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剛は、栞と美幸を寿司懐石の店へ連れて行った。


店に入ると、三人は個室に通された。室内は、上品な和モダンのインテリアで落ち着いた雰囲気を醸し出している。

陶芸家であり食通としても知られている北大路魯山人の器に盛り付けられた料理は、見た目も美しく味も絶品で、三人を唸らせた。



「お父さん、なんでこんな素敵なお店を知ってるの?」

「まあ、長く銀行員をやっていれば、こういう店の一つや二つは知っているさ」

「ふーん。単身赴任してた札幌にも、こういうお店あった?」



その言葉に、美幸が反応した。



「札幌にいらしたことがあるんですか?」

「ええ。去年の春まで札幌にいました」

「そうでしたか……」

「札幌には何か?」

「あ…実家が札幌なんです」

「そうでしたか。札幌には数年いただけですが、食べ物や空気は美味しいし、ちょっと出かけると自然は豊かだし、本当にいい街です」



実家がある街を剛が褒めてくれたので、美幸は嬉しそうに微笑んだ。


「私も札幌に行ってみたいなー」

「そういえば、栞はまだ一度も行ったことがなかったな。じゃあ、今度父さんと一緒に行くか!」

「えー? 大学生にもなって、お父さんと旅行とか、勘弁してよ―」



栞が嘆くように言ったので、美幸がクスクスと笑う。



その後も、楽しい会話は続いた。



会話の中で、剛と美幸には美術館巡りという共通の趣味があることが分かった。

二人は、これまで行った美術館や展覧会の話で盛り上がる。

栞の父は、銀座の画廊にも顔が利いたので、お薦めのギャラリーをいくつか美幸に教えた。


栞は、意気投合している二人を見て、ニコニコしている。



(園田さんがお父さんの奥さんになってくれたらいいのになぁ……)



ふと、そんな考えが頭を過った。

あんなにも楽しそうな父の顔を見たのは、母が亡くなってから初めてかもしれない。

父は、弘子との結婚で随分苦労をしてきたので、今度こそは幸せになって欲しい。

栞は、楽しそうに笑顔で話す二人の様子を眺めているうちに、心がじんわりと温かくなってくるのを感じた。



食後のデザートを食べ終えた頃、栞はふいに言った。



「お父さん。今、友達から連絡が来て、渡したいものがあるからうちに寄るって言ってるの。だから、私、先に帰ってもいい?」



栞の言葉に、美幸が「えっ?」と驚いた顔をした。



「友達って、綾香ちゃんか?」



剛は、娘の仲良しが近くに越してきたことを知っていたので、すぐに相手が綾香だと分かったようだ。



「うん、そうよ」

「そうか……それじゃあ仕方ないな。気をつけて帰れよ!」

「うん! また明日マンションに行くから! じゃあ園田さん! 今日はお会いできて嬉しかったです」

「こちらこそ! せっかくのお父様とのお食事にお邪魔しちゃってごめんなさいね。でも、とっても楽しかったわ! 大学生活、思いっきり楽しんでね!」



優しく微笑んでいる美幸を見て、やはり亡き母によく似ているなと栞は思った。



「ありがとうございます。じゃあ、お先に!」



栞は美幸にペコリとお辞儀をしてから、一足先に店を出た。



駅への道を歩きながら、栞はニヤニヤが止まらない。

ちなみに、綾香から連絡がきたというのは嘘だ。



(きっとこれは運命よ!)



栞は、思わず笑顔でスキップをしながら、駅へ向かった。




翌日の夕方、栞は実家のマンションにいた。

今日は、週に一度、父に手料理を振る舞う日だった。

栞は父の好物の煮物を作りながら、それとなく尋ねた。



「ねぇお父さん! 園田さんとは、その後どうだった?」



お茶を飲んでいた剛は、その質問にいきなりゴホッとむせた。



(あやしい……)



栞の父は隠し事ができないタイプなので、今の反応ですべて分かってしまう。



「あ? ああ……あの後、喫茶店で少しお喋りをしてから帰ったよ」

「それだけ? 連絡先は聞かなかったの?」



娘からの直球の質問を受け、剛はふたたびむせた。



「も、もちろん聞いたよ。それで、今度一緒に美術館に行くことになった」

「え? 本当に? わぁ……良かったぁ!」



栞が素直に喜ぶのを見て、剛は少し驚いた様子で聞いた。



「何が良かったんだ?」

「だって、私、園田さんのこと大好きだから! 園田さんがもしお母さんになってくれたら、お父さんのこと見直しちゃうんだけどなぁ」

「な……お前は急に何てことを言うんだ? ち、ちなみに、園田さんのどういうところが好きなんだ?」

「うーんと、まずは優しいところ! あとは、声と雰囲気がお母さんに似てるから」



娘の答えを聞いた剛は、急に真面目な顔をしてこう言った。



「俺もそう思った…雰囲気が京子によく似てる。園田さんと話していると、なんだか昔に戻ったような気がするよ」

「やっぱり似てるよね? お母さんに!」

「うん。だからって、彼女のことをお母さんの代わりになんて思うのは失礼なことだよ。彼女はまだ若いんだ。だから、俺みたいな子持ちヤモメ男なんかじゃなくても、相手は他にいくらでもいるからな」



珍しく、父が弱気なことを言ったので、栞は意外に思った。

しかし、ここで諦めるような栞ではない。

すべてを父に任せていたら、あんなひどい継母を連れてきたのだ。栞はもう、二度とあんな思いはごめんだった。



(先生の本に書いてあった『直感』と『女の勘』を信じるのよ! 栞!)



そう自分に喝を入れると、栞は直也から聞いた美幸の話を、剛にしてみることにした。



「世田谷のクリニックの先生が、今、うちの大学で教えてるって前に話したよね?」

「うん、聞いたよ」

「あの先生が言ってたの」

「言ったって、何をだ?」

「園田さんって、バツイチなんだって」

「__え? そうなのか?」

「うん。でね、結婚してた時、娘さんが一人いたらしいんだけど、交通事故で亡くしてしまったんだって」

「え?」



栞の父は、新聞を見ていた顔を上げると、真剣な眼差しで娘を見つめた。



「生きていたら、その娘さんは私と同じくらいの歳なんだって。だから私が倒れた時、娘さんのことを思い出して、真っ先に駆け付けてくれたんじゃないかって、先生が言ってたわ」



説明を終えた栞は、チラリと父親の方を見た。

すると、剛は無言のままじっと窓の外を見ていた。そこで栞は続けた。



「私ね、お父さんが本当に好きになった人なら、また再婚してもいいって思ってるよ。それが園田さんだったら、すごく嬉しい!」



勇気を出して思いを伝えた栞は、少し照れた様子で作業に戻った。その際、チラリと剛を見ると、彼は真剣な表情のまま何かを考えている様子だった。


その後、夕食の準備が整い、二人で食べ始める頃には剛もいつもの調子を取り戻していた。

その夜は、親子二人、いつもと変わらない楽しい夕食のひとときを過ごした。

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