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桜城
308
#恋愛
ばたっちゅ
20,038
#ファンタジー
comi
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翌朝――イーサム王城の中枢、《白円の間》。
イーサム王は、“光と清浄の象徴”であったこの場所に、かすかな違和感を覚えた。天井に吊るされた、巨大なエルフクリスタルから差し込む光はどこか淡く濁り、壁面の歴代国王の壁画は、いまや金泥の輝きを失ったかのように見える。王家の紋章旗と千年の歴史を記した年代記の写本棚。それらだけが、かつてのままの静けさを保ち、今日という日を見届ける“証人”のように沈黙していた。
中央に据えられた長大な会議卓。王族、首相、各省長官が整列し、王の入場とともに一斉に立ち上がり、深く頭を垂れる。王はわずかに高く設けられた座へと歩み静かに腰を下ろした。その顔には生気がなく長い歳月の疲労と沈痛の色が滲んでいた。その表情を見たリヴァンは、ほんの一瞬、唇の端をわずかに上げた。
やがて、王の儀杖の杖音が三度、深く鳴り響く。白円の間の静寂を切り裂くように、その音が壁面の金泥を揺らした。列席者たちは再び着席し、視線が一斉に円卓の中央へと集まる。
イーサム王をはじめ国民はラッセル達が生きていて地下に存在している事、リヴァンが陰謀を図っている事は知る由もなかった。リヴァン達の作り上げたシナリオを信じていた。
「これより臨時の評議を開きます。まずは、リヴァン首相」
王の声は低く、静寂の白円の間に重く響いた。リヴァンは席を立ち、深く一礼する。
「陛下。まずはご息災をお慶び申し上げます」
「先日、封印したはずの帝国の魔物兵器、ギル・グラギラスが旧庁舎に現れ、首相が怪我をしたと聞きました。災難でしたね。怪我の具合はどうですか。心よりお見舞いを述べます」
「痛み入ります。イーサム陛下」
リヴァンは再び深く頭を垂れ、ゆっくりと顔を上げた。
「……私は今、深い悲しみに包まれています」
王は言葉を区切り、王杖をゆるく握った。
「ギル・グラギラスが旧庁舎に現れ、ラッセル大佐とカーン警備長がそれを阻止し国民の命を護ってくれた。職責を果たした両名に、私は心からの敬意と哀悼を捧げます」
室内の灯がわずかに揺れた。リヴァンは沈痛な面持ちで一歩進み出る。
「陛下のお気持ち、痛いほど察します。まさか旧庁舎に魔物が出現するとは……私はラッセル大佐を避難させようと試みましたが、すでに深手を負い、動けぬ状態でした」
その声には同情の響きがあった。だがその瞳の奥には、冷えた光が宿っていた。まるで王の悲嘆さえ、計算の一部であるかのように。王は静かに頷き白円の間を沈黙が包む。
王立科学アカデミー研究所(王研)の創設者であり、初代科学技術長官のジン博士が口を開いた。
「ギル・グラギラスの出現は想定外でした。本来、エルフ・バリアの主動力であるライト・イエロー・エナジーストーン——通称“神石”は、極めて安定性の高い圧電結晶鉱物です。衝撃や振動を受ければ微細な“共鳴音波”を発し、その波圧がバリアの光圧を維持する仕組みとなっています。
さらに内部構造は三層構造。光を蓄える《光層》、
音波を導く《響導層》、
そして敵意波動を検知して光圧を自動増幅させる《振動核》。
古代文明《エルフ・プライマル》では、この神石を “天より落ちた光の卵(スタル・シード)”と呼び、争いを鎮めるため都市ごとに石塔を築いていました。
古文書にはこう記されています。
“石は聴く。怒りを、悲しみを、争いを聴き、光に変えよと鳴く”
それほど、神石の自衛反応は堅固なものなのです」
王は静かに頷きつつも、次の問いを投げた。
「では、その“生命の盾”が破られた理由は?」
「……それが現在、最大の懸念でございます。
実は近年、《振動核》が発する共鳴音波の力価が
急激に低下しており、自然減衰で説明できない現象が観測されています。
我々はハレルヤ流星群から採取された“時空間石”を併用した際、
