生児室にいたから」
私は動けなくなった。
「じゃあ母は、別の赤ちゃんを連れていった」
「そう」
「誰の?」
由紀子は首を振った。
「そのときは分からなかった」
「警察に言わなかったんですか」
「言おうとした」
「でも?」
「奈緒に止められた」
「奈緒さんが?」
「お願いだから黙ってって」
ますます分からない。
自分の子を盗まれたなら、
奈緒が止めるはずがない。
「じゃあ、母が連れていったのは奈緒さんの子じゃない?」
「分からなかった」
「恵美さん?」
「そう思った」
記録に残らない三人目の妊婦。
赤ちゃんを返してと泣いていた女。
「翌朝、恵美はいなくなった」
「子どもは?」
「病院には二人いた」
「母の子と奈緒さんの子?」
「そう説明された」
「でも、一人は母が外へ連れ出した」
「そして戻した」
「いつ?」
由紀子が私を見る。
「午前二時過ぎ」
三時間近く。
生まれたばかりの赤ん坊を、
母はどこかへ連れ出していた。
「何のために……」
「分からなかった」
由紀子は言う。
「千佳に訊いても答えなかった」
「それで絶縁した?」
「違う」
「じゃあ、なぜ二十年前?」
二十九年前ではない。
由紀子が母を恨み始めたのは、
二十年前。
九年の空白がある。
由紀子は私を見る。
「九年間、私は千佳を信じた」
「赤ちゃんを連れ出したのを見たのに?」
「事情があるって言われたから」
「信じた?」
「親友だったから」
声が震える。
「千佳は言った。赤ちゃんを守っただけだって」
また、
守る。
「誰から?」
「言わなかった」
「それで二十年前に何が?」
由紀子はしばらく黙っていた。
「千佳がこの家に来た」
「あなたの家?」
「ええ」
「何をしに?」
「母子手帳を取りに」
さっき燃やされかけた、
二冊。
「どうしてあなたが持っていたんです」
「奈緒と千佳が預けたから」
「いつ?」
「出産した翌日」
「二人とも?」
「ええ」
「何のために」
「いつか、子どもたちに本当のことを話すため」
子どもたち。
私と、
ひかり。
「二十年前、母はそれを取り返しに来た」
「そう」
「渡した?」
「渡さなかった」
「なぜ」
由紀子の顔が歪む。
「あの子を見たから」
「あの子?」
「千佳が一緒に連れてきた女の子」
私は息を止めた。
二十年前。
私は九歳。
ひかりも九歳。
「私?」
「違う」
「ひかりさん?」
「そのときは名前を知らなかった」
「何歳くらい?」
「九歳くらい」
同い年。
「その子を見て、何が分かったんです」
由紀子の目から涙が落ちた。
「顔よ」
「顔?」
「恵美にそっくりだった」
篠宮恵美。
三人目の妊婦。
今夜、
父の代わりに死んだ女。
「じゃあ、その子は恵美さんの娘?」
「そう思った」
「ひかりさんが?」
「違う」
また否定された。
「じゃあ誰なんです!」
由紀子は首を振る。
「分からないの」
「でも母が連れてた?」
「ええ」
「私じゃない。ひかりさんでもない」
「少なくとも、私が知っているひかりではなかった」
私は固まった。
「ひかりさんを知ってたんですか」
「何度か会っていた」
「じゃあ別の子?」
「そう」
三人目。
また。
私。
ひかり。
そして、
名前の分からない少女。
「母は何て説明したんです」
「娘だって」
世界が止まった。
「母の?」
「そう言った」
「でも母の娘は私でしょう」
由紀子が私を見た。
「だから私は千佳に訊いた」
――澪ちゃんはどうしたの?
母は、
何と答えたのか。
由紀子の唇が震えた。
「千佳は笑って」
息を吸う。
「『澪は二人いてもいいでしょう』って言った」
背中が冷たくなる。
「何それ……」
「その瞬間、分かった」
「何が」
「千佳は二十九年前のことを終わらせてない」
由紀子の声に、
二十年分の憎しみが滲む。
「赤ちゃんを一度盗んで終わりじゃなかった」
「じゃあ」
「子どもの名前を替えて」
「……」
「戸籍を替えて」
「……」
「母親まで替えて」
由紀子は私を見る。
「ずっと、あの夜の続きをやってたの」
私は何も言えなかった。
「だから絶縁した?」
「ええ」
「警察には?」
「行こうとした」
「でも行かなかった」
「千佳に脅された」
母が。
「何て?」
由紀子は顔を伏せた。
「話したら、澪が消えるって」
私?
「どういう意味ですか」
「戸籍からあなたを消せるって」
母なら、
本当に何かを知っていたのかもしれない。
出生届のない私。
壊れた戸籍。
二つの家族。
「それで二十年黙っていた」
「違う」
由紀子が顔を上げる。
「黙らされたのは最初だけ」
「じゃあ」
「途中からは」
はっきり言った。
「私が千佳を憎んでいたから、何も助けなかった」
「助ける?」
「十五年前」
死亡通知が始まった頃。
「千佳から連絡が来た」
「何て?」
「助けてって」
私は息を止めた。
「何度も?」
「七回」
七枚。
「私は全部無視した」
由紀子は涙を拭う。
「だから、千佳が死んだと聞いても葬儀へ行かなかった」
「母を殺した七人」
私は呟いた。
直接殺したわけではない。
助けなかった人。
見捨てた人。
母が死ぬ原因になった人。
由紀子も、
その一人だったのかもしれない。
「後悔してますか」
私は訊いた。
由紀子は長く黙った。
「分からない」
正直な答えだった。
「千佳が許せない気持ちは今もある」
「でも?」
「死んでほしかったかって訊かれたら」
涙が落ちる。
「違う」
私は母から最後にかかってきた電話を思い出した。
私も出なかった。
由紀子と、
同じだった。
そのとき、
病室のドアが開いた。
真壁刑事。
透明な証拠袋を持っている。
「早川さん」
「何ですか」
「火事の現場から、これが見つかりました」
焦げた金属。
小さなプレート。
「何?」
真壁が袋をこちらへ向ける。
新生児の足首につける、
古い識別タグだった。
二十九年前のもの。
名前が刻まれている。
母 篠宮恵美
その下。
女児
由紀子の顔色が変わる。
「それ……」
「知ってるんですか」
「二十年前、千佳が持ってた」
「母が?」
「ええ」
「どの赤ちゃんのタグです」
由紀子は私を見る。
「千佳が二十九年前に病院から連れ出した赤ちゃんよ」
私は袋を見る。
母は、
篠宮恵美の赤ん坊を盗んだ。
少なくとも、
このタグが示す限り。
真壁が裏返した。
そこには、
母の字で、
新しい名前が書かれていた。
この子は、今日から――
その先だけ、
火で黒く焼け落ちている。
名前は読めない。
由紀子が呟いた。
「千佳が奪った赤ん坊は」
私は顔を上げる。
「生きてるんですか」
由紀子は頷いた。
「生きてる」
「誰なんです」
「それを知るために」
由紀子は私を見る。
「千佳は二十九年間、三人の娘の名前を入れ替え続けたのよ」