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#伝奇
#モキュメンタリーホラー
うちとリョウは屋上を後にし、取り敢えず女子高生を一番近くの四階の客室へと運んだ。
埃だらけのマットレスの上に気絶している人を寝かせるのは気が引けたが、ドロドロの床に比べればまだマシだ。
「この子、夢ノ宮第三高校の生徒みたい。この制服、見覚えあるわ」
「……別にどこの誰だって構わない」
答えたリョウの声はうちよりも疲れているように聞こえた。
兎にも角にも、これでひと段落。取り敢えず、警察に通報しとこ。そう考え、うちはスマホを取り出す。
だけど――
「……あかんわ。アンテナ立ってない」
「山の中だからな。電波が通じにくいのかも」
「うち、もう一回屋上に出てみる。リョウは」
その子見といたってなと言い残し、うちが客室を出ようとした時。
低い呻き声をあげて女子高生が上半身を起こした。
ほんの数秒間、女子高生はボンヤリとした表情でうちらを眺めていたが、ふと我に返った表情になり—―叫び声をあげていた。
「あ、あんた達誰ッ!?」
怯え切った表情でベッドの端に身を寄せながら、女子高生はうちらを睨みつけて来る。
「こ、こんな真っ暗なとこに連れ込んで!? わ、私をどうするつもりッ!?」
女子高生の反応は当然と言えば当然かも知れない。
童ノ宮の神様のお陰でうちらは彼女の存在を事前に知っていたが、当の本人からすれば見知らぬ男女二人組に突然、取っ捕まえられただから。
飛び降り自殺を敢行しようとしていたのだから、まともな精神状態でないことは明らかだが、例えそうでなくても怖がられてしまうのも仕方がない。
とはいえ……。
「どうするって言われても、うちらは別に……」
「わ、わかった! あんた達誘拐犯ね! 言っておくけど私ン家にはお金なんてないんだからね!」
キンキンと耳朶に響くような金切り声で喚き散らかす女子高生。
次第にそれはヒートアップして行き、ただの罵声へと変わってゆく。
「このロクデナシッ! デクのボウ! チンチクリンッ!」
「わ、わかったわかった……。いったん、落ち着こ?」
女子高生をなだめようとうちは両手をかざしながら言った。
「取り敢えずお姉さんの名前、教えてくれへん?」
「はぁ!? 教えるわけないし!あんたこそ、誰!?」
そう言えば自己紹介もまだだった。
「うちは塚森キミカ。で、こっちは鳥羽リョウ」
交互に自分とリョウを指さし、うちは言った。
「童ノ宮って神社、知ってる? うちら、そこの氏子で――」
「知らない! 死んじゃえ!」
し、死んじゃえって……。
思わずうちは口をつぐんでいた。取り付くシマもないとはこういうことを言うのだろう。
女子高生に露骨に顔を背けられ、さすがに心が折れそうになる。
しかし、それでもコミュニケーションを続けようとうちが口を開きかけた時だった。
「名前なんか、今はどうでもいいだろう」
思わず、うちは声の主――リョウを振り返った。
女子高生もリョウを見ていた。いや、睨んでいた。刺すような鋭い視線で。
「さっき口走っていたよな、ライセサマって。……お前に憑いているモウジャは一体、どんなやつなんだ?」
モウジャ。幽霊、妖怪、怪異……。
その他、どう呼ぼうと自由だと思うけど、所謂この世ならざる者達を指してそう言う。
童ノ宮の神様が直々にうちに会いに来るなんて滅多にない事だから、もしかしたらと言う予感はあったけれど――やっぱり、今回の一件はモウジャ絡みだったらしい。
「違うし! ライセサマはモウジャじゃない!」
目の色を変え、これまでにないほど激しく反応する女子高生。
「ライセサマは、ライセサマは……! 神様なんだから!」
「あんた、知らないのか? 神様もモウジャも実際、大して違いはないぞ?」
ハラハラしているうちの隣でリョウが肩をすくめる。
その声色にほんの少し、意地の悪いものが上乗せされたような気がした。
「言っておくが連中にも連中の都合があって――よっぽどのことでもない限り、俺達人間の言うことなんかに応えちゃくれない。こっちはこっちで気を引き締めてかからなきゃ使い潰されてポイッ、だ」
「う、うるさい! いい加減なことばっかり言わないでよ!」
ヒステリックに叫び返す女子高生の顔が泣き顔に歪む。
「私のことなんか何にも知らないくせに! 私が毎日、どんな思いで生きてきたか知らないくせに――!」
いつしか女子高生は小さい子どものように泣きじゃくっていた。
それでも尚、まだ何か言おうとリョウは口を開きかけている。
「――もうええって」
素早くリョウの腕を取り、小声でうちは言った。
「それよりこの子、早く童ノ宮に連れてったらんと……」
リョウの言う通り、彼女が何者かに憑かれているのならば警察に保護してもらうだけでは足りない。きちんとした資格を有する専門家に処置してもらう必要がある。
例えば塚森レイジ――うちのお父さんみたいな人に。
ああだけど、とうちは頭が痛くなるのを覚える。
お父さんは今、家にいないんだった。
拡声器のような頭部と獣の胴体持つ怪異が山間部に出たとかで、山梨県までお勤めに出かけているからだ。
一筋縄ではいかない怪異らしく、最速で鎮めることができたとしても帰りは月末になるって言ってたっけ。
そうなると物忌をして、何とか持ちこたえるしかないのだが、果たして本人が協力してくれるかどうか……。
「どっか行ってよ! あんた達なんか大嫌いなんだから! 消えちまえッ!」
……無理やろうなぁ。
徹底的にまで拒絶され、無性に悲しい気持ちになる。思わず涙ぐみそうになった時だった。
ゴボゴボ、ゴボゴボという音が聞こえた。
水の中で何かがあぶくを立てるような音。
それは客室に備え付けられたバスルームから聞こえて来るようだった。
いや、だけど。
ここは主を失い、廃墟となって久しいラブホテルだ。
電気もガスも、そして当然、水だって通っているはずがない。
自然とそのバスルームの入口のドアに視線が集中。
うちとリョウはもちろん、つい数秒前まで泣きじゃくっていた女子高生までもが息を飲み、次に何が起きるかを見守っている。
ギッと嫌な音を立てて、ドアがわずかに開いた。
その隙間からこちらを覗いたのは魚類を思わせる、不自然なまでに巨大な異形の顔だった。
ただし、グッショリと濡れた全身は人間の女の裸体によく似ていて、鱗らしきものは見当たらず、まるで粘土のような質感の皮膚は青黒くかすんだ色に覆われていた。
ガラスボールのような眼球には一点の光もささない黒々とした瞳が見開かれ、腫れぼったく分厚い唇の下にはギザギザに尖った牙が幾重にも並んで生えていた。
うちはこのラブホテルの敷地に描かれた巨大な魚のラクガキを思い出していた。
あれは、ここがこの化け物の縄張りであることを主張するものだったらしい。
しばらくの間――。
うちらと異形はお互いに一声も発さず、ただ黙って見つめ合っていた。
そう言えばまだユカリにLINEの返事を返してなかったな。
何となく、うちはそう思い返していた。
何とも間の抜けた沈黙の後、血を吐くような絶叫を女子高生が喉からほとばしらせた。
悲鳴をあげた女子高生に応じるかのように――異形が鳴いた。
いや、泣いた。猫のヒステリックさと赤ん坊の悲壮さを掛け合わせて、二で割ったような声で。
――二ィヤァアアアアアアアアアアアアッ……!
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