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#大人ロマンス
桃下結衣
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コンコンコン……
再び叩かれる扉。
まだ6時にもなっていないというのに、こんな早い時間に当直室に現れる人は誰?
しかも、しつこくノックをして……。完全に、この部屋に誰かがいることに気づいて扉を叩いている。
もしかして、扉の向こう側で待ち構えているのは遼!? 私と麗香の後をつけてきて……まさか、今までの会話が外に漏れてるなんてこと、あり得ないよね!?
青ざめた顔の鼻から口元へ、震えが走る。
私は麗香と視線を合わせ、互いに顔を曇らせた。
コン、コココンコン、コンコンッ♪
――ん?
このリズミカルなノック音は……
誰もが一度は耳にしたことのある、お決まりの『ねこふんじゃった』のエンディングフレーズ!?
「このふざけた登場の仕方は、アイツしかいない! 悠希っ!」
ぽかんとする私の前に出て視界を塞いだのは、毛を逆立てる猫のように憤慨する麗香の後ろ姿。
「えっ、直江先生!?」
「ちわぁ~す! イケメン天才外科医をお届けに参りましたぁ」
閉じた扉の向こうから聞こえてきた、軽快な声。
「何が天才外科医よ! この、バカっ!」
目を三角にした麗香が扉を開け、一喝する。
「お邪魔しま~す」
「ちょっ、何なのあんた! 勝手に入ってこないでよ!」
鍵が外され、秘密の扉が開かれようとした瞬間、強引にこじ開ける勢いで部屋に乱入してきたのは、満面の笑みを浮かべた直江先生。
「……また湧いて出た。何でここにいることが分かったの?」
私は眉根を寄せ、嘆きの息を落とす。
「壁に耳あり障子に目あり。亜紀ちゃんいるとこ直江あり。ってね」
直江先生はそう言って、悪戯好きの子供のように軽い笑い声を立てる。
「あんた、またこっそり私たちの後をつけてきたわね」
仁王立ちする麗香はため息を吐き捨て、飄々とした態度の男を睨みつける。
「ヤダな~。こっそり後をつけてきたなんて人聞きの悪い。廊下で二人の後ろ姿を見かけたから、静かに後を辿っただけさ」
「どこが違うのよっ!」
「違うだろ。『こっそり後をつける』と『静かに後を辿る』とでは、感じ取られる気品が違う」
直江先生は人差し指を耳の穴に突っ込み、「ウザい」と言いたげに麗香を軽くあしらう。
「何が気品よ。やってること自体が品性下劣なのよ。バッカじゃないの!」
麗香は、彼のいかにも面倒くさそうな態度にご立腹。
「チャラチャラした低能男には理解不可能な話をしてるんだから、とっとと出てって!」
院内一の絶世の美女はさらに目をつり上げ、鬼のような形相で彼に言葉を叩きつける。
「なっ! またチャラチャラした低能男言いやがったな! 大体おまえは昔っから口が悪くて、可愛くな――」
「待って待って! こんな所で喧嘩はやめてよ。そんな大きな声を出したら、外に聞こえちゃうじゃない」
見るに見かねた私はヒートアップしていく二人の間に割り込み、自分の唇に人差し指を当てて「シ――っ」と息を吹きかける。
「ごめん、亜紀ちゃん。ついこいつの挑発に乗っちゃって……」
小学校の担任の先生に叱られた子供のようにしゅんとして、直江先生がぺこりと頭を下げた。
「はぁ? あんたが最初に喧嘩売ってきたんでしょ!」
「麗香っ!」
「……はい、ごめんなさい」
麗香は壁にもたれかかって腕を組み、拗ねた子供のようにぷいっと横を向いた。
陰で「氷の女」と呼ぶスタッフがいるように、常に冷静沈着、頭脳明晰。そして、同性が見てもため息が出るほど容姿端麗な麗香。
それなのに、直江先生を前にすると人が変わったように何かと彼に突っかかり、牙を剥く。
麗香にその理由を聞いても、「ただの知り合い。馬が合わないから昔から犬猿の仲なのよ」と、いつも同じ言葉で逃げられる。
だけど、こうして膨れっ面の二人を眺めていると、最近思うことがある。
美男美女という外見的な理由ではなく――この二人、雰囲気がどことなく似ている気がする。
麗香と直江先生を交互に見つめ、私は「う~ん」と声を漏らした。
「……ねえ。本当は、私たちの会話をただ盗み聞きしたくて来たわけじゃないんでしょ。くだらない前置きはいいから、掴んできた新しい情報を言いなさいよ」
一息ついた麗香は、低い声で直江先生に言った。
……え? 新しい情報?
