テラーノベル
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60
#ネタバレ注意
るあ
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結局のところ、人は過去から逃げられないのだ。
高校を辞めて深夜にカラオケのバイトをした時に、大嫌いだったバレー部の佐藤に出会ったのもそう。
お金を貯めて公務員試験の勉強をしようとした時、高校生だった時の知り合いの津田が教師をやっていた時もそう。
過去というものは思わぬ方向から飛んできて、俺を刺してくる。
後ろめたい人生を歩んできたお前が悪いと言われればそれまでだが、それでも俺は自分の黒歴史からは逃れられないのだ。
「嘘だろ……?」
休日にメルカリで良さげな小説を探していた時、それは見つかった。
「俺の黒歴史が出品されているじゃねーか!!??」
そこには《粛清のトゥルーエンド 作.広》とでかでかと書かれた表紙に、これ見よがしな魔法陣が描かれたノートが三冊、300円で売ってあった。
「くそっ!!?? 捨てたと思ったのにまだ残ってたのか!!??」
このノートを売った犯人には心当たりしかなかった。俺は急いでLINEを開き、母親へ電話をかける。
「あらもしもし、広。どうしたの?」
母親はおっとりした口調で電話に出た。
「どうしたのじゃねぇよ!! 俺のノート!! 勝手にメルカリに出品しただろ!?」
「あー、あれねぇ。私小説のことはわかんないけど、文字がびっしり書いてあって捨てちゃうのは勿体ないかなぁと思って出品したのよー」
「取り消して!! 今すぐ!!」
「あらどうして? ノート三冊にびっしり書くほどの熱量の小説を捨てちゃうなんてもったいないわよ」
「あれは俺の黒歴史なんだよぉ!!」
思い出しただけで身悶えしそうになる。
あんなものは小説とはいえない。まじもんのゴミだ。
「とにかく取り消すつもりはないわ。そんなことよりあんた、たまには実家に顔を出しなさい」
俺は電話を切り、深くため息を吐いた。あの母親はいつもこうだ。
一度こうと決めた意見は決して曲げないのだった。
「あのクソ親……!! こうなったら俺があの黒歴史を買い取り、俺の手で闇に葬ってやる!!」
急いでスマホのメルカリ画面に戻り、三冊のノートを購入しようとした――だが、一歩遅かった。
画面には《その商品はすでに購入されました》という無慈悲な文字が表示されていた。
頭が真っ白になる。誰が、何のために俺のノートを?
まさかネットに晒すためか? 俺の黒歴史ノートを公開して笑い者にするためなのか?
「まずいまずいまずいまずいまずい!!??」
俺は震える指で、購入者である《シュガープラム》に必死のDMを送った。
『そのノートの作者です。母が間違えて出品しました。お金ならいくらでも払いますので、どうかそのノートを晒さず、購入をキャンセルしてください』
すると、すぐに信じられない返信が届いた。
『作者!? マジ!! 読んだよ、ちょーおもしろかった!! 主人公達がクラスのやつらをひとりひとりぶっころしてくのまじで爽快で――』
『あああやめてくださいやめてください!! おねがいだから内容を思いださせないで!! とにかく購入をキャンセルしてください!! なんでもしますので』
『今、なんでもするって言った?』
『ひょ?』
『じゃ、今度カラオケダックスフンドで会おうよ。そこで本を返したげる』
『またね、ひろぴょん』
やりとりを終えた後、俺は全身から嫌な汗をかいた。呼吸が早くなり、動悸がおさまらない。
俺をひろぴょんと呼ぶのはあの女しかいない。
最悪だ。最悪中の最悪。よりによって、アイツに買われていたなんて。
やっぱり、人は過去からは逃げられない。
あの日の出来事は、今でも夢に出る。
「ひろぴょん、何書いてんの?」
「ひっ、佐藤さん……」
高校生の頃。同じクラスの佐藤に後ろから覗き込まれ、俺は思わずノートをさっと隠した。
佐藤はいわゆる「一軍女子」だった。
「杏子、そんなキモいやつほっといてトイレいこーよ」
一緒にいた津田が佐藤の袖をぐいぐい引っ張る。
「……えいっ」
「あっ」
おどろくほど俊敏な動きで、佐藤は俺からノートを奪い取った。
ぱら……ぱら……と捲った後、佐藤がクラス中に響く声で叫んだ。
「皆ーー!!! ひろぴょんが小説書いてた!! めっちゃおもしろいよーーー!!!」
餌を与えられた鳩達のようにクラスメイトが集まってくる。
「え? なになに?」
「クラスメイトひとりひとりぶっころしてるじゃん。こわー」
「ってかこのヒロイン、津田に似てね? しゃべり方とか黒髪で乳でかいとことか?」
「ちょっとやめなよ男子ー?」
「……きも」
