パーティーの後、どうやって帰宅したのか、美宇はまったく記憶がなかった。
心が空っぽのまま、ずっとソファに座り続けていた。
気づけば外はすっかり暗くなっていた。
窓の外をぼんやり眺めた後、ようやく立ち上がってカーテンを閉め、キッチンで水を一杯飲んだ。
(これからどうすればいいの……)
こんなことになってしまった以上、もうあそこでは働けない。
でも、明日から突然休むわけにもいかない。
美宇がぼんやり立ち尽くしていると、突然インターホンが鳴り響いた。
ハッと我に返りモニターを見ると、そこには恋人の圭が映っていたので、心臓がバクバクと音を立て始める。
どうするべきか迷っているうちに、インターホンは何度も鳴り続けた。
(出たくない……)
半年付き合ってきた圭の性格は、だいたい分かっている。
彼はせっかちで自己中心的なところがあり、美宇はそれが苦手だった。
少し有名になったアーティストによくありがちな傲慢さが、彼には見え隠れしていた。
無視してもインターホンが鳴り止まないため、美宇は仕方なく応答した。
「はい」
「美宇! 入れてくれ、話があるんだ」
(話って何? 言い訳? それとも自己弁護?)
冷めた気持ちでそう思っていると、圭がさらに声を荒げた。
「おい、美宇! 開けろよ!」
その傲慢な口調に苛立ちながらも、美宇は冷静に答えた。
「話すことなんてないわ」
「俺には話がある」
「今さら聞いて、何になるの?」
「だから、あれは仕方なかったんだ」
その言葉に、美宇は絶句した。
「仕方がない? 仕方がないって何? あなたは仕方なく彼女と婚約したの?」
美宇の問いに、圭は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに続けた。
「もっと有名になるには、ああするしかなかったんだ。アーティストには後ろ盾が必要なんだ。美宇も同じ立場なら分かるだろ?」
「全然分からない! 婚約するって分かってて、他の女に声をかけるなんて、理解できるわけないじゃない!」
いつもは穏やかな美宇が声を荒げたので、圭は一瞬怯んだ。
だが、すぐに言い返す。
「だから、謝りに来たんだ。頼む、入れてくれよ」
「婚約者がいる人を家に入れるなんて無理よ! もしバレて訴えられたらどうするの? あなたは私を守ってくれるの?」
「……大丈夫だ。ユリアは俺たちのことを知らないから」
慣れた様子で『ユリア』と呼び捨てにする圭の態度に、美宇は深く傷ついた。
それでも、なんとか怒りを抑え、静かに言った。
「帰って! もう来ないで!」
「そんな冷たいこと言うなよ。俺は他の女と結婚しても、美宇のことがまだ好きなんだ……」
「調子のいいこと言わないで! 帰って! 二度と来ないで!」
「美宇!」
美宇は通話を切った。
すぐにインターホンが何度も鳴ったが、無視し続けるとやがて静かになった。
窓辺に行って圭の姿を確かめたくなったが、彼女は歯を食いしばってその気持ちを抑える。
そして、床に崩れ落ちるように座り込むと、両手で顔を覆って激しく泣きじゃくった。
翌日、美宇は疲れた様子でスクールに出社した。
デスクへ向かう途中、パーティーを途中で抜けたことに気づいていた同僚たちから「体調、大丈夫?」と声をかけられる。
きっと麻友がうまくフォローしてくれたのだろう。
デスクに着くと、先に来ていた麻友が心配そうに声をかけてきた。
「美宇、大丈夫?」
「うん、心配かけてごめんね」
「無理しないでね。講座、しんどかったら代わるよ」
「ありがとう。でも、大丈夫」
優しい麻友に感謝しながら、美宇はいつも通り仕事を始めた。
幸いにも、圭は午後からの出社だったため、午前中は顔を合わせずに済んだ。
午前の講座を終え、美宇が休憩室へコーヒーを買いに向かうと、椅子に座る圭の姿が目に入り、思わずドアの陰に隠れた。
圭は、男性講師二人と談笑していた。
「沢渡先生、ずるいですよ。ぬけがけなんて」
「ほんと、みんな密かにユリアさんを狙ってましたからねー」
冷やかされた圭は、笑いながら答える。
「あはは、悪い。でも、こればっかりは『縁』だから仕方ないだろう?」
「たしかに。それに、ユリアさんは前から沢渡先生のことがお気に入りでしたからねー」
「ということは、アプローチは向こうからですか?」
その問いに、圭は得意げな様子でうなずいた。
「うん、まあ、かなり積極的だったからね。ああ来られると、男は断れないよなー」
「ちぇっ、モテる男の特権かぁ」
「ほんと、そんなセリフ一度でいいから言ってみたいですよ」
「あ、そういえば、例の彼女はどうしたんですか?」
「例の彼女? 誰のこと?」
「沢渡先生には、付き合ってた彼女がいたんだよ。年齢のわりにすごく純粋な子だったんですよねー?」
「えっ? そんな人、いたんですか?」
「その彼女とはどうなったんですか?」
その問いに、圭はこう答えた。
「別れたよ。純粋すぎるのもちょっとねー、面白みがないっていうか……さ」
「はぁ? 罪な男だなー」
「まさかのポイ捨て? 先生、やるなあ。でも、気をつけてくださいよ、恨まれて結婚式でグサッとか……」
「おいおい、怖いこと言うなって。でも、あり得ないことでもない……か」
「本当に注意してくださいね。スクールのゴシップになったら大変ですから」
「そうそう。純粋な子ほど、振られると豹変するって言いますから」
「お前ら、二人揃って怖いこと言うなよ」
そこで、三人の笑い声が響いた。
その会話をすべて聞いていた美宇は、拳を強く握りしめながら、静かにその場を離れた。
コメント
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なんなんだ,本性表したので圭とやらは。こんな男いずれはユリヤのお家からも三下り半貰いそうだわ。今は辛いけどサヨナラして正解だと思うよ,美宇ちゃん👍👍👍
ほんと圭嫌なやつ 結婚しても付き合いたいなんて 女の人をなんだと思っているのかしら💢 それに後押しがないと売れないなら そんなアーティストはすぐに売れなくなる‼️ 美宇ちゃん早く別れて正解だよ
自分勝手に捨てたうえに、本人がいるところで傷つけるようなことを…😡💢 まあ、こんなのとはさっさと別れて正解ですね😔 大丈夫!!👍 そのうちもっとステキな出会いがあるよ🍀