テラーノベル
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「私が、楓ちゃんを祝う? ……」
……それ、どういう意味?
何を言ってるの? この子は……。
隠し切れない警戒心。
眉間に深いしわを刻み、しげしげと彼女を見つめる。
「シャンパン持ってせっかく来たのに……部屋には上げてくれないんですか?」
彼女は私の問いには答えず、自分の前に立ち塞がる私を見つめ、口元を歪めた。
せっかく来たのに!?
夫と不倫しておきながら、その上、この家にまで上がり込もうっていうの!?
……なんておこがましい態度。
それに、何なの?
――この、気味が悪いほどに余裕に満ちた表情は。
ふてぶてしいとしか言いようのない彼女を見つめていると、さらなる怒りが吹き上げてくる。
「だから言ったでしょ? 今から出掛けるところだって」
私は眉間に深い縦じわを刻み、口元を歪めて冷たく言い捨てる。
すると彼女は口を引き結び、私を射抜くように見つめ返した。
生あるものが死に絶えた、地の底のような静寂が張り巡らされる。
息が止まりそうなほどの、重苦しい空気。
「……そんなに急いでどこに行くんですか?
大丈夫ですよ。今日のオペは拡張型心筋症のバチスタ。遼一さんは、まだ当分帰ってきませんから」
先手を打つように沈黙を破った彼女はそう言って、儚さを捨てた顔に不敵な笑みを貼り付けた。
「遼一さん? ……」
居直ったように口元を上げて笑う彼女を見つめ、私は唖然として言葉を失った。
「亜紀先生、もう知ってるんでしょ? 私と御主人さんの関係を。
何故ばれたのかは知りませんが……驚いたでしょ? まさかこの私に御主人を寝取られるなんて」
まるで挑発するように首を傾け、悪びれもなくそう言った彼女は、この場に不似合いなシャンパンを抱えたまま、背にした壁にもたれ掛かる。
私の目の前にいるこのふてぶてしい女が……これが、あの楓ちゃん? ……
ひっそりと野に咲く花のように……。
どこか儚げで可愛らしい彼女の面影など、今やどこにもない。
あんなにも親しくしていた私たちなのに……。
「寝取るだなんて……どうしてなの? どうして相手が遼なの?
私はずっと、あなたを友達だと思っていたのに……どうしてこんなことを……」
必死に涙を堪える。
怒りと悲しみが交錯した言葉は、微かに震えた。
「……いつからなの? いつから、遼と関係を持っていたの?」
喉から絞り出した声で、新たな問いを口にする。
「……初めて彼に抱かれたのは2年前。……でも、私が彼を好きになったのは7年前。亜紀先生と遼一さんが、結婚するより前のことです」
「7年前?! 待って……それ、どういうこと!」
「私が彼に出会った頃。彼はまだ大学院生で、私は看護学生でした。
実習生だった私は彼に憧れてた。遼一さんに会いたくて、就職も今の病院を選んだ。
なのに……無事に看護師になって再会した時、彼にはあなたがいた。
本当は、ずっとあなたが憎かった。私に向ける笑顔が疎ましかった」
……本当はずっと私が憎かった?
……疎ましかった?
彼女の衝撃的な言葉を受け入れる余裕などあるはずもなく、瞬きを忘れ、ただ呆然と立ち竦む。
「私はあなたを友達だなんて思ってない。思ったことは一度もない。
あんたなんて、消えちゃえばいいのに……」
彼女はそう言って、私を睨み付けた。
7年前? ……まだ私が遼と出会う前に、すでに楓ちゃんは遼を好きだったってこと!?
だから、ずっと私を憎んで……疎ましく思って……。
あんたなんて消えちゃえばいいのに?
彼女から浴びせられた、予想もできぬ悲愴な言葉。
硬直して動けない足が、その場で地の深くに沈んでいくような気がした。
だけど……。
「……彼氏は? 付き合ってた彼氏がいたじゃない。二人で飲みに行った時、彼が迎えに来てた。二人で仲良く写ってる写真だって……」
「……ああ、あの男ね。あれは、ただのセフレの一人です。
亜紀先生を安心させるためのカモフラージュ。いつかのための、目くらましみたいなモノです」
「セフレ?! いつかのための、目くらまし……!」
彼女の口からそんないかがわしい言葉が発せられるなんて……信じられない。
「……」
次の言葉を準備できず、狐につままれたような顔でぽかんと彼女を眺める。
「遼一さんが手に入ってからは、もう要ナシなんで、すぐに関係を切りましたけど。
あ……そう言えば、数か月前に別れたセフレのことを聞いてきましたよね?
