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第十一章 月の故郷
第九話 動き出す時間
暖炉の火がぱちりと小さな音を立てた。
静かな空気が部屋に流れる。
情報量が多すぎたのだろう。
さすがのダイチも、しばらく難しい顔で黙り込んでいた
「…………」
腕を組み、眉間に皺を寄せている。
シュンタがちらりと横を見る。
「ダイちゃん、顔怖いで」
「今めっちゃ考えとるんや」
「へぇ、珍し」
「失礼やな」
そして勢いよく顔を上げる。
「……つまりあれやろ?」
全員がダイチを見る。
「ジントは、ジントのままでええってことやろ?」
一瞬、部屋が静まった。
「……」
「……」
そして、シュンタが吹き出す。
「めちゃくちゃ雑にまとめたなぁ!」
「いやでも間違っとらんやろ!?」
ダイチは真っ直ぐ言い返す。
「だって昔からそうやん」
「ジントが何者とか、月蝕の子とか、そんな難しいことより」
「俺らにとっては、いつもジントやろ」
その言葉にジントの瞳が少し揺れる。
ジュウタロウが静かに頷いた。
「……確かに」
「どんな役目を持っていようと、今ここにいるのはジントだ」
ハヤトも柔らかく笑う。
「それが一番大事なのかもしれないな」
シュンタが肩をすくめる。
「ほんま、たまに良いこと言うんよなぁ」
「たまにってなんや!」
重かった空気が少しだけ和らぐ。
ジントも小さく息を吐いた。
張り詰めていたものが、少しずつ解けていく。
そんな様子を見ながら、ミレイアが穏やかに目を細める。
「賑やかな子達だねぇ」
「ほんま毎日うるさいで」
シュンタが笑う。
「お前が一番うるさいわ!」
「えぇ〜?」
いつものやり取り。
それなのに、胸の奥がじんわり温かかった。
その時、セレネがジントの前へ新しい茶をそっと置いた。
「……飲みますか?」
淡い乳白の瞳が、少し心配そうに揺れている。
「ありがとう」
ジントが柔らかく微笑んで受け取る。
セレネは安心したように笑った。
その様子を見て。
ダイチがじーっと目を細める。
「何その顔」
シュンタがすぐに気付く。
「何でも……」
明らかに何か言いたそうだった。
「あ〜ダイちゃんまた始まった」
「始まってへん!」
「嫉妬?」
「ちゃうわ!!」
ゼストが壁際で静かに息を吐いた。
「騒がしい……」
「ふふっ、普段ここは静かですものねぇ」
パスカルが笑う。
「……静かな方が落ち着く」
そしてちらりと5人を見る。
「だが……」
少しだけ間を置いて。
「たまには悪くはない」
その一言に、部屋が少し静まる。
セレネが目を丸くした。
「ゼストがそんなこと言うなんて珍しいですね」
「……余計だ」
少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
ダイチが小声でハヤトに囁いた。
「この人ちょっとおもろいな」
「聞こえるぞ」
「へっ!?」
また全員が吹き出した。
暖炉の火が揺れる。
笑い声が、小さな部屋へ広がっていく。
ふとジントは、その光景をぼんやりと見つめていた。
ミレイア。
セレネ。
ゼスト。
パスカル。
そして、いつもの仲間達。
こんな風に沢山の人達と食卓を囲む時間が、自分にも訪れるなんて。
ずっと探していたもの。
自分が何者なのかという答え。
やっと見つかった答え。
けれど今、それ以上に大切なものが、少しだけ分かった気がした。
自分を呼ぶ声。
隣にいてくれる人。
何気ない笑い声。
胸の奥に残っていた冷たい穴が、少しずつ埋まっていく。
その時だった。
ぐぅぅぅ……
またしても部屋に響く大きな音。
「…………」
全員の視線が集まる。
ダイチだった。
「お前さっき食べたやろ」
シュンタが即座に突っ込む。
「いや頭使ったから腹減ったんや!」
パスカルが感心したように呟く。
「若いって素晴らしいですねぇ」
ハヤトも声を上げて笑う。
ジュウタロウは静かに額を押さえる。
ミレイアは目元を拭いながら笑っていた。
「ふふふ……本当に賑やかだねぇ」
