夕食は、想像以上に美味しかった。
(彼女なかなかやるわね!)
あまりの美味しさに、華子はうんと頷きながら美味しそうに食べる。
それにしても、のんびりくつろぐ一人時間は最高だ。
もう愛人の野崎が家に来る事もない。
急にホテルに呼び出される事もない。
自由って何て素晴らしいのだろう。
こうやってテレビを見ながらのんびり過ごしていると、何とも言えない幸せな気分になる。
そして偶然見つけたイタリアンは超絶美味で最高だ。
つい華子のワインは進む。
(コンビニワインも大して期待はしていなかったけれど、まあまあ飲みやすいじゃない)
とにかく、ガーリック風味のチキンと赤ワインの相性は抜群だった。
(それにしてもあのお店の女性、私と同じくらいの歳なのに凄いわね。夢に向かって頑張っていて素敵だわ)
その時華子は、以前飛行機の中で偶然再会した元義理の妹の事を思い出していた。
(栞ちゃんも夢を叶えて頑張っていたし…みんな偉いな)
華子はそう呟きながら窓の外を見つめる。
窓からはキラキラ輝く街明かりが見える。
(私の夢ってなんだろう?)
ふと華子はそんな事を思う。
しかし考えてみてもその答えはすぐには見つからなかった。
気づくと、ワインはボトル半分にまで減っていた。
(明日も仕事だしもうこの辺でやめておこうっと)
華子は両手を合わせて、
「ごちそうさまでした」
と呟くと、後片付けを始めた。
半分ほど残ったワインは冷蔵庫へしまった。
時刻はもう十時を回っていた。
陸はまだ帰る気配がない。
(このマンションは素敵だけれど一人でいるには広すぎるわ)
華子はなんとなく手持無沙汰になり、歯を磨きに行く。
その時洗濯が終わっている事に気づき、乾いた洗濯物をリビングへ持って行くと一つ一つ丁寧に畳んだ。
このきちんとした畳み方も、厳しい祖母が教えてくれた。
そして畳んだ陸の洗濯物はソファーの片隅に置いておく。
明日も朝から仕事なので、華子はもう寝る事にした。
部屋に戻ってからはしばらくスマホをいじっていた。
(そうだ、野崎に荷物の送り先を連絡しないと。あ、でも、新しいマンションの住所は…まだわからないんだっけ)
華子はがっかりしてスマホの画面を閉じる。
そして、明かりを消してベッドへ入った。
それにしても、自分はなぜこんなにもくつろいでいるのだろうか?
会ったばかりのよく知らない男の家なのに、まるで自分の家にいるようにくつろげるから不思議だ。
こんなにも穏やかな気持ちでいると、銀座で働いていた日々が遠い昔のように思えてくる。
とにかく、あの壮絶な世界とはもう永遠におさらばだ。
そう思うと更に心が落ち着いてきた。
今はとりあえずアルバイトを頑張ろう。
今後の事は、落ち着いてからまたゆっくり考えればいい。
華子はそう思いながら目を閉じる。するとあっという間に深い眠りに落ちていった。
その日の深夜、陸はタクシーでマンションに向かっていた。
今朝は華子をカフェに送った後、午後からは事務所へ行った。
陸の事務所は、今の仕事へ導いてくれた高津義郎のビルの一室にある。
いくつもの会社を経営をしている高津は、都内のあちこちにビルやマンションを保有している。
その中の一室を、陸にタダ同然で貸してくれていた。
事務所には二人の男性スタッフがいた。
陸と二人の付き合いは、もう6~7年近くになる。
一人は陸が経営している飲食店の担当、
そしてもう一人は陸が保有している不動産物件の担当をしている。
今日も事務所へ顔を出して、二人と打ち合わせをしてきた。
そしてその後陸は一度自宅へ戻り、着替えてから会食のへタクシーで向かった。
今回の会食の相手は、陸が所有するテナントビルに入っている老舗宝飾店の社長だった。
陸は最近、その宝飾店が入っているビルを購入した。
ビルのオーナーが陸に変わった事を知った社長の山瀬は、
「ご挨拶を兼ねて会食でもいかがでしょう?」
と陸を誘った。
本来ならそういった席にはあまり顔を出さない陸だが、そのビルの前の所有者が高津だった為、
高津の顔を潰さない為に招待を受ける事にした。
しかしいざ会食の席に行ってみると、山瀬社長は愛娘を連れて来ていた。
どうやら山瀬は娘と陸を引き合わせたかったらしい。
山瀬の娘は、山瀬里佳子・32歳。
里佳子の第一印象は、小柄でグラマラスな女性だった。
きっと大切に育てられてきたのだろう。
社長令嬢として何不自由なく、特に苦労もせずに育って来たので、里佳子は歳より若く見えた。
育ちの良い社長令嬢というと、おとなしくて物静かなタイプをイメージしがちだが、里佳子はまったく正反対だった。
気が強く、物怖じもせず、はっきりものを言うタイプの女だ。
会食が始まると、陸は里佳子の質問攻めに合う。
それは、仕事についての事だったり、結婚や恋愛についてだったり、それこそ初対面の人にはなかなか聞きにくい内容を、
ズバズバと直球で聞いてくる。
里佳子は結婚願望がかなり強いように見えた。そして、相手に対する条件も妥協を許さない。
相手の事をしっかりとリサーチして、自分が理想とする幸せを掴みたいという思いがひしひしと伝わってくる。
そこで、陸は思った。
(アイツも昔はこんな感じだったのか?)
それから、陸は里佳子の質問に対し、あくまでも常識的に当たり障りのないような答えを返す。
なぜなら、隣で父親の山瀬社長も聞いていたからだ。
期待させるような事を言って誤解されても困るし、かといって邪険にも出来ない。
陸はかなり気を遣いながら、里佳子の質問に答えていった。
そんな陸の反応を見た里佳子は、陸が自分に対して全く興味を持っていない事を悟る。
それからの里佳子は少し不機嫌だった。
しかしあえて陸は気づかないふりをして山瀬との会話に集中するようにした。