「俺、言ったんです。そもそも、どんなに優しい人でも、ただの部下と一緒に暮らそうとは思わないし、本当にただの部下だと思ってるなら、どんなに誘われても触ったりしないって。椿ちゃんが話す是枝さんが俺の感じた通りの人なら、ヤリたい一心で好きだなんて言わないだろうって。だけど、椿ちゃんは全然信じてくれなくて……」
急にシュンとして、倫太朗が俯く。
頭に、垂れた耳が見えるようだ。
自分のことのように必死になって、落ち込む姿が可愛いとすら思う。
心から、椿を想っているのだろう。
「会ったこともないきみにわかって、どうして彼女には伝わらないかな」
「基本、椿ちゃんは信じたいことほど信じません。その理由は……俺からは言えないけれど、信じて裏切られるのを怖がっていて」
「きみのことは信じているんだろう?」
「それは……。俺は弟のようなものだし――」
「――弟だと思っているなら、セックスはしないんじゃないか?」
「えっ!?」
残念だがアタリ。
明らかに動揺した倫太朗は、今にも泣きそうだ。
「子供の頃に一度だけ……です。俺は経験がなくて興味があって、椿に頼んで一度だけ。けど! どんなに好きでも、椿への感情は幼馴染とか姉弟のものでしかないってわかって、本当にその一度だけです! だから、その、今はホントに、そうゆうのは一切なくて――」
「――別に怒ってるわけじゃない」
必死に言い訳をする倫太朗を見ていると、俺がイジメている感が半端なくて言った。
「きみと椿の関係をどうこう言える立場にはないし、過去を責めてもどうしようもないことがわかる程度には、俺にも過去はある」
彼女のハジメテの相手に嫉妬しただけだとは、言いたくなかった。
「是枝さんは、椿ちゃんのこと好きですか?」
「ああ」
「えっ!?」
聞かれたから答えたら、目を丸くされた。
「あ、すいません。即答されるとは思わなかったので」
「きみの言う通りだ。好きでもない女と一緒に暮らそうとは思わないし、セクハラで訴えられるリスクを冒してまで触れたりしない。それ以前に、俺は昨夜、はっきりと自分の気持ちを伝えたんだがな」
「夢だとでも思ってるんじゃないですかね。椿ちゃん、キャパオーバーになると現実逃避癖があるんで」
「なんだ、それは。それじゃあ、俺が何をしても信じてもらえないってことか」
ははっと倫太朗が笑った。
ミネラルウォーターを飲み干し、立ち上がる。
「是枝さん。酔っている椿ちゃんの思考回路は真っ直ぐ一本です。嘘をついたり誤魔化したりが出来ない。そして、割と記憶が残っています」
そう言うと、ジャケットのポケットから名刺を取り出して差し出した。
俺はそれを受け取る。
「株式会社朱月堂、広報部イメージモデル……」
聞いたことがあるはずだ。
朱月とは、朱月堂の創業者一族だ。
美容化粧品やサプリメントの開発、エステサロンの経営、最近では自然食品の開発なんかも始めたと新聞か雑誌で見た。
倫太朗をどこかで見たことがあると思ったのは、CMやネット広告、電車の吊り広告だったのだろう。
「あ、ペンありますか」
「え?」
「あ、いいや。是枝さんの番号教えてもらえませんか?」と言って、スマホを取り出す。
俺は自分の番号を言い、彼はそれを入力した。
リビングのテーブルの上で、俺のスマホが鳴り、すぐに止まった。
「俺の番号、登録お願いします。椿ちゃんのことで何かあったら連絡ください。家族がいない椿ちゃんには、俺が唯一の家族なので。事故や病気は当然ですけど、椿ちゃんの扱いに困ったりしても。結婚するとか妊娠したとか、そういうおめでたいニュースも待ってますから」
結婚……。
ずっと考えもしなかった二文字だが、最近はやたら耳にする。