その笑顔は、とても優しかった。
ーーー
食事も落ち着き、暖炉の火が穏やかに揺れていた。
パスカルは月蝕記を読みながら、何やら小さく呟いている。
「なるほど……ここはこう繋がるのか……いや、しかし……」
完全に自分の世界へ入り込んでいた。
ゼストは相変わらず壁際で腕を組み、静かに目を閉じている。
そんな中。
セレネが空になった皿を重ね始めた。
「オレも手伝う!」
突然、シュンタが勢いよく立ち上がる。
「え?」
セレネがきょとんとする。
「いやいや、こんなん可愛い子に一人でやらせるわけにはいかんやろ!」
「……可愛い……?」
「めっちゃ可愛いやん?」
さらりと言い放つ。
ダイチが顔をしかめた。
「うわ、出た……」
「通常運転だな」
ジュウタロウが呆れたように呟く。
だがシュンタは全く気にしない。
皿を持ちながら、自然にセレネの隣へ並ぶ。
「セレネちゃん、普段ここで何しとるん?」
「えっと……畑のお世話とか、お掃除とか……」
「へぇ〜えらいなぁ」
「そんなこと……」
「いや、めっちゃ大事なことやろ」
セレネが少し困ったように笑う。
シュンタはその表情を見て、さらに笑った。
「ていうかさ」
「この里、月の光でめっちゃ綺麗やけど」
「セレネちゃんがおると、もっと幻想的やな」
「…………」
セレネの頬がほんの少し赤くなる。
ダイチがテーブルへ突っ伏した。
「うわぁ……見てられん……」
「シュンタ、初対面でよくそんな言葉が出るな」
ハヤトが半分感心したように笑う。
「これは才能や」
シュンタが得意げに胸を張る。
「あんまり彼女を困らせるな」
ジュウタロウがため息を吐く。
セレネは完全に困っていた。
どう反応していいのか分からないように皿を抱えている。
「えっと……ありがとうございます……?」
「声ちっちゃ!可愛い!」
「シュンタ、お前は少し落ち着け」
ジュウタロウがとうとう止めに入る。
だがシュンタは止まらない。
「セレネちゃん、外の世界とか興味ないん?」
「そ、そんなに外へ出たことなくて……」
「じゃあ今度案内したるわ!」
「今度!?」
ダイチが叫ぶ。
「お前いつまでここ居座る気やねん!」
「いや、ワンチャンあるかなって」
「しつこいで!」
その時だった。
ギロリ。
部屋の端から鋭い視線が飛んでくる。
ゼストだった。
「…………」
無言。
だが、その視線だけで十分だった。
シュンタがぴたりと固まる。
「え……?」
ゼストは静かに立ち上がった。
一歩。また一歩。
無言のまま近付いてくる。
「ちょ、ゼストさん?」
「……セレネが困っている」
低い声。
「いや、俺はただ仲良くしようと……」
「距離が近い」
「……すんません」
完敗だった。
ダイチが腹を抱えて笑い始める。
「シュンタ負けとるやん!!」
「ゼストさん圧強すぎるねん!!」
セレネは慌てて二人の間へ入る。
「ゼスト、怒らないでください……!」
「……怒ってない」
「いや怒ってる人の顔なんよ」
シュンタが小声で返す。
ゼストの眉がぴくりと動いた。
「お前……」
「うわ来る来る来る!!」
シュンタが慌ててハヤトの後ろへ隠れる。
「助けてハヤト様!!」
「なんで俺なんだよ」
ハヤトが笑う。
部屋の中へ、また笑い声が広がった。
その様子を見ていたジントは、ふふっと小さく笑った。
それを見たミレイアは、静かに目を細める。
長い間、止まっていたこの里に。
今、新しい時間が流れ始めている。
そんな気がした。
外では満月が、変わらず静かに里を照らしていた。
コメント
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このエピソード、めちゃくちゃ良かったです…! 特にダイチが「ジントはジントのままでええ」って言ったところ、もう胸がじんわりしました。仲間たちの何気ない掛け合いの中に、お互いを認め合う空気がちゃんと流れていて。ゼストの「たまには悪くない」も、あの口数の少ない人が言うからこそ嬉しい一言でした。食卓の笑い声が、この里に新しい時間を運んでいる感じが素敵でした🌷