テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌日の午後、ベジラの宣材撮影が中庭で始まった。白いパラソル、花のアーチ、水平線を背にした特設台。客の目を引くための飾りつけは見事で、ベジラもその中央で、最初から祝福される人の笑顔を作っていた。
ディアビレは台本どおり、脇から入って空気を悪くする役だ。わざと靴音を強く鳴らし、少し冷たい目をして、ベジラの前で立ち止まる。
「今日もずいぶん、お綺麗で」
棘を含ませたつもりだった。けれどベジラが返事を探している間に、撮影補助の子役がアーチの段差につまずくのが見えた。
身体が勝手に動く。
「危ない!」
ディアビレは駆け寄り、小さな身体を抱きとめた。転びかけた勢いで子どもは目を丸くしたが、すぐに彼女の首へしがみつく。遅れて母親が飛んできて、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、本当に……」
「平気です。びっくりしただけよ」
しゃがんだまま笑いかけると、子どもは安心したように鼻をすすった。
その空気を、セルマの声が刃みたいに切った。
「ディアビレ」
顔を上げると、伯母が笑っていた。客の前だから形だけは整っているが、目だけが冷たい。
「主役より目立つな」
その小さな囁きが、周囲の笑顔よりずっとはっきり聞こえた。ディアビレは子どもを母親へ返し、何事もなかったように立ち上がる。
撮影は再開された。ベジラはもう一度ポーズを取り、ラウールが場を明るくしようと大げさに褒める。けれど、さっき助けられた子どもがディアビレの方ばかり振り向くので、何人かの客までつられてそちらを見た。
空気が少しだけ変わった。その変化を、セルマが見逃すはずがない。
ディアビレは胸の奥に小さな重さを抱えたまま、次の出番を待った。嫌われ役の台本はあるのに、自分の身体はいつも勝手に誰かを助けてしまう。たぶん明日も、明後日も。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
風宮 むぅまろ🦇🍀︎ 🍬🍚
#海辺の町