局所的な時空歪みが神石の音波発生層に影響を与えた可能性を疑っています。
現在、西の島のバリア塔にて
ザルガン博士とアルディン技官が調査と強化実験を進めています」
ラマズド科学技術長官が、
妙に声を高くして嬉しさを押さえたような声色で質問した。
「博士。つまり我々の防壁は、もはや“絶対ではない”ということか」
ジン博士は苦く頷いた。
「はい。このまま振動核の力価が低下すれば、
国土全域の防衛に支障が出る可能性があります」
その瞬間、白円の間に空気の震えが走った。
誰もが言葉を失い、ただ重く沈黙が降りる。
リヴァンの瞳がかすかに揺れ、
その奥で赤黒い光がほんの一瞬だけ、静かに瞬いた。
国王が沈黙を破りジン博士に質問した。
「旧庁舎から続く地下道は王令で爆破封印したはずだ。
封印を魔物が破ったとしても、
本来なら地表付近の高光圧領域で自然崩壊するはずだ。
それすら起きなかった理由は?」
ジン博士は一息置き、深刻な表情で告げた。
「恐れながら、
“エルフ・バリア耐性魔物”の可能性がございます。
バリアは《意志決定層を持たず、攻撃衝動のみ突出した生命体》を、
高波動領域で選別し、光分解することで国土を保全してきました。
しかし、今回のギル・グラギラスは、
影鉱石由来の魔物が環境変異により光圧耐性を獲得した、
“兆候”を示していると考えます。
また、私が以前より警鐘を鳴らしている通り、
特別研究区で行われている、
《モンスター形成段階でのエルフエナジー照射》
が続けば、
光圧耐性を人工的に促進してしまう恐れがあり、
最悪の場合、
これは“人災”へと発展する可能性すら含んでおります。
つまり、エルフ・バリアは、
もはや“絶対の防壁”ではなくなりつつあるのです。
これは単なる研究上の異変ではなく、
王国の存続に直結する重大危機でございます」
場の空気が一段と冷たく張り詰める。
ジン博士は胸元からデータシートを取り出し端末に挿し込んだ。
ホログラムが展開され、青白い光が卓上を照らす。
「私自身、
かつてはリヴァン首相を信頼しておりました。
ですが、今の首相は、
かつての姿を失い、己の力と成果を盲信しているように見えます。
【遺伝改変を施した受精卵にエルフエナジーを照射した際の有意性と危険性】。
ここに、その詳細を提示いたします。
次のスライドでは、照射あり/なしの比較検討をお見せいたしますが……」
その言葉を遮るように、
ラマズドが椅子に腰かけたまま、ゆっくりと手を挙げた。
穏やかな声色。
しかし、その言葉には確かな刺があった。
「ジン博士、ジン博士……。
話を遮るようで恐縮ですが、国王陛下も、そしてリヴァン首相も、
科学の専門家ではございません。
この場で論文の細部を述べられても、
かえって混乱を招く恐れがありましょう」
リヴァンが薄く頷き口元に笑みを浮かべた。
「我がラマズド科学技術長官は、
ゲノム編集分野において幾多の実績を持ち、
“家政用モンスター”の開発・提供を通じて、王国市民の暮らしを支えてきた人物です。
その成果は明白。苦情もなくむしろ家庭で愛され、
特に高齢者には癒しと認知刺激の効果が報告されています。
それを更に高度知能化に進化する研究をしているのです」
ラマズドは静かに端末を操作し数枚の写真を円卓中央に投影した。
モンスターと寄り添う子どもや老人たちの姿。
それは穏やかな幸福の光景だった。
「現在、
特別研究区では、より高度なコミュニケーション能力を持つ、
個体の開発を進めております。エルフエナジーを照射することで、
単なる命令理解を超え、“言語の意味を理解し、
自発的に表現する”可能性が見えてきたのです」
ジン博士がその言葉を遮った。
「先日、
特別研究区から魔物の咆哮が聞こえた。
貴殿は首相承認の“護衛モンスターの性能試験”を行うと述べたな。
だが、それは未承認の実験ではないのか!」
室内にざわめきが広がる。
ラマズドはわずかに口元を緩め薄く笑った。
「博士、
貴殿は“時代の変化”を恐れているのではありませんか?
