着替えを済ませた華子がトレーニングルームへ行くと、30歳前後のガッチリと鍛え上げた女性トレーナーが待っていた。
「今日ご一緒させていただく目黒と申します。よろしくお願いします」
目黒ははつらつとした声で華子に挨拶をしてからニッコリと微笑む。
「よろしくお願いします」
華子は少しすました顔で挨拶をする。
どうも女性に対して人見知りの華子は、つい態度が堅くなってしまう。
しかし体育会系女子の目黒は全く気にする様子もなく、入口付近にあるテーブルの椅子に華子を座らせた。
まずはそこで目黒から色々な質問を受ける。
トレーニングの目的が体力づくりなのかダイエット目的なのか、
またどの辺りを重点的に鍛えたいのか、もしくは細くしたいのか?
身体の中で痛みが出やすい場所はあるかなど、これからトレーニングをするに当たり必要な質問をいくつかされた。
それに対し華子は一つ一つ丁寧に答える。
質問を全部終えた目黒は再びニッコリして言った。
「三船さんが太った原因は、生活リズムの乱れが原因かと思います。少し前まではスタイルが良かったようですから規則正しい
生活を心がけてきちんと運動をすれば、おそらくすぐに目標体重まで落とせると思います」
それを聞いて華子はホッとした。プロが言うのだから間違いないだろう。
華子は目黒の話を聞き俄然やる気が出てきた。
そしていよいよ華子の本格的なダイエットプログラムがスタートした。
一時間後、華子はベンチにへたり込むように座っていた。
もう身体がヘロヘロだ。
体育会系女子の目黒はいつもニコニコ笑顔だがプログラムに関しては容赦はしない。
華子は久しぶりのジムだったので、一時間みっちり運動をするともう限界だった。
それに今日は一日中立ち仕事をした後なのだ。
もう体力を使い果たして歩けない。
これで痩せていなかったら、絶対詐欺だ!
(あー、しんどっ!)
汗を拭きながら華子はペットボトルの水をゴクゴク飲む。
それから、トレーニングルームにいるはずの陸を探した。
陸は奥のベンチプレスコーナーにいた。
そこで仰向けに横になると、かなり重そうなバーベルを上げ下げしている。
陸が身体を動かす度に、胸の辺りの大胸筋や上腕三頭筋が波打つように盛り上がる。
思わず見とれてしまうほどの見事な筋肉だ。
(うわっ、脱ぐとあんなに凄いマッチョなんだ…普段は服で隠れているからあんなに凄いとは思わなかったわ)
華子はそう思いながらまだ口を開けたまま上下している筋肉に目を奪われる。
そしてふと辺りを見回すと、陸の近くでトレーニングをしている女性達全員が陸の身体をうっとりと見つめていた。
中にはほおを紅潮させて色っぽい視線を向けている御婦人もいる。
(すっごい注目を浴びてるわ…)
華子は面白くなさそうにフンッと顔を背けると、また水を一口飲む。
それからしばらくすると、陸がトレーニングを終えて華子の方へ歩いて来た。
陸のピューマのようなしなやかな動きに、女性達の目はまだ釘付けになっていた。
陸はタオルで汗を拭きながら華子がいるベンチまで来ると言った。
「終わったか?」
「うん」
「じゃあシャワーを浴びてから飯を食いに行こう」
「やった! お腹がペコペコよぉー」
「ハハッ、じゃあシャワーを終えたらフロントの前で落ち合おう」
「了解!」
華子はそう返事をすると、すぐにシャワールームへ向かった。
ジムには、シャワールームの横に大浴場もあるようだ。
さすがに温泉ではないが、露天風呂まである。ジムの設備にしてはゴージャスだ。
本当だったらゆっくり広い湯船に浸かりたいところだが、お腹が空いて我慢出来ない。
だから華子はシャワーだけ済ませると、すぐに身支度に取り掛かった。
ドライヤーで髪を乾かしてから手早くメイクをする。
ナチュラルメイクなので、あっという間に仕上がった。
華子がフロントへ行くと、陸は立ったまま見知らぬ女性と談笑をしていた。
女性の歳の頃は三十代半ばくらい。まあまあの美人で髪は緩いウェーブがかりグラマラスな体型がなんとも色っぽい。
身体にフィットしたセクシーなワンピースが、さらに女性を艶めかしく魅せている。
(あの女は誰?)
華子はいぶかし気な表情のまま、陸の傍へ行った。
すると、陸が、
「あ、妻が来ましたのでこれで失礼します」
と言ってから華子の肩を抱く。
そしてニッコリと華子に微笑みかけると、
「じゃ、行こうか」
そう言って出口の方へ歩き始めた。
後に残された女性は、かなりガッカリした表情で陸に連れられて行く華子の後ろ姿をじっと睨んでいた。
そのキツい眼差しは、華子の背中に穴が開きそうなほどだった。
出口を出る際、先程のフロントの男性が二人に笑顔を向けながら、
「お気をつけて、またお待ちしております!」
と声をかけてくれた。
陸は男性に軽く手を挙げてからジムを後にした。
外に出ると華子が聞く。
「あの女誰? なんで私があなたの奥さんみたいな言い方をしたの?」
「ああ、ごめんごめん。その方が都合が良かったんだよ」
「どういう事?」
「彼女は会うと毎回しつこく話しかけてくるんだよ。だから妻がいるって言えば楽だろう?」
「あらまぁ、モテモテで結構ですことっ!」
華子は嫌味を込めて言う。
「何怒ってるんだ?」
「怒ってなんていませんっ!」
その返し方は、どう見ても怒っているようにしか見えない。
「どう見ても怒ってるぞ。そっかぁ、そうだよなぁ、こんなにムカつく奴とは、一緒に飯食っても美味くはないよなぁ…」
陸はニヤリとして言った。
陸の言葉を聞いた華子は途端に焦り始める。もうお腹がペコペコで、先ほどの女の事なんてどうでも良かった。
「うそうそ、ごめんなさいっ! もうお腹がペコペコなんだからなんでもいいから早く食べさせてー!」
本当にお腹が空いている華子を見て、陸はクックッと笑い始める。
そして笑いながら華子に聞いた。
「寿司とステーキ、どっちがいい?」
「ステーキ!」
「肉は太るぞ?」
「運動したからいいでしょう?」
「まあそうだな…」
陸は突然手を挙げて通りかかったタクシーを停めた。
「タクシーで行くの?」
「歩けなくもないけれど、クタクタだろう?」
「うん、もう歩けない」
「じゃあ乗れっ!」
陸は先に華子をタクシーに乗せる。
それから二人は、陸の行きつけのステーキ店へ向かった。
コメント
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モテモテの陸さんに 無意識に焼きもちを妬いてスネちゃう華子チャンwと、そんな彼女をからかってふざける陸さん....🤭💞 軽快なやりとりがイイ雰囲気で 、思わずニヤニヤしちゃう💓😁
素直じゃ無い華子だけどそれも陸さんの範疇🤭 でもモテモテの陸さんの横に「奥さん」の華子がいるのは「まぁ悪くはないけど…」って声が聞こえてきそう😊👍