テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ロマンスファンタジー
Jasmine
987
#狂愛
柏木さくら
3,953
桃下結衣
916
ruruha
821
「キャッ!」
彩音ちゃん……!?
麗香しか知らないはずの――いや、あの禁断のパーティーで私と言葉を交わした者しか知らないはずの名前。
私は密着した身体を両手で勢いよく突き放し、強張った顔で男を見つめた。
「ゆ、悠聖さんっ!? どうしてあなたが……」
驚きのあまり言葉が詰まる。
大きく見開いた瞳は、瞬きすら忘れていた。
「良かった! 俺のこと覚えててくれたんだね」
彼は驚く私を見つめ、無邪気な笑顔をぱっと咲かせた。
「どうして悠聖さんがここにいるの?」
私は彼を凝視したまま、一歩あとずさる。
「もちろん、あなたに会いに来たんだよ。
あっ、自己紹介がまだだったね。
俺は直江悠希。
……悠聖の名前は内緒だよ。
ねっ、亜紀ちゃん」
最後だけ声を潜めると、彼は右手の人差し指を唇へ当て、「内緒」の仕草をしながら悪戯っぽく微笑んだ。
「直江悠希……」
呆然とその名を繰り返す。
改めて彼の姿を見つめた瞬間、私は再び目を見開いた。
「それ、この病院の白衣! 病院のネームプレートまで!」
彼が纏う白衣を指差し、息つく間もなく再び驚きの声を上げた。
「うん。来月からここで働くことになったから。専門は消化器外科。よろしくね」
彼は相変わらず悪びれない笑顔を浮かべ、私が指差すネームプレートを指先で摘み、軽く揺らした。
「ええっ!? それじゃあ、あなたが噂の腹腔鏡下手術の若きエースなの!?」
「若きエース?
へぇ、そんな噂が流れてるんだ。
今までいた病院では『期待のルーキー』って言われてたけど、エースの方が青臭くなくていいねぇ」
「……あっ、思い出した。
確かに、似た顔の芸能人を見たことある!」
ネームプレートを指していた手を、そのまま彼の顔へ向ける。
「ん? 似た顔の芸能人?」
彼は私の指先へ視線を落とし、不思議そうに首を傾げた。
「俺が誰に似てるって?」
「須賀健斗っていう人。ナースたちがそう噂してるみたいで……」
「ナースが噂を?
俺、まだ仕事もしてないのに、もう噂になってるんだぁ。……実際のところ、僕の方がイケメンでしょう?」
彼は私の顔を覗き込み、自信満々の笑みを浮かべた。
「……ごめんなさい。実は私、その芸能人をよく知らないの」
戸惑いを隠しきれないまま、曖昧な愛想笑いを返す。
「ところで。ここで何をしてるんですか?
確か異動は来月ですよね?」
「今日は事務課に用事があってね。それと挨拶回りと病院見学。
良かった。亜紀ちゃんに会えて」
「……ここ、内科の医局ですよ。
挨拶回りなら、外科の医局へ行った方がいいんじゃないですか」
警戒しながら、私はもう一歩あとずさる。
「えぇー。亜紀ちゃんは冷たいなぁ。運命的な再会を果たせたっていうのに。
あの夜から、亜紀ちゃんを思い出さない日はなかったんだ」
彼は眉尻を下げ、わざとらしく大きなため息をついた。
……また私をからかってるの?
「私は一日も早く忘れようと思ってました。
それに……やめてください。あの夜の話は。
あと、『亜紀ちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ばないでください。
誰かに聞かれたら誤解されます」
――あの夜のキスを赦したわけじゃない。
軽薄そうな彼を見ていると、口移しで飲まされた烏龍茶の生温かさが蘇り、怒りが込み上げた。
「大丈夫だよ。誰か来たら、廊下に響く足音ですぐ分かる。俺たちの話を聞いてるのは、そこにいる冴えない研修医だけさ」
そう言って彼は窓際の机を指差し、悪戯っぽくククッと笑った。
えっ!
私は目を見開き、窓際の机へ視線を向ける。
「さ、沢井くん! あなた、ずっとそこにいたの!?」
パソコンと高く積まれた医学書の間から、研修医の沢井くんが申し訳なさそうに顔を覗かせた。
「はい……すみません。ずっといました」
……迂闊だった。
部屋に入った時は、誰もいないと思ったのに。
「……沢井くん。この先生はね、麗香と飲みに行った時に知り合った人で、麗香の古い友人なの」
「その研修医、亜紀ちゃんが指導してる子なんだってね。
大丈夫。そいつは誰にも喋らないよ」
直江先生は横から口を挟み、意味ありげな笑みを浮かべた。
「え……大丈夫って……」
「もし俺たちの噂が流れたら、犯人はそいつで確定だ。
そんなことになったら縛り付けて、口から胃カメラ突っ込んで胃の中を掻き回してやるよ。
あっ、せっかくだからケツの穴からの方がいいか?それで腸壁が破れたら、俺が責任持ってオペしてやるよ」
彼は沢井くんへ威嚇するような視線を送ったあと、ケラケラと高笑いした。
「なっ、なんて酷いこと言うのよ!」
「ああ、やっぱりケツの方がいいなぁ。
あの顔、掘られそうな顔してる」
「やめてってば!」
なんて下品なの!
なんなの、この人!
ネジが外れてる!?
「やだなぁ、亜紀ちゃん。そんな怖い顔して。
冗談に決まってるでしょ?
ちゃんと冗談に聞こえたよねぇ、研修医の沢井くん」
顔を強張らせる私と沢井くんをよそに、彼は愉快そうに笑い声を上げた。
コメント
1件
第88話、再会シーンにドキドキしながら読みました!悠聖さんの「内緒だよ」の悪戯っぽい仕草がもうズルい…!でも亜紀ちゃんの警戒っぷりも分かる。あの禁断の夜の烏龍茶の記憶が蘇るところ、臨場感ありました。そしてまさかの沢井くん潜伏からの胃カメラ下ネタ(しかもケツの穴!)には声出て笑いました。ネジ外れてるのに憎めないキャラ、癖になります。続き気になりすぎます!