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鳥の鳴き声で目が覚めた。いつの間にかまた眠ってしまっていたみたいで途中から記憶が無い。
(……叶糸の自慰のお声はバッチリ覚えているけどな)
むくりと起き上がり、彼の姿を探す。だけど寝室からはもう出たみたいで、昨日床に脱ぎ捨てていた服なんかも消えていた。
のっそりと起き上がり、ベッドから降りて部屋を出る。叶糸が私に抱いている《マーモット》という認知が邪魔して部屋の扉をすり抜けられないという事態にはなっておらず、ちょっとホッとした。
(普通なら出来なくって当たり前の事だから、心配した事自体が変かもだけどね)
廊下に出ると、ちょっとだけいい匂いが漂ってきた。きっと叶糸がキッチンで料理でもしているのだろう。時間的に朝ご飯だろうか。
慣れないせいかこの体は歩きにくい。のそのそと二足歩行をしているうちに、『あ、マーモットは四足歩行の生き物じゃないか!』と今更気が付き、一瞬迷ったが、小さなプライドは捨てて手を床について彼の元に向かった。
「あれ?おはよう、アルカナ」
足元に現れた私に一瞬驚いていたが、『扉を閉め忘れていたか』と思考が帰着したようだ。
エプロン姿の彼は私のムッチリボディを軽々と抱き上げ、近くにある椅子にトッと座らせた。
(……私なんか床でもいいだろうに)
一人用の椅子がダイニングスペースには一脚だけだ。これでは彼が座れない。『どうする気だ?』と思いはしたが、彼は直様パソコンなどを置いてある部屋から椅子を持って来て座った。
二足立ちしてテーブルの上に手を乗せる。するとこちらの動きをじっと見ていた叶糸が顔を手で覆って天井を仰ぎ見始めた。体を震わせ、なんか変な声まであげている。こ、こんな子であるとは知らなかったから、かなり驚きだ。
(彼は……余程癒しに飢えているのだろうな)
テーブルの上には大きな皿が置かれ、その中には小さくカットされた果物やニンジンといった野菜が並んでいる。なのに彼の前には野菜の端材みたいな物しか入らぬスープだけだ。『これって、私の為にかなり自分の分を削ったのでは?』と思うと泣きたい気分になってきた。
(優しい子だな……)
産みの親には売られ、義家族からは色々求められるばかりで、出来なきゃ折檻だなんて酷い経験をしただろう子なのに、心は強いみたいだ。
はしたなくも手で掴んだ野菜を口に入れ、咀嚼する様子までじっと見てくる。見られているとなれば、個人的には可愛く食べたい所なのだけど、このボディじゃとてもじゃないけど無理だ。どうやっても望む様子になんか少しも近づけない。
対面に座る叶糸がリンゴを一つ摘んで「はい、アーン」と差し出してきた。……な、なんという絵面と破壊力なんだ。整った顔立ちに、目の下にクマがあろうとも映えるその姿を見上げているだけで、私は無条件に口を開けてしまった。
ハグッと素直に食べると、それだけでも喜んでくれる。その様子を見ていると、こっちまで嬉しくなってきて、もう一度差し出されたリンゴも即座に食べた。不思議と自分で食べるよりも美味しい気がする。気のせいだってわかっているけど、美味しいものは美味しかった。
「——ご馳走様でした」
あの程度の量では空腹のままだろうに、彼は満足そうに席を立ち、食器を洗い始めた。この体では何も手伝えない事を申し訳なく思う。だけど、どうにかして彼を助け、《後継者》として《管理者》という立場に就いてもらうという目的を果たしたい。だって、そうじゃないと、そうじゃないと……
(私の“願い”すらも、叶わなく、なってしまう、から……)
学校に行く用意を始めた叶糸の様子を見ながら、私はどうにかして伝達手段を得られないかと紙とペンを用意してみた。これらは魔力で自ら作り出した物だ。扉の通り抜けだけじゃなく、物体の創生も可能なままで助かった。……だがしかし、この手で文字は、やはり無理があったか。
(なんじゃ、こりゃ……)
ミミズの絵、かな?としか思えぬ程の惨状だ。むしろこの手で“何か”を描けた事を褒めて欲しいくらい難しくもあった。文字での伝達は諦めた方が良いと早々にわかってむしろ良かったのかもしれない。
「何してんだ?アルカナ」と声掛けながら彼がリビングに戻って来た。パンパンになっている鞄を背負い、手にはたっぷりの布を敷いた段ボールを抱えている。何層にもなっているそれらの一番下にビニールシートがあるって事は——
(まさかソレは、私の、トイレか⁉︎)
ベッド代わりの箱ならいざ知らず、丸見えのダンボールトイレって!『不要だ!』と本気で叫びたい気持ちになった。流石に今回は我慢出来ず、言葉を飲み込めぬまま口を開けると、「——不要だ!」と、ヒトの言葉で叫べていた。
「…………」
#オリジナル
Nonn❄2
「…………(あれ?)」
当然のようにどっちも黙ってしまった。時間が止まったみたいに、静止している。
「は、話せる?」
持っていたペンをテーブルの上に置き、小さな両手で顔の周囲をペタペタと触る。ヒトの様な声は出たが、私が『マーモット』じゃなくなったわけではないようだ。
(叶糸の、私に対する“認知”が緩んでいるのか?)
そう思った瞬間、昨晩の彼の言葉を思い出した。『お前がヒトの女の子じゃなくて良かった、なぁ……。いい匂い過ぎて、一緒に寝たりなんかしたらこのまま襲ってる所だったよ』の一言だ。《認知》による強制力が多少なりとも歪むきっかけがあるとすれば、あの瞬間だけな気がする。『じゃなくて良かった』とは言いつつも、目の前に居る『好みの匂いの者』が自分の性的な対象であったならなという思いが多少はあったのかもしれない。強い性欲のせいで。
「……お前は、話せる、の、か?」
指差しながら震える声で訊かれ、「……あ、あぁ」と頷きながら返す。
「実は“獣人”……だ、とか?」
「あ、いや、それは違う」と直様否定した。
「実はな、話せば長くなるんだが——」と、そもそもの訪れた事情を含めて自分語りを早速始めようと、体を彼の方へ向けると、「あ、ごめんよ。もう時間が無いんだ。すぐに済ませないと面倒な用事があるんだ」と言葉を遮られた。
最速で出鼻を挫かれてしまった。頭をぐしゃりと撫でられ、「言語が理解出来るなら、一人での留守番も大丈夫か?」と訊かれる。
「……あ、あぁ」
そう返しはしたが、「眠くなったら、オレのベッドを使って。腹が減ったらキッチンに果物や野菜を詰めた紙袋を置いてあるから、そこから食べて良いからな。トイレは——」とまで言って一旦止まり、「『不要』なんだったな」と笑いながら言葉を付け足した。
「家からは絶対に出るんじゃないぞー」
大きめの声でそう告げて、叶糸が安物の腕時計を確認しながら玄関の方に走って行く。
「行って来ます!」の声が嬉々としていて、こっちまで胸の中が少し温かくなった。