テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「時計ごと舞台に使え」と言い出した本人は、その日のうちに録音機を抱えて外へ出た。
ジャスパートのあとを、サディオが渋い顔で追う。肩には映像用の小さな機材袋。町を素材にすると決まった瞬間から、彼の頭の中では編集の並びがもう始まっているらしい。
「どこから録るの」
ハルティナが訊くと、ジャスパートは当然みたいに答えた。
「全部」
モルリが笑う。
「雑!」
けれど、雑に聞こえるその答えが、今のシェルターには必要だった。足りないものを数えるより、もうここにあるものを拾いに行く。
最初は橋脚だった。ミゲロが軽く叩くと、場所ごとに音の高さが違う。川に近い側は低く、町側は少し乾いている。ジャスパートは何度も位置を変え、耳を澄ませる。
「こっちは帰り道の音だ」
彼が言う。
「帰り道に音の種類あるの」
ヌバーが聞く。
「ある」
それだけで押し切られた。
次は商店街のシャッターだ。朝の店じまいと夜の閉め方では、音の落ち方が違う。ダニエロはコンビニのバックヤードから空のケースを持ち出し、叩いてもいいものとだめなものを仕分けてくれた。
「営業妨害にならん程度で頼むぞ」
ダニエロが言う。
「芸術活動です」
モルリが胸を張る。
「その言い方、いちばん怪しい」
しずくの音は橋の下で録った。雨上がりの手すりから落ちる水は、一定に見えて少しずつ間隔が違う。デシアはその音を聞きながら、台本の端へ何かを書き込んでいる。言葉のない間が、音で埋まっていく。
夕方には、トゥランの伝手で学校の音も借りた。誰もいない放送室のマイクを入れ、遠い廊下の足音を拾う。ハルティナが体育館の扉をそっと閉めると、大きな空間が低く鳴った。
「これ、好き」
デシアが小さく言う。
「誰もいないのに、誰かがいたみたい」
ジャスパートは無言で頷いた。
夜になって、サディオが簡単に繋いだ試し音源をシェルターで流す。
橋脚。
シャッター。
しずく。
椅子の軋み。
遠い笑い声。
風。
華やかではない。けれど、目を閉じると町の輪郭が立つ。ここで暮らしてきた人にしか分からない呼吸が、順番に耳へ触れる。
「映像なくても見える」
ホレが驚いたように言った。
ヌバーが胸を反らす。
「でしょ。町って顔いいから」
「何その言い方」
モルリが笑う。
サディオは音源を止めかけ、眉をひそめた。
「待って。今、変なの入った」
皆が顔を寄せる。
巻き戻してもう一度流すと、橋の風としずくの奥に、短く金属が擦れるような音が混じっていた。
きい、とも違う。
かすかな悲鳴みたいに、細く引っかかる音。
ジャスパートの目が細くなる。
「……これ、時計塔だ」
誰も笑わなかった。