あの時は、不意を突かれて少し動揺しちゃいましたよ」
「要ナシだからすぐに関係を切ったって……あなたは、自分が何を言ってるのか分かってるの?」
うわずった声しか出ない。
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り、視界がぐらりと揺れた。
「セフレが気に入りませんか?
淋しさを紛らすために、好きな男を想って他の男に抱かれる。それがいけませんか?
……仕方ないじゃない。好きな人には奥さんがいる。……絶対に手に入らない。
病棟で亜紀先生に優しくされる度、さり気なく仕事のフォローをされる度、見下されてるようで虚しさが込み上げてきた。
……でもね、ある時気づいたんです。
こうして仲良くしていたら、亜紀先生を利用すれば、いつかはあの人が手に入るって……」
抱きかかえたシャンパンの赤いリボンをクルクルと指に巻き付けながら、彼女は口元を引き上げ、ニッコリと笑った。
遼を手に入れるために、私を利用する?
……どういう意味?
好きな相手のパートナーと仲良くすることに、何の意味があるっていうの!?
「……」
訝しい顔をして、ただ黙って彼女を見つめ続ける私。
「亜紀先生? あなたってどこまで鈍い人なんですか? ……見ててイライラする。
私は、あなたと一緒にいることで情報収集をしてたんです。
あなたの性格、彼の性格、あなたが彼に何を望んでいるのか、彼があなたに何を望んでいるのか。
そして、夫婦間で何が欠如しているのか……。あなたから、あの人を奪う計画を実行するためにね」
彼女は勝ち誇ったように言葉を連ねたあと、声が出ない私を見つめ返し、クスッと鼻先で笑った。
そうか……。
この娘は私を裏切ったわけじゃない……。
最初から、すべてが、私を陥れるための策略だったんだ――。
「……遼に何をしたの!? どうやって遼を……」
澄ました表情を浮かべる彼女を睨み付け、喉の奥から声を絞り出す。
「何をした? 私はただ、彼にある提案をしただけです。もっとも、彼にとっては私という女に興味を持つきっかけに過ぎなかったんでしょうけど」
「ある提案?」
「そうです。それに彼は乗ってきた。そして、今日やっと願いが叶ったんです!」
声を弾ませ、高笑いを上げる彼女。
その不可解な姿を見て、私の背中に悪寒が走った。
「……さっきから……何を言ってるの?」
意味が分からず、片眉を上げておずおずと問いを口にする。
私の声を聞いた彼女は、大きく息を吸い込んだかと思うと一息つき、ピンクのショルダーバッグから一枚の紙を取り出した。
そして、笑みを浮かべたまま黙って私にそれを差し出す。
警戒心を露わにする私は、目の前に差し出された小さな紙を受け取らず、眉間にしわを刻んだまま視線を落とした。
目に映ったものは、モノクロのエコー写真。右下の部位表示からして、腹部エコーの写真だと瞬時に判断できた。
「これ……なに?」
皮下組織、脂肪組織、筋層。その奥に見える、小さな楕円形のものを凝視する。
「私と遼一さんの、赤ちゃんですよ」
エコー写真を見つめる私の耳に流れ込んだ、彼女の声。
えっ……。
赤ちゃんっ!?
「……ウソ……まさか……」
瞼が引き裂かれそうなほど大きく目を見開き、顔を強張らせる。
「嘘じゃありません。よく見て下さい。今日の日付と、私の名前が入ってる」
彼女に言われるまま、再び視線を落とす。
落とした視界に飛び込んできたのは、今日の日付と『ASAKURA KAEDE』の文字。
本物……。
「そ……そんな……」
震える声。
頭から足の先へと、血の気が引いていく。
その写真が本物であると確信した瞬間、目の前が真っ白になった。
コメント
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**はる。:** うわ……第123話、ついに楓ちゃんの本性がバレたね。ずっと前から遼一さんのこと好きで、亜紀先生と友達やってたのも全部計算だったって……ゾッとするわ。最後のエコー写真にはマジで声出なかった。ここまで計画的な寝取りって正直胸糞悪いけど、感情の描写が細かくて引き込まれた。次、亜紀先生どうするんだろ……続き気になる🔥
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