脈絡のない言葉に私は首を傾げ、淡々とした様子の麗香を見つめた。
「おおっ、さすが女王様。下僕は献上するものだけ納めたら、さっさと立ち去れと?」
「くだらない前置きは要らないって言ったでしょう?」
「はいはい、分かりましたよ。お望み通りに致します」
直江先生はとりあえず白旗を振ってため息を落とすと、仕切り直すかのように短い咳払いをする。
そして、先ほど麗香が背にしていた机に腰掛けると、私たちを交互に見て再び口を開いた。
「亜紀ちゃん知ってた? ご主人の反対を押し切って君と俺が診てた歩ちゃん。あの子、母方の祖父が須藤コーポレーションの会長、須藤将敬なんだって」
突拍子もなく掛けられた言葉。
歩ちゃん? 歩ちゃんって……
彼女の名前を聞くと、直江先生に「急変した」と嘘をつかれ、必死に雪道を駆けたあの忌まわしい夜を思い出す。
「須藤コーポレーションって言ったら、この愛知を拠点とした大企業じゃないの!?
確か、自動車のオートマチックトランスミッションを扱う企業だとか。あの子が、そこの会長の孫娘!?」
私が声を出す間もなく、麗香が驚きの声を上げた。
会社名には聞き覚えがあるものの、もともと田舎者の私はそんな情報にも疎い。
私に代わってこの場にふさわしい反応をしてくれた親友の顔を見て、とりあえず「うんうん」と知ったような顔で頷いてみる。
「……そうか、母方の親族だから情報が入らなかったのね」
「それと、最近ではあともう一人。宮坂遼一が坂本先生から奪った患者。ほら、食堂まで来て心カテやってくれって、亜紀ちゃんたちに頼んだ患者がいただろ?」
「……ああ、あの患者ね。亜紀の代わりに私が心カテやった患者だわ。確か名前は、長谷川……」
「長谷川秀一郎」
「ああ、そうそう! 秀一郎だ」
「まだ公表されていないけど、次回知事選挙の最有力候補者だ」
「「ええ――っ!? 知事選挙候補者!?」」
私と麗香の声が高い位置で重なった。
私は目を白黒させ、思わず飛び出した声を塞ぐように慌てて口を押さえる。
「大企業の孫娘に知事選挙最有力候補者。どちらも宮坂遼一が絡んでる。
しかも、強引な手口で自らが執刀医となり、オペを成功させてる。
まあ、歩ちゃんは俺と亜紀ちゃんの連携プレーで、メスを振り回す悪魔から守ることができたけどねー」
直江先生はそう言って、ピースサインをしながらにっこりと笑った。
どちらも遼が絡んでる? 強引な手口で執刀医となってオペを……
「ちょ、ちょっと待って。話がよく見えないんだけど……」
不吉な予感だけはしている。
けれども、頭の中で彼の言った言葉のパーツがうまく組み立てられず、戸惑いながら言葉を詰まらせた。
コメント
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読み終えました……第142話、じわじわと重なっていく不穏なピースに背筋が冷たくなりました🥀 直江先生の「ねこふんじゃった」ノック、あれで一気に空気が軽くなるんだけど、その後ポロッと出てきた情報の重さがすごくて。須藤コーポレーションの孫娘に、知事選候補者……どっちも遼が絡んでて強引に執刀してるって、もう偶然じゃ済まないですよね。 麗香と直江先生の掛け合いも好きです。ああ見えて実はすごく似てるっていう亜紀ちゃんの視点、じんと来ました。 次が気になりすぎます……!