「是枝さん。椿ちゃんが言ってました。『部長が毎日残業して一生懸命作った資料なのに、チョコレートで汚して捨てるなんて許せなかった』って」
「チョコ……。ああ……」
椿と最初に話した時だ。
あれからまだ三カ月も経っていないのに、随分と昔のことのように感じる。
「椿ちゃんが自分から声をかけたり、手伝いを申し出たりするなんて珍しいって思ったんです。で、理由を聞いたらそう言ってました。
よっぽどムカついたんでしょうね。じゃ、夜遅くにお邪魔しました」
丁寧にお辞儀をして、倫太朗は帰って行った。
シンッと静まり返る空間。
俺はシャワーを浴び、リビングの照明を消して、寝室に、椿の元に向かった。
彼女はベッドの端で丸くなっていた。
「椿……」
俺はベッドに腰かけ、彼女の頬に触れた。
「椿」
瞼が震え、唇がキュッと結ばれる。それから、ゆっくりと瞼が開いた。
「ひょ……さ……」
アルコールのせいだろう。
声が掠れている。
「好きだよ、椿」
昨夜は信じてもらえなかった言葉を口にする。
「好きだ」
頬を撫でると、彼女は猫のように気持ち良さそうに目を細めた。
「私も好き……」
期待していたが、まさかもらえないだろうと思っていた言葉に、鼓動が早まる。
「ほんと……に?」
今度は、俺の声が掠れた。
彼女に触れる手が熱を帯びる。
「うん。大好き」
酔っ払いの言葉を信じていいのだろうか。
『酔っている椿ちゃんの思考回路は真っ直ぐ一本です。嘘をついたり誤魔化したりが出来ない』
ついさっき聞いた、倫太朗の言葉を思い出す。
「俺に触られるの、嫌じゃないか?」
椿の手が、俺の手に重なる。
「もっと触れてほし……」
酔っ払いの言葉を信じていいのだろうか。
『是枝は、あれこれ考えるより、ヤルことヤッてデキ婚とかの方がいいのかもな』
溝口部長の言葉が頭をよぎる。
デキ婚はともかく、今、猛烈に椿に触れたい。
「抱いていい?」
椿の碧い瞳が俺に向く。
「痛くてもやめてあげられないけど、抱いていい?」
椿の唇がゆっくり開く。
「抱いてほしい」
明日、いや、もう今日か。
目覚めた時、椿はこの会話を覚えているだろうか。
覚えていて欲しい。
「好きだよ、椿」
覚えていてくれ。
「セフレでも愛人でもない。恋人になって欲しい」
覚えていなくても、また言えばいい。
「俺を椿の恋人にして欲しい」
何度でも、言うから。
椿の言葉を飲み込むように、口づけた。
唇を味わいながら彼女のシャツのボタンを外していく。
昨夜の彼女の言葉は間違いじゃなかった。
スポーツブラで胸が潰れた状態でぴったりなシャツは、本来であればボタンが閉まらないだろう。
これは、本当にクローゼットの中身を総入れ替えする必要があるな。
そんなことを考えながら、ベージュのスポーツブラを押し上げた。
ぶるんっと露わになった胸は、やはり柔らかく、手に吸い付くよう。
すぐにでも食いつきたかったが、首の下で丸まっている下着が窮屈そうで、俺はシャツの袖を抜き、下着を持ち上げた。
自然と、彼女が万歳の格好をする。
三つ編みを解き、指で髪をすく。
緩くうねった黒髪が肌に落ち、胸を覆った。
「綺麗だ……」
美術の教科書にでも載っていそうな姿。
眺めているだけでも、妄想を掻き立てられて興奮する。
更なる興奮を求めて、俺は肌に触れる前に椿のパンツのファスナーに手を伸ばした。
彼女は抵抗しなかった。
一糸纏わぬ姿となった椿が、ベッドの上で足を横に揃えて座る。
髪で胸が、足で下腹部が隠れ、それを暴きたい衝動に駆られる。
ヤバいな……。
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