倫理を盾にして進化を止めれば、国は他国に後れを取る。
我々は、未来のために危険を管理し、技術を導かなければならないのです」
ジン博士は、
ホログラムの光を見つめながら、深く息を吸い込んだ。
「古文書に、
かつての大戦でも同様の石を用いた記録が残されています。
“人の能力を高める発明品”。だが、その国は、滅びました」
重苦しい沈黙が白円の間を覆う。
「そして、その技術は封印され、記録は闇に沈みました。
なぜか? それは、エルフエナジーが単なる動力源ではなかったからです」
博士の視線がゆっくりとリヴァンを射抜く。
「それは、意思なき存在の衝動すら呼び覚ます、“触れてはならぬ火種”。
古記には《赤黒い眼》の存在として記されています。
恩恵と引き換えに、この星そのものを揺るがす力の暴走をはらんでいるのです」
博士の声が一段高くなった。
「そんな代物を、命令すら理解できぬ“獣の器”に照射するなど……。
それは科学ではありません。破壊の火口に、わざわざ手を突っ込む愚行です!」
その一喝に列席者たちが息を呑む。
「……ただし、誤解なきよう申し上げておきます」
博士は少し声を和らげ言葉を続けた。
「一般研究棟でルーフ・カリーニ研究員が行っている、
“知性強化モンスター”の研究については、私も一定の理解を示しております。
彼女は生物学的制御の枠内で明確な倫理基準のもと、
“対話能力の向上”という建設的な目的を掲げています。
現時点では危険な領域には踏み込んでおらず、
誠実な研究者であると私は認識しています」
博士は両手で机を押さえ静かに息を整えた。
「科学が未来を切り拓く力であることは、私も疑いません。
ですが、その未来が人類を滅ぼす方向へ導く可能性もまた否定できないのです。
今こそ私たちは、自らの手にした“科学の力”の重さと向き合い、
その責任を自覚すべき時です」
重厚な沈黙の中、
博士は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
その声には、揺るぎない意志と科学者としての誇りが込められていた。
「私はこの場で声を大にして警鐘を鳴らさねばなりません。
たとえどれほど耳障りであろうとも。それが、科学者としての私の責務です」
博士の言葉が終わると、
白円の間に、鈍い沈黙が落ちた。
魔導灯が微かに揺れ、
誰もが言葉を失ったまま、ただその場の重みを感じ取っていた。
――パチン。
静寂を破る乾いた拍手の音。
音の主はラマズドだった。
わざとらしいほどゆっくりと両手を打ち鳴らし、
皮肉めいた笑みを浮かべている。
「実に立派なお話でした、ジン博士。
“滅びた国”“封印された技術”まるで、寓話の朗読のようだ。
だが、我々が今語っているのは神話ではない。
現実の研究と、国家の未来です」
ラマズドの目が冷たく光った。
「恐怖を説くことは容易い。
しかし、未知を恐れながらも、
立ち上がるこそ、真の進化ではありませんか?」
ジン博士は口を開きかけたが、その前に低い笑い声が響いた。
リヴァン・カイザ首相だった。唇がわずかに歪む。
「博士の忠告には確かに耳を傾ける価値がある。
だが、理論と恐怖は常に紙一重だ。
真に危険なのは、事実を確かめようとせぬことだろう」
リヴァンはゆっくりと立ち上がり王の方へ歩み出た。
その瞳は静かに光を帯び、声には一片の揺らぎもない。
「陛下。
王立科学アカデミーの研究区を私が直々に視察を行いましょう。
現地の実験記録、試料、管理体制をすべて確認し、真偽を確かめます。
もし博士の懸念が事実なら速やかに全実験を停止させる。
そしてもし問題がなければ、この技術を国家再建の礎といたしましょう」
リヴァンの宣言に、
白円の間の空気がわずかに震えた。
その威圧を受けながらも、
イーサム王は深く息を吐き玉座の肘掛を握りしめた。
「……理性と倫理。どちらがこの国を導くのか……」
王はゆっくりと顔を上げた。
「よかろう。
視察をもって今後の方針を定める。
ただし、二度と、民を犠牲にしてはならぬ。
私自らが確かめよう。王自ら王研を視察する。
随行にはリヴァン首相、ラマズド科学技術長官を命ずる」
その声は静かだったが、
白円の間にいる誰もがその言葉に込められた“警告”を感じ取っていた。
「陛下、それは……」
リヴァンは一瞬声を詰まらせ瞳は赤黒く揺らいだ。
王が遮った。
「バルティスより聞いている。
王研の“特別研究区”はいまだ廃止されておらぬようだな?
