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答えは、もっと簡単なものだと思っていた。
誰かといるときに一番楽しい。
誰かのことを一番考える。
誰かに一番会いたい。
そんな分かりやすいものの中から、一つを選べば終わると思っていた。
でも、実際はそんなに単純じゃなかった。
私は四人のことを思い出していた。
直哉といると、私は自分を作らなくてよかった。
笑いたいときに笑って、黙っていたいときは黙っていられた。
「また行きたい」と自然に思えた。
その気持ちは、今も変わらない。
高槻さんといると、私はよく笑った。
くだらない会話も、少し真面目な話も楽しかった。
私が考え込んでいるときも、無理に答えを出させようとはしなかった。
その優しさも、ちゃんと好きだった。
三崎さんといると、自分の言葉を急がなくてよかった。
話したいときに話せばいい。
話したくないなら、それでもいい。
そんなふうに待ってくれる人がいることを、私は嬉しいと思っていた。
それも本当だった。
そして、真瀬さん。
真瀬さんとは、たくさん話したわけじゃない。
一緒に遠くへ行ったわけでもない。
特別なことをしたわけでもない。
それでも、私は何度もその人の言葉を思い出した。
少し笑った顔。
私が何かを考えているときに、それ以上聞かずに待ってくれたこと。
「それなら、それでいいと思う」
あの言葉。
私はずっと、自分の気持ちを誰かに確認してもらおうとしていたのかもしれない。
この人は私をどう思っているんだろう。
私はどう見えているんだろう。
相手も同じ気持ちなのかな。
そうやって相手の反応を見てから、自分の気持ちを決めようとしていた。
でも。
そうじゃなくていい。
私は、私がどう感じたかを決めればいい。
そう思えるようになった。
だから、もう一度考えた。
私は誰に会いたい?
誰といると安心する?
誰といると笑う?
誰に理解されたい?
そして。
誰に惹かれている?
最後の質問だけ、答えが違った。
私は目を閉じた。
真瀬さんの顔が浮かんだ。
会いたい。
話したい。
もう少し知りたい。
何気ない言葉でも、もっと聞いていたい。
会えると嬉しい。
会えないと、少し気になる。
それだけじゃない。
真瀬さんにどう思われているのか、私は気になって仕方がなかった。
その人の前では、いつもの自分より少しだけ自分を意識する。
笑っている自分を見られたいと思う。
でも、無理に好かれようとは思わない。
ただ、私を私として見ていてほしいと思う。
そこまで考えて、ようやく分かった。
私は、真瀬さんが好きなんだ。
言葉にした瞬間、胸の奥が静かになった。
不思議だった。
もっと大きな何かが起きると思っていた。
泣くとか。
震えるとか。
世界が変わるとか。
そんなことはなかった。
ただ、
「ああ、そうだったんだ」
と思った。
今まで感じていたものが、ばらばらに散らばっていたわけじゃない。
少しずつ、自分の中に積もっていた。
私はスマホを手に取った。
連絡先を開く。
真瀬さんの名前を見る。
それだけで、少し緊張した。
でも、もう逃げたくなかった。
メッセージを打つ。
『今度、少しだけ話したいです』
送信する。
すぐに返信が来るわけじゃない。
私はスマホを置いた。
待つ。
しばらくして、画面が光った。
『分かった』
短い。
いつも通りだった。
私は思わず笑った。
次に会ったとき、何を話すのか。
どう伝えるのか。
まだ決めていない。
それでもいいと思った。
私は今まで、「好きになる」ということを、相手から何かをもらうことだと思っていた。
大切にしてもらうこと。
選んでもらうこと。
特別にしてもらうこと。
でも、今は少し違う。
自分が誰かを大切に思っている。
その気持ちを、自分で認める。
それも、好きになることなんだと思う。
もちろん、四人に感じたものの全部が恋だったわけじゃない。
でも、全部が嘘だったわけでもない。
直哉といるときの安心も。
高槻さんと笑った時間も。
三崎さんに待ってもらったことも。
真瀬さんに惹かれていった気持ちも。
どれも、そのときの私にとって本物だった。
だから、過去の自分を否定しなくていい。
「本当は誰が好きだったの?」
