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「なんだよその理由。いやしいにもほどがあるんじゃね?」
榊くんの返事は予想外に冷たかった。
「『ケーキと接していたい』?おまえ、頭おかしんじゃねーの?ケーキはただの食いもんだろうが!」
わわわわどうしよう…!
職人さんが自分が作ったものを褒められてうれしく思わないはずがないと思ったに、どうして怒るんだろう…!?
どうして…!?
「…で、でも、好きなんですもんっ…!」
とっさに言い返したわたしは、もう必死だった。
「わたしはあなたのケーキが大好きです! だから働きたい!大好きなもののそばにいたいっ!」
「あっははは!!」
大きな笑い声は、しかめっ面の榊くんが発したものではなかった。
いつの間にか戻ってきていた、祥子さんのだった。
「おもしろい!すっごいおもしろいよ、その動機!さっすがファイターちゃん!あなたらしい!うそ偽りなし、ってカンジ!」
へ…。
「決めた!あなたを採用します!明日からお店に来てね!」
「…ほ、ほんとですかぁ?」
「うん!」
「わぁ…!ヤッタっ!!」
思わず飛び跳ねたわたしとは対称的に、榊くんは信じられない様子で食ってかかった。
「おい姉貴っ!!こんなふざけた理由で認めるのかよ!?」
「うちの男の子目当てよりずっといいでしょ? ケーキが好きなら、それを売るために一生懸命働いてくれるだろうし。それにケーキが余った時だって、このファイターちゃんが食べてくれれば無駄にならないじゃない」
さらりと交わす祥子さんの意志は固いみたいだ。
ああうれしい…!
これで榊くんと一緒に働ける…!
…ってところで。
『ファイターちゃん』ってどういう意味だろう?
不思議に思って見つめると、祥子さんははっとして、手を合わせた。
「あ、ごめん…ついいつもの呼び方しちゃった…。悪気はないのよ? だって、あなたデザートをすーっごいたくさん食べるんだもん。まるでフードファイターみたいだから『ファイターちゃん』ってうちのお店では親しみを込めて呼ばせてもらってたのよ」
えー!
なにその恥ずかしいアダ名っ。ショック!
もしかして、榊くんも呼んでたのかな…。
ってちらっと見ると、
「俺は認めないからな!」
榊君は急にだんっ、とテーブルを叩いて怒鳴った。
「俺はこんなヤツ認めないからなっ」
え…。
「はぁ?なに言ってるのよ晴友っ。久しぶりにあんたや拓弥くん狙いじゃない女の子が来てくれたってのに」
「ただ食い意地はってるだけじゃねぇかっ!たいした変わんねぇだろ!」
「変わります。十分ちがうじゃない。この子はあんたじゃなくてケーキが好き」
榊くんはうぐっ、とひときわ深いしかめ面を浮かべた。
「もう決めたことよ。ここのオーナーは私。あんたの希望なんていちいち聞かないんだからね」
「…勝手にしろ!」
吐き捨てるように言うと、榊くんは店の奥に行ってしまった。
残されたわたしは、ただもう茫然。
だって。
もしかしてわたし…
嫌われちゃった…?
どうして…?
だってさっきまで親しみやすい感じで話してくれてたのに、わたしが志望動機を言ったら急に…。
あの動機じゃ、ダメだった?
そんな…
自分が一生懸命作ったものを好きって言ってもらって怒る職人さんはいないと思ったのに。
それに祥子さんも作り手がよろこぶ、って…。
…どうしよう…。
わたし、告白する前から、嫌われちゃったぁ…?
「ごめんね。あいつ口が悪くて。まったく誰に似たんだか。あいつの言うことは気にしないでね。あれでも根はよくて面倒見がいい奴なのよ」
「はい…」
「もーぅ元気出して!かわいい顔がだいなしっ」
ぱちん、って祥子さんに両手で顔を挟まれて、顔がにゅっと近づいてきた。
「うーん、見れば見るほどかわいいっ!これは美南ちゃんと並んでいい看板娘になるわね…!」
制服、女の子はもうちょっとバージョン増やそうかしら?
定期イベントの時はあれして、これして…
なんてらんらんと目を輝かせて独り言を言う祥子さんを見つめながら、さっきの榊くんが近づいてきた時のことを思い出して胸が痛くなった。
あんなに近づいたのに、急に遠くなっちゃった…。
ふえ…
せっかく目標が叶ったのに、全然うれしくないよぉ。
「あらあらどうしたの涙浮かべて?そんなにここで働けるのがうれしいのぉ?うんうん、わたしもうれしいよぉー!また売り上げがアップするかな…って、今日からよろしくね!日菜ちゃん」
「ひょろしくほねがいしまぁす…ううう」
なんてことをきっかけに、念願かなってわたしはこのお店で働くことになった。
それは同時に、試練の片想いの始まりでもあった…。