良輔はリビングへ行き郵便物を開封して中の書類を取り出す。
そして強張った表情のまま、そこに書かれてある内容に目を通した。
書類には、凪子から離婚の申し立てがあった事、不貞の証拠は複数揃っている事、
そして夫の不貞により妻がかなりの精神的苦痛を受けたとして慰謝料の請求がある旨が記されていた。
そして最の方には、穏便に離婚に応じ慰謝料を速やかに支払う事が精神的苦痛を被った妻への償いであるという事も記されてい
た。
良輔は慌てて慰謝料の項目へ視線を移す。
するとそこには、400万円という金額が提示されていた。
400万円の内訳は、慰謝料300万円・不貞の調査にかかった費用100万円となっている。
「よっ、400万?」
良輔は驚きのあまり叫ぶ。
二人の間に子供はいないし、結婚してまだ二年にも満たないというのにこの金額は多すぎるのではないか?
良輔は咄嗟にそう思う。
絵里奈には300万円の請求が来ていると言った。
「ハッ? 派遣のアイツにそんな額払えるわけないだろう?」
思わず良輔は呟く。
いや、今はそれよりも凪子と話す事が先決だ。
もしかしたらこの大袈裟な演出は、良輔を懲らしめる為のものかもしれない。
良輔には本気で凪子が自分と離婚したがっているとは思えなかった。
絵里奈との不倫を知り、逆上した凪子が良輔にお灸をすえる為に芝居じみた事をしているのかもしれない。
良輔はそう思いすぐに凪子に電話をかけてみた。
すると電話口からは、
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません……」
という虚しいメッセージが流れてきた。
「なんでだ? なんで繋がらないんだ?」
納得がいかない良輔は、すぐに電話会社に問い合わせた。
しかしオペレーターは、
「おそらく、先方様が電話番号を変更されたのではないでしょうか?」
と丁寧な口調で答えた。
「じゃあ、変更した番号を教えてくれ!」
「申し訳ございません。個人情報に関しては、こちらからはお伝え出来ない事になっております」
「電話会社なんだから新しい番号は調べればすぐにわかるだろう? 早く教えてくれ! 俺は夫なんだ! 家族なんだから教え
くれてもいいじゃないか!」
「大変申し訳ございません……」
良輔が何度言ってもオペレーターの言葉は同じだった。
そこで良輔はイライラして怒鳴りまくる。
たまりかねた女性オペレーターは、電話を上司である男性社員に引き継いだ。
年配の男性社員は、新しい番号は本人の許可なしに他人へお伝えする事は出来ないと丁寧な口調で説明する。
それでも納得がいかない良輔は、
「どいつもこいつも役立たずめっ! もういいっ!」
と、怒鳴って電話を切った。
切った瞬間、また絵里奈からの着信が鳴り響く。
良輔はイライラしながらスマホの電源を切った。
その途端、うるさかった音が急に止んだ。
良輔は、ソファーに崩れ落ちるように座ると両手で頭を掻きむしる。
「ちくしょうっ! 一体どうなってるんだっ!」
そう怒鳴った後、良輔はハッとしてすぐにキッチンへ向かった。
キッチンの食器等には特に変化がない事が分かると、今度は慌てて寝室へ向かう。
そして、凪子の服が入っていたクローゼットの扉を開けた。
するとそこはもぬけの殻だった。
良輔は、慌ててドレッサーの引き出しも開けてみた。
しかし、どの引き出しも既に空っぽだ。
次に良輔は玄関まで走って行った。
そしてシューズボックスの扉を開けてみると、そこに凪子の靴は一足もなかった。
「ちくしょうっ! 俺がいない間に……」
良輔は頭を抱えながら思い切り呻くと、玄関前の廊下に崩れ落ちるようにしてへたり込んだ。
日曜日の朝、ほとんど一睡も出来なかった良輔は、酷い顔をしたままボーッとダイニングテーブルの椅子に座っていた。
昨夜は気が動転して全く気付かなかったが、今朝になってそこにメモがある事に気付く。
『鍵はポストに入れておきます。今までお世話になりました。さようなら。凪子』
メモの上には結婚指輪と婚約指輪が置かれていた。
良輔はそのメモをクシャッと手で握り潰す。
その後しばらくの間放心状態のままだったが、
少し落ち着くと、改めて弁護士事務所からの書類に目を通した。
そこには、昨日見落としていたいくつかの記載があった。
その内容は、
会社では凪子に話しかけてはいけない事
離婚に関する話し合いは全て弁護士事務所を通す事
今後もし凪子へ直接話しかけたり接触を試みるような事があれば、凪子が更に苦痛を被ったとしてさらに慰謝料の上乗せが生じ
る可能性があると記載されている。
「ちくしょう! これじゃあ手も足も出ないじゃないか! 夫婦なのに話し合いも出来ないのかっ!」
そこで良輔は封筒に印刷されている弁護士事務所の名前を見てギョッとした。
(これは紀子さんの夫の事務所か?)
その事実に気づいた良輔はガックリと肩を落とす。
離婚を担当する弁護士が凪子の親友の夫となれば、どうやったって凪子の肩を持つだろう。
きっと何を言っても取り合ってはくれないだろうし、凪子の為に全力を尽くそうとするだろう。
良輔は大きなため息をつくと、傍にあったスマホの電源を入れた。
すると電源を入れた途端、
絵里奈からのものすごい量の着信とメッセージが表示される。
『塩崎絵里奈』という文字を見ただけで、良輔はうんざりする。
(ちくしょう! やっぱりあの女とはもっと早く別れておくべきだったんだ!)
そこで良輔は、弁護士事務所からの文面を思い出した。
(不貞の証拠…? もしかして、絵里奈が撮ったあの写真か? あの写真を、凪子は事前に見ていたのか? 見ていてあえて俺
に取って来いと言った?)
良輔は顔面蒼白になる。
あの写真をもし凪子が見ていたとしたら、良輔の不倫の事実と不倫相手がわずか数秒でわかってしまっただろう。
(絵里奈があの写真をポストに入れたせいで凪子にバレたのか? きっとそうだ! アイツのせいだ! 全てはあの女のせいな
んだ!)
良輔はそう確信すると、すぐに絵里奈の番号を着信拒否にする。
そして今まで絵里奈と交わしたメッセージも全て消去した。
良輔は、今後一切絵里奈からの連絡を受けられないようにした。
(元々はアイツが俺を誘惑してきたんだ。俺は結婚指輪だってはめていたしアイツも俺が既婚者なのを知っていたんだ。俺から
は一切手を出していない。だから悪いのは全てアイツだ!)
良輔はそう自分を納得させると少し落ち着いたのか、昨日ゴルフから戻ったままの汗でベタついた身体を洗い流そうと、のろの
ろとバスルームへ向かった。
コメント
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なんとも自分勝手な2人💢だから凪子さんに見切られたんだってわからないかなぁ🌀 良輔は既婚者である以前に女性関係も乱れてて凪子さんと信也さんの関係にもヒビを入れるくらいに悪質な人だったしおそらく絵里奈も似た同じ穴のムジナのように感じるし、似たもの同士凪子さんにスパッと慰謝料払って謝罪してほしいんだけどな😤😡💢💢