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翌日、花梨はいつものように出勤した。
白馬で買った土産は、柊が持ってきてくれることになっていたので、花梨はそのまま自分のデスクへ向かった。
席に着くと、隣の美桜がさっそく話しかけてくる。
「おはよう。白馬はどうだった?」
「おはようございます。ちょうど紅葉が見頃で、とても綺麗でしたよ~」
「そっかぁ~、ちょうどいい時期で良かったよね」
「はい。それに、浜田様の別荘も素敵な物件でした。あ、お土産は課長が持ってくるので、もう少々お待ちくださいね」
「え? お土産って、もしかしてバウムクーヘン?」
「そうです。小林さんに教えていただいたお店に行ってきました」
「わぁ、わざわざ行ってくれたんだー、ありがとう!」
「カフェも併設されてるんですね」
「そうなの? 私が行ってた頃は、カフェなんてなかったわよ?」
その時、フロアの入口から社員たちの挨拶が聞こえる。柊が出勤してきたようだ。
花梨は柊と視線が合った瞬間、思わず頬を赤く染めた。
「課長、おはようございまーす」
美桜が柊の傍へ駆け寄ると、柊が手に提げていた袋を彼女に渡した。
「これ、出張土産。みんなで分けて」
「 ありがとうございまーす」
美桜は嬉しそうに袋を受け取ると、花梨の方を見て笑顔でウインクをした。
その後、花梨と美桜が手分けして、社員に土産を配って歩く。
その様子を睨んでいる萌香に、派遣の一人が言った。
「なんかあの二人怪しくないですか?」
「泊まりの出張で、二日間二人っきりでしょう? 何かあったのかなあ?」
「それに、水島さんもなんだかいつもと様子が違いません? 絶対何かあったんだわ!」
派遣の二人は、そう言って目を見合わせふふっと笑った。
その時、萌香が勢いよく立ち上がる。
「ちょっとコーヒーを買ってくる」
派遣の二人は少し驚いた様子で、「「いってらっしゃい」」と見送った。
むしゃくしゃした気分のまま、萌香は休憩コーナーへ向かった。
自販機のボタンを押しながら、萌香は深いため息をついて昨日のことを思い返す。
萌香は父親が所有する近くのタワマンに住んでいたが、昨日は両親に呼び出されて実家に帰った。
そこでこう言われた。
「もうおままごとみたいなOL生活は終わりにしなさい。お前の会社の支店長からも言われたんだ。お前も年頃なんだから、そろそろ嫁に出したらどうかってね」
突然の言葉に萌香は驚いた。
今までどんな我儘も聞いてくれた父親が、会社を辞めて嫁に行けと打診してきたのだ。
「嫌よ、もう少し働かせて!」
「ははは、何を言ってるんだ。おまえがあの会社にいてもいなくても、なんら変わりはない。所詮、コネで入れてもらった職場なんだから、そんなものだよ」
「で、でも、もう少し頑張ってみたいんです。それに、自分の結婚相手は自分で見つけたいの」
その言葉に、母親があきれたように言った。
「萌香っ、いい加減にしなさい! このままあの会社にいたって、ろくでもない男に引っかかるだけよ。あなたのお相手はちゃんと私たちが見つけてあげるから、素直に言うことを聞きなさい!」
「そうだぞ、萌香。お前の夫になる男は、そこら辺の適当な男じゃダメなんだからな。この円城寺家に相応しい男じゃないと」
「でも……」
「とにかく、あの会社は来月いっぱいで退職するよう支店長には言っておいた。だから、そのつもりでな」
「退職したら、しばらくゆっくりして、花嫁修業でもしながらお見合いでもしたらいいのよ」
「…………」
萌香は、それ以上何も言い返せなかった。
もちろん分かっていた。代々続く円城寺家に相応しい男性と結婚しなければならないことを。
萌香の兄は政治の世界を目指しているので、いずれは萌香が継ぐために婿養子を迎えなければならないと言い聞かされていた。
幼い頃に憧れていたハッピーエンドストーリーのようには生きられない____そんな諦めに似た気持ちが、心の奥にずっとあった。
だからこそ、城咲課長を追い求めることで、現実から目を背けていたのかもしれない。
萌香はそう気づいた。
その時、コツコツと足音が響き、誰かが休憩室に入ってきた。
