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#百合
うあな
565
#ゆあんくん
モコビリ ❨低浮上❩
36,645
夜。
蒼真の部屋には、時計の音だけが響いていた。
机の前に座り、しばらく動かない。
やがて。
引き出しを開ける。
奥から、古い箱を取り出した。
何年も前から使っている箱。
蓋を開ける。
中には、いくつものものが入っている。
昔の写真。
切った髪。
折りたたまれた紙。
そして。
あの日のメモ。
蒼真は一番上の紙を取り出した。
何度も見た文字。
「今日のこと、誰にも言うな」
あの頃。
誰かに見つからないように、蒼真はこの紙を持ち帰った。
その日の帰り。
悠生に見つかった。
「蒼真」
名前を呼ばれても、顔を上げられなかった。
何があったのか聞かれた。
最初は何も答えなかった。
それでも悠生が離れなかったから。
蒼真は、全部ではないけれど話した。
そして。
「誰にも言うな」
そう頼んだ。
悠生は約束した。
それから何年も。
誰にも話さなかった。
蒼真自身も。
ほとんど誰にも話さなかった。
紬にも。
ずっと。
箱の中には、あの頃の自分が残っている。
捨てたかったもの。
忘れたかったもの。
それでも捨てられなかったもの。
蒼真はメモを戻す。
蓋を閉めようとした。
そのとき。
「蒼真」
扉の向こうから声がした。
手が止まる。
「……何」
「入っていい?」
紬だった。
「いいよ」
扉が開く。
紬が入ってくる。
「何してたの?」
「何も」
「またそれ」
紬は少し笑う。
けれど。
すぐに箱へ視線を向けた。
「それ、何?」
蒼真の表情が変わる。
「……昔のもの」
「見てもいい?」
「やめた方がいい」
「どうして?」
蒼真は答えない。
紬はそれ以上近づかなかった。
「じゃあ、聞くだけ」
「何を?」
「その箱に入ってるもの」
蒼真は黙った。
「俺が聞いてもいい?」
長い沈黙。
やがて。
「……少しなら」
紬は頷く。
蒼真が箱を開ける。
写真を一枚取り出す。
「小学生の頃」
「髪、長いね」
「うん」
「この頃の俺が、蒼真みたいになりたいって言ってた」
「覚えてる」
「覚えてたんだ」
「忘れるわけないだろ」
蒼真は写真を戻す。
次に、透明な袋。
「これは?」
「切った髪」
紬は少し驚く。
「残してたの?」
「捨てられなかった」
「何で?」
蒼真は少し考える。
「切ったとき、昔の自分まで捨てた気がしたから」
紬は黙った。
「でも、捨てたことにはならなかった」
蒼真は箱を見る。
「ずっとここに残ってる」
紬はその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。
「蒼真」
「ん?」
「俺、蒼真になりたいんじゃない」
蒼真が顔を上げる。
「……うん」
「昔は分からなかった」
紬は自分の手を見る。
「蒼真みたいになれば、俺も女の子として生きられると思ってた」
「……」
「でも違った」
蒼真は何も言わない。
「俺は俺で、女の子として生きたいんだと思う」
声は震えていた。
でも。
今までより、はっきりしていた。
蒼真はしばらく紬を見た。
「……そうか」
それだけだった。
「反対しないの?」
「しない」
「前はしたじゃん」
「怖かったんだよ」
蒼真は目を伏せる。
「お前まで、俺と同じ目に遭うんじゃないかって」
「うん」
「でも」
蒼真は息を吐いた。
「俺の怖さを、お前の人生に押しつけちゃいけない」
紬は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ目を潤ませた。
その頃。
家の外では、悠生が一人で歩いていた。
スマホを見る。
紬からメッセージが来ている。
『ありがとう』
それだけ。
悠生は画面を見つめる。
何のことかは、分かっていた。
悠生は返信を打とうとして。
やめた。
蒼真のことが好き。
その気持ちは今も変わらない。
でも。
紬の気持ちを知った今。
自分がどうするべきなのかは、まだ分からない。
ただ。
二人とも大切だった。
それだけは変わらなかった。
蒼真の部屋。
紬が立ち上がる。
「もう寝る」
「うん」
扉のところまで行って。
紬が振り返る。
「蒼真」
「何」
「その箱」
「ん?」
「いつか、俺にも全部見せて」
蒼真は答えなかった。
少しだけ箱を見る。
そして。
「……いつか」
紬は頷いた。
扉が閉まる。
蒼真は一人になる。
箱を見る。
中には。
まだ話していないことがある。
まだ言葉にできないこともある。
それでも。
今日初めて。
この箱を、ただ隠しておきたいとは思わなかった。
蒼真は蓋を閉じる。
完全には終わっていない。
むしろ。
ここからだった。
第一部・完
コメント
1件
第31話、読み終えたよ……。 蒼真がずっと隠してきた箱、そして紬との会話。すごく重くて、でも確かに前に進もうとしてる感じが伝わってきて、胸がぎゅってなった。 「俺は俺で、女の子として生きたいんだと思う」って紬が自分の言葉で言えたの、本当に尊い。蒼真も「俺の怖さをお前に押しつけちゃいけない」って気づいて、ちょっとずつ変わってるんだなって。 悠生の想いもまだあるし、箱の中にはまだ話してないこともある。完全じゃないけど、ここで区切りがついて「ここから」始まるって感じがすごく良かった。第一部完、お疲れさま!続きも楽しみにしてる🔥