それとだ、週刊《レガリア》のカザン記者が書いた記事を読んだ。
【黒幕はリヴァン首相だった
――相次ぐ政務官失踪と旧庁舎“魔物襲撃劇”の全貌】、とあったな。
リヴァンが政敵を静粛したとか、王族のクローンなどという、
信じ難い過激な内容ではあったが、
禁書指定にするほどまずいことでも書かれていたのか。
火の無いところに煙は立たぬ。違うか」
ラマズドが目を細め、
リヴァンの表情は強張り、わずかに拳を握った。
ジン博士は肩を落とし、
ほっとしたような息が漏れた。
そして、
リヴァンは赤黒い瞳を見開き、
手元のマイクに接近して強い口調で弁解を始めた。
「禁書指定したのは、
根の葉の無い根拠で国民を混乱と恐怖に陥れた記事であるからです。
以前にも、この王国の真の病巣は、“血統”という過去の遺物という表題で、
国王陛下とドラン帝王の関係についても触れておりました。
そして、ここにおられる王族の皆様に、国民が働いて稼いだ資金が、
精巧なシステムを通じて還元されていることも書かれていました。
陛下の私生活にも踏み入れ憶測で記事を書かれていました。
これは陛下も心を痛められたと認めるものです。
常に国民に心を寄せ国民の声を聴き入れ王政に邁進されて来られてきた訳ですから。
これらを、総合的に鑑みて週刊《レガリア》を禁書指定しました。
陛下はお立場上、象徴であり君主でもある。
このような記事を書かれていることは、身内には甘い政策をしていることが見受けられます。
私は王が非常に重責なお立場におられる事は重々承知です。
貴方の一言でこの国の未来が決まるのですから。
イザリオ新王へ譲位の機会ですから、
現行の王政を廃止し、王族は政治から退かれてはいかがでしょうか」
議場がざわめく。
王室侍従長のバルティスが声を荒げる
「リヴァン首相。言葉を慎みなさい!」
ラマズドが静かに目を伏せ、
国王は顔を上げた。
「リヴァン首相。
それは、王政を否定する言葉か?」
リヴァンは一歩前に出た。
その瞳の赤黒い光が、白円の机に滲むように反射した。
「否定ではありません、陛下。 “更新”です。
王家は象徴としてのみ存続し、
統治はこの国で選ばれた首相が全て担う。
それが、新しい秩序の本意です」
国王が立ち上がり、震える手で杖を握る。
「リヴァン首相……貴公は、
この国を何に変えるつもりだ……?」
「理性の国です陛下。
人の情念も、戦の火も、すべて制御された“完全な循環”の国に。
そして同時に、
次代の王と王女――、イザリオ新王とエルファーナ王女には、
王族としての象徴を保ちながら、
国の未来を決定する重責から解き放つ必要があるのです」
「そうか……考えておこう」
「陛下のご決断に、敬意をお示しします」
リヴァンがゆっくりと頭を下げる。
「うむ。そしてもう一つ」
王は顔を上げ、円卓の列席者たちを見渡した。
その眼差しは、どこか遠くを見ているようだった。
「イザリオとエルファーナを、
譲位にむけて国内情勢を肌身で感じてもらうために、
西の島〈エルフィオン〉へ派遣する。
エルフ・バリア塔の視察と研究員への激励と、
地域住民への慰問を兼ねた王命である」
ラマズドがわずかに眉を動かし、リヴァンがその口元に笑みを浮かべる。
「素晴らしいご決断です陛下。
王族自ら視察に臨まれることで国民も安心されましょう。
私も後日、国内各所にて視察を行う予定です。
現地で陛下の御威光がいかに深く届いているか、
拝見できることを楽しみにしております」
イーサム王は静かに頷いた。
「……そう願いたいものだ」
その声には疲れが滲んでいたが、どこか決意の響きもあった。
王の杖がゆるやかに三度、鳴り響く。
「本日の評議、これにて閉会とする」
リヴァンは深々と頭を下げ、
その目の奥で再び赤黒い光が閃いた。
円卓の上の光が揺らめき王と共に王族が席を立つ。
重い扉が開き、王族達の足音が遠ざかっていた。
ジン博士と諸侯たちが次々と席を立ち白円の間に再び静寂が戻った。
リヴァンとラマズドが静かに言葉を交わしていた。
ラマズドが小声で囁いた。
「……王の視察は想定外ですな」
「まあ、良い。計画の本筋は変わらん。
必要なら、“王とその影”も仮想王宮で休んでいただこう」
リヴァンは笑みを浮かべながらも、
その声は低く抑えられていた。
「それがよろしいかと」
ラマズドも笑みを浮かべた。
二人はゆっくりと歩きながら白円の間を後にした。
誰もいなくなった会議場に、
魔導灯に反射したクリスタルエルフ結晶の淡い光だけが揺らめいていた。
コメント
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ジン博士の「科学者としての責務」って言葉、すごくぐっときました…。あの場で真実を告げる覚悟、重かったです。リヴァン首相の計算された言葉と、目に宿る赤黒い光の対比が怖いほど鮮やかで、読んでいて背筋が冷えました。王の視察に見送る二人の笑み、嫌な予感しかしない…次が気になって仕方ないです!