萌香はハッとして、慌てて自販機からコーヒーを取り出す。
「あれ? 円城寺さん……どうしたの? 暗い顔をして」
入って来たのは営業第二課の同僚、中谷明人だった。
中谷は34歳の独身。お世辞にもイケメンとは言えなかったが、人当たりの良い清潔感溢れる爽やかな男性だ。萌香がこの支店に来る前から、彼は営業職として働いていた。
「中谷さん、お疲れ様です」
「悩みごと? だったら聞くよ」
「え?」
「最近、沈んだ顔をしてることが多いよね? 何かあったの?」
突然の問いに萌香は驚く。
「い、いえ……別に」
「仕事のこと? それとも私生活のこと? よかったら話を聞くよ」
中谷はそう言いながら自販機でコーヒーを買うと、「あっちに座ろうか」と萌香を誘った。
二人は、窓際のカウンター席へ並んで座ると、同時に缶コーヒーを開ける。
窓の外を眺めながら、中谷はコーヒーを一口飲んでから言った。
「僕もね、円城寺さんと似た境遇だから、もしかしたら分かってあげられるかなって思ってさ」
「似た境遇?」
「うん。うちの親父も、ここの取引先の社長なんだ」
その言葉に、萌香は驚く。
「えっ? そうだったんですか?」
「うん。『中谷ハウス』って知ってるよね?」
「もちろん知ってます! 一部上場の大手住宅メーカーですから」
「うちの祖父はそこの会長、親父は社長。で、長男と次男が専務なんだ」
「…………」
萌香はびっくりして目を大きく見開いた。
その様子を見た中谷は、笑いながら言った。
「冗談みたいでしょ? 営業成績もいまいちの僕の親族が、日本でも有名な大手企業の重役なんだから」
「いえ……そんなことは……」
「ははっ、無理しなくていいよ。自分でも分かってるんだ。赤ちゃんの時に取り違えられたんじゃないかって思うくらい、僕だけ無能だから……」
「そんなことないです! 中谷さんは、課の中ではいつもムードメーカー的存在で、みんなを盛り上げているじゃないですか!」
「あはは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
中谷は照れたように笑った。
「だから、円城寺さんも、実家のプレッシャーみたいなものがあるのかなって、ちょっと心配してたんだ」
「あ……」
「やっぱり図星だった?」
「いえ……実は、昨日父に仕事を辞めて見合いしろって言われてしまって」
「そうだったんだ」
「はい。結婚相手くらい自分で見つけたいって思ってるんですが、なかなかうまくいかなくて……」
「人生って思うようにいかないよね」
「本当にそうです……」
「まあ、でも焦っても仕方ないから、ゆったり構えてたほうがいいよ」
「そうですか?」
「うん、絶対そう。願い事ってさ、叶えたい叶えたいって思いすぎると逃げちゃうから、しれっと気づかないふりをしてるくらいがちょうどいいんだよ」
「そんなふうにできれば苦労しないんですけど……」
「できるよ。意識を他に向ければいいんだから」
「意識を他に?」
「うん。例えば、何か楽しいことを思い浮かべるとかね。そうだ、今度一緒にドライブでも行かない?」
「ドライブ? 中谷さんとですか?」
「僕じゃ物足りないかな?」
「い、いえ、そんなことは……」
「じゃあ、行きましょう。行きたい場所、考えておいてね」
「……あ、はい……」
萌香は、ほんのり頬を染めながら笑顔を見せた。
そんな二人の様子を、入口にいた柊が微笑みながら見つめていた。
コーヒーを買いに来た彼は、何も買わずにそっとその場を後にした。
コメント
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派遣のお二人、萌香の敵なのか味方なのかわからないですね。 蝙蝠さんみたいなことしてるとブーメランでかえってくるよー。 支店長、何もしてないわけではないんですね。父親に退職を勧めていたなんて。 柊さんのこととっとと諦めて中谷くんとくっついて。でも中谷くんが可哀想かも。 中谷くんのこと、柊さんも絡んでいたりして🤣
ザマぁって意味? 派遣社員⁉️😁
こんな近くに自分と似た境遇の人がいたなんて!! しかも中谷さん良い人そう。 萌香とデート💑💕💕 お見合いするよりこの出会いが実るといいなぁ🤩🤩