翌朝は、これ以上ないほどの青空だった。
雲一つない空。
乾いた風。
水たまりはすっかり乾き、昨日まであんなに傍にあった“雨の気配”が跡形もなく消えている。
朔は登校する足取りが、いつもよりずっと軽かった。
理由は言わなくてもわかっていた。
――今日も、きっと彼と話せる。
教室の扉を開けた瞬間、胸が跳ねる。
窓際で、晴弥がいつも通り座っていたからだ。
声をかけようと歩み寄る。
そのとき、晴弥の視線がわずかにこちらへ向き――
すぐに逸らされた。
「……おはよ、晴弥」
恐る恐る声をかける。
晴弥は無言のまま、筆箱を開いて、シャープペンシルの芯を替え始めた。
(あれ……?)
ほんの少し前まで、朔の一言に反応してくれていた無愛想が、完全に壁になっている。
朔の足が床に固定されてしまったように動かなくなる。
「……どうしたの?」
答えはない。
ただ、机の上のノートをきっちり揃えただけ。
その一連の動作が、朔を拒むために最適化されているみたいで、胸がきゅっと締めつけられる。
休み時間になっても、晴弥は席から動かなかった。
いつもは少しだけ朔の方を見るはずの目も、今日は頑なに前だけ。
朔の指先が、机の下でぎゅっと握られる。
(俺……何かした?
昨日、変なこと言った?
近づきすぎた?)
焦りばかりが募り、喉が渇く。
放課後。
校門でも、晴弥は朔の方を見ることはなかった。
それでも朔は、自分の足を止めない。
一歩、二歩……
勇気を振り絞って声をかける。
「ねえ、晴弥! 昨日の、あの……」
晴弥は立ち止まりもせず、淡々と言い放った。
「関係ねぇだろ。……帰れよ」
その言葉が、足元の地面より冷たく響く。
晴弥の足音が遠ざかるたびに、朔の心がちぎれていく。
伸ばしかけた手が、空中で止まった。
晴れた空が、やけに眩しい。
(なんで……?
昨日はあんなに近かったのに)
胸が熱くなり、視界がぼやける。
太陽の光ではなく、涙のせい。
雨の日なら、隣にいられる。
雨の日なら、優しい表情を見せてくれる。
なのに――晴れの日には、こうして突き放される。
(俺は……雨の日限定の存在なのか)
心のどこかが、ずきりと痛んだ。
理解したくなくても、突き刺さってくる現実。
――晴弥は今、朔から距離を置いている。
――理由は何も教えてくれない。
「……晴弥の、ばか」
自分でも驚くほど小さな声が、空へ溶けた。
朔は歩き出す。
背中には、誰の視線もない。
当たり前のことなのに、この世界でたった一人になったような気がする。
(俺は、晴弥のこと――どう思ってる?)
問いは、答えを待たずに沈んでいく。
指先が震える。
その震えを止める手は、どこにもなかった。
いつか降り出すだろう雨雲は、まだどこにも見えない。
青すぎる空が、ただ残酷だった。
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