嵐が去った後の様子を伺うような気分で、イレイラは玄関ホールの扉を見つめている。あの兄妹とはもう二度と関わりたくないと思いながら。『面倒くさい。言葉が通じない』とカイルが渋っていた理由が、心底理解出来た。
「さぁ、部屋に戻ろうか」
カイルはイレイラの後ろから抱きつき、長い黒髪をそっと手でよけ、首元に軽くキスをした。ツッと同じ場所を舐め上げ、耳を軽く指先で撫でる。
「ねぇ…… ?」
熱い吐息の混じる声で囁き、イレイラの心を誘惑する。ゾクッと体の奥が歓喜で震えるのを彼女は感じたが、必死に淫靡な誘惑を追い払った。
「ダメですよ!これからギッシリ予定が入っていると、セナさんが言っていましたからね。——ささ、早く戻って、次の予定をこなしましょう?」
「一時間だけでも…… ダメ?」
「ダメです!」
イレイラは即座に断った。それで済む筈が無いと安易に想像出来たからだ。
「んー…… じゃあせめて、これだけは許してくれる?」
そう言い、カイルはイレイラをひょいっと横抱きにして持ち上げた。妻に触れられる喜びを伝える様に、微笑みを浮かべた顔をイレイラに向ける。
「こうすれば、イレイラに触れていられるよね」
このままベッドに運び兼ねない熱い眼差しで囁かれ、イレイラは少し不安になった。が、体格差がすごい彼を相手にしては抵抗など無意味だと知っていたので、ヒヤヒヤしながらも胸の中に収まったままでいる事を選択せざるを得ない。
「ドレス姿では運び難いですよね?歩けますから、おろ—— 」
チュッと唇にキスをし、カイルがイレイラの言葉を奪う。
「いつもよりは運び難いけど、ドレスって脱がす楽しみは大きいよね。時間をかけて…… ゆっくりと…… ね?」
爽やかな笑顔と言葉が全然一致していない。
(あかん。これ、暴走寸前なんじゃ?)
イレイラはそう思い、慌てて話を逸らす事にした。カイルをすぐにでも性欲から引き離さないと、セナ達に迷惑を掛けてしまうからだ。
「——そうだ!えっと、あの、召喚魔法って結構簡単に出来るんですね!『あ、何だ、こんな簡単に元の世界に戻れるのか』って思いました」
「さっきのあれは移送魔法だよ。それに全然簡単じゃない。君の事は帰さないんだから、そんなの気にする必要なんて無いよね?」
カイルの発した言葉の語尾には怒気を孕んでいる。
(…… そうだ、彼は一度も『帰れない』とは言っていなかった)
イレイラはその事を思い出し、そこの部分は避けて話す事にした。彼女自身帰るつもりがないから、その部分を続けて下手に刺激する必要など何処にも無い。
「え、でもライジャ達はあんなに簡単に…… 」
玄関ホールに背を向けてカイルが廊下を歩きだす。とても渋い顔をしながら、彼は説明を始めた。
「悔しい事に、あの双子の神子は魔法具にかけて『だけ』は天才的なんだ。今までにも色々な魔法を魔法具に閉じ込めて、簡単に発動させる事に成功している。それでも、召喚や移送の様な古代魔法でしか行えない魔法を閉じ込めるのには相当苦労したんだと思うよ。だから、僕達が結婚したからって、すぐには来られなかったんだろうな」
「なるほど」
「だけど、しばらくは二人っきりでグダグダやってくれるだろうから、僕達はゆっくり出来るんじゃないかな。——あの双子の件に関しては、ね」
苦笑し、カイルは息を吐いた。
「大変そうですね、ライサさん」
「そうだね。あのライサの兄だから…… ねぇ」
その言葉で、カイルへの恋心を拗らせていた時のライサの姿がイレイラの頭に甦る。アレを兄にやられてはたまったものではないだろう。兄妹故に、邪険にも出来ないだろうし。
だが彼女達は友人などといった間柄という訳でもない。所詮は他人事だ。イレイラは『ライサさん、ご愁傷様です』と心の中で呟き、ライジャという訪問者の記憶はそっと無かった事にしたのだった。
【番外編①・完結】
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