そんなふうに振り返る必要もない。
その時々の私が感じたものは、全部ちゃんと私のものだった。
ただ。
最後に選ぶのは、一つだった。
私は真瀬さんを好きだと思った。
誰かに言われたからじゃない。
誰かと比べた結果でもない。
「この人が一番だから」という理由でもない。
ただ、私がこの人に惹かれた。
それだけだった。
翌日。
店に入る。
いつもの照明。
いつもの音。
いつもの笑い声。
私はいつものように笑った。
高槻さんが私を見つける。
「ナナちゃん、今日なんか違う?」
「そうですか?」
「なんか、すっきりしてる」
「そうかもしれません」
高槻さんは少し笑った。
「そっか」
それ以上、聞かなかった。
少し離れたところでは、三崎さんがこちらを見ていた。
目が合う。
私は小さく笑う。
三崎さんも、何も言わずに頷いた。
そして。
少し遅れて、真瀬さんが来た。
私は姿を見つけた瞬間、胸が少しだけ跳ねた。
でも、今度は逃げなかった。
「こんばんは」
「こんばんは」
いつもの挨拶。
真瀬さんが席につく。
私は少しだけ息を整えた。
「この前、話したいって言ってたこと」
「はい」
「今日、聞こうか?」
私は少し笑った。
「はい」
何をどう言うか。
まだ完璧には決まっていない。
それでもいい。
私は、自分の言葉で話す。
相手の答えを先に想像しない。
嫌われないように言葉を選びすぎない。
どう思われるかだけを考えない。
ただ、自分の気持ちを伝える。
それができるようになっただけでも、私は少し変わったのだと思う。
「私……」
言葉を探す。
真瀬さんは待っている。
急かさない。
いつものように。
私は一度だけ息を吸った。
「真瀬さんといると、もっと知りたいって思うんです」
言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。
でも、続けた。
「会えると嬉しいし、話したことも後から思い出します」
真瀬さんは黙って聞いている。
「だから……たぶん、じゃなくて」
そこで私は笑った。
「私、真瀬さんのことが好きなんだと思います」
言葉にした。
やっと。
真瀬さんは少しだけ目を細めた。
「そっか」
それだけだった。
私は少し笑った。
なんだか、真瀬さんらしいと思った。
すぐに何かを約束されるわけじゃない。
劇的な言葉を返されるわけでもない。
それでも、私は後悔しなかった。
自分で決めた。
自分で言った。
それだけで、十分だった。
帰り道。
夜の街を歩きながら、私は一人で笑った。
私は、誰か一人を選んだ。
でも、それは他の三人との時間をなかったことにすることじゃない。
安心できたことも。
笑えたことも。
理解してもらえたことも。
惹かれたことも。
全部、私の中に残っている。
どれも本物だった。
ただ、同じ感情ではなかった。
そして最後に。
私が選んだのは、誰かに選ばれたからじゃない。
誰かに背中を押されたからでもない。
私自身が、そうしたかったから。
私はスマホをポケットにしまった。
少し先の信号が青になる。
私は歩き出す。
これからどうなるかは、まだ分からない。
好きになったからといって、全部がうまくいくわけじゃない。
それでも。
分からない未来を怖がって、今の気持ちまで隠す必要はない。
私はもう、自分の気持ちを誰かに決めてもらわない。
誰を好きなのか。
誰といたいのか。
どう生きたいのか。
最後に決めるのは、私だ。
そう思えたことが。
たぶん、私の物語の中で一番大きな変化だった。
第一部・完
コメント
4件
最終話から読んでるバカでーす マジで感動した!泣いた!これでイイネが100無いっておかしすぎる!自分の作品見れたら見てね
みぅです🥀 第69話、読み終えました……。 「好きになること=相手から何かをしてもらうこと」から「自分が誰かを大切に思う気持ちを、自分で認めること」へ変わっていく過程が、とても丁寧で美しかったです。 四人それぞれとの時間を「本物だった」と否定せずに、最後に真瀬さんを選ぶ主人公の強さに、じんわり込み上げるものがありました。 「そっか」って返す真瀬さんらしさも、すごく好きです。 第一部完、お疲れ様でした。本当に素敵な物語をありがとうございます。