俺は初恋の相手である津田から、ゴミを見るような目で見られた。
その日から俺は、学校に行かなくなった。
「久しぶり、ひろぴょん。カラオケバイトの時以来だね」
指定されたカラオケボックスの狭い室内で、ジンジャエールをストローで飲みながら、佐藤が言った。
「……とりあえずノート返してくんない……ですか……?」
「なんで敬語なん? ため口でいいのに」
佐藤の相変わらずの無神経さに、思わず舌打ちが出そうになる。
「……なんでノートを買ったんだ?」
「続きが読みたかったから。あの時まだ木村が殺されるところまでしか読めなかったから」
「本気で言ってんのか?」
「ウチ、これまでの人生で嘘ついたことないんよね」
そんな台詞が吐けるのは嘘つきか佐藤くらいのものだろう。
「……とにかく返してくれ。金なら借金してでも払うから」
「んー、お金はいいかな。それよりさ」
「何?」
「この話のラストを教えてよ。あたしまだ作中で殺されてない」
俺は絶句した。
《粛清のトゥルーエンド》は、時間停止能力に目覚めた主人公(というより俺)が、クラスメイトを一人一人残酷に殺していく話だ。
俺にもっと人と話せと言った担任の清村は口を溶接して殺した。
陽キャの尾崎、沢村、戸塚は生き埋めにした。
初恋の相手だった津田は数ヶ月に渡って監禁し、洗脳し、「す」と「き」しか言えない状態にした後、ロケットで月まで放り出して爆発させた。
俺は作中で、クラスメイト31人中30人を殺した。
殺せていないのは佐藤だけ。理由は自分でもよく分からない。
「お前……きもいと思わないの? クラスメイトを殺す小説書いてるやつのこと」
「きもいのがいーんじゃん。ウチはひろぴょんのきもいとこ、結構好きだったよ」
「……意味わかんねぇ」
「少なくとも、ウチはあの話を読んでワクワクした。次は誰が、どんな方法で殺されるんだろって続きが知りたくて仕方なかった」
佐藤は不敵に笑い、俺の耳元へ顔を寄せた。
「お願い、ウチをころして。できるだけ残酷な方法で」
俺は、俺の人生をめちゃくちゃにした女に、そう耳元で囁かれたのだ。
「……ここのカラオケって何時までだっけ?」
「深夜営業もやってるよ」
「……歌でも歌って待ってて。今スマホで書くから」
「オッケー、できるだけロマンチックに殺してね」
そう言って佐藤はマイクを握り、嬉々として歌い始める。
俺はスマホの画面に向かい、久々に小説を書いた。
いや、これは小説なんかじゃない。
これはただの、黒歴史の延長だ。
俺はまず作中で、佐藤の家族を皆殺しにし、身体をバラバラにした後、1年A組の教室の席に綺麗に並べた。
そして絶望する佐藤に告げた。
「街から逃げ切ったら、皆を生き返らせてやる」
佐藤は必死に逃げた。が、時間停止能力を持つ俺から逃げられるはずがない。
まずは足の指を一時間に1本ずつ切り落としていった。
次は両足を切り落とした。
ミミズのように地面を這う佐藤の背中に、じくじくと焼印を押した。
「ほら、逃げろよ。街から出るまであと一歩だぞ」
佐藤が這う。家族を生き返らせるために。
佐藤の手が、あと少しで街の境界線から出ようとしたその時。
俺は佐藤の手を、容赦なく足で踏み潰した。
「逃げられると思ったのか? ばかだねぇ」
俺は佐藤の目玉を抉り取った。
バットを両手で握りしめ、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、その頭を殴りつけた。
そうして、朝が来た。
画面の中の街には、佐藤の這った凄惨な血の跡が、びっしりとついていた。
「うわーー!! あたし結構粘ったじゃん!! 興奮したぁ!!」
スマホに表示された文字を読み終えた佐藤が、弾んだ声を大きく響かせた。
「あっそ、じゃあノート返して」
俺が手を差し出すと、佐藤はノートをこちらに差し出しながら、まっすぐに俺を見た。
「ねぇ、ひろぴょん」
「何?」
「ずっと前から好きだったよ」
「……。」
「あたしのこと、殺してくれてありがとね」
俺は乱暴にノートを引っ掴み、カラオケボックスを後にした。
それ以来、佐藤とは一度も会っていない。
コメント
4件
good good good good good
わあ……読み終えて、ちょっと息が止まりそうになりました。タイトルからして気になってたんですが、まさかこんなに重くて、切なくて、奇妙な温かさがある話だとは思わなかったです。 特に、「続きが読みたかった」って言う佐藤さんの真っ直ぐさと、「ずっと前から好きだった」というラストの告白に、胸がぎゅっとなりました。黒歴史を笑いものにせず、真剣に受け止めてくれる人がいるって、救いでありながらも苦しいですね。トド村さんの描く登場人物の距離感が絶妙で、何度も読み返したくなりました。次が気になります!