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#執着
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コメント
1件
うわあ、第60話お疲れさまです! 麗香と亜紀の会話、すごく良かったです。「流されたって溺れたっていい」というセリフにグッときました。亜紀が自分で選ぶ覚悟を問われている感じがして、読んでるこっちまで背筋が伸びましたね。柳さんの温かい登場で空気がふわりと変わるところも好きです。今泉さんとのこのあとが気になります!
「そう。なら、ここでバイバイね」
麗香は右手を上げ、しなやかに指を振った。
「うん。また明日ね」
上手く丸め込まれたような気持ちのまま、私は苦笑いを浮かべて手を振り返す。
「あっ、そうそう。さっき亜紀、『旦那と付き合ってる女は何を望んでいるんだろう』って言ったわよね?」
「……うん。言ったけど?」
私は表情を曇らせ、小さく頷く。
「妻のいる男が愛人に何を望むのか。その愛人は何を望んでいるのか。――そして、亜紀が何を望んでいるのか。
それを知りたいと願うなら、蛍の君と一緒にいれば、きっと気づくはずよ」
「……そうなの?」
「ええ。その代わり――知らない方が良かったと思うかもしれない。
すべては亜紀次第。
蛍の君が使った言葉を借りるなら……『イニシアチブは亜紀にある』のよ」
真実を知るかどうかは、私次第……
「……でも、真実を知るのは、想像以上につらいことよ……」
あの夜、泣き崩れた自分の姿が脳裏をよぎり、その先の言葉を失った。
「そう。だから覚悟がいるの。
引き返したいのなら、まだ間に合う。
きっと今泉さんも見極めているのよ。亜紀が、自分を見失わない女かどうかを――」
「私を見極める……」
「大丈夫よ。今泉さんは、女に夢を見させて有頂天になるようなゲスな男たちとは違う。もしそういう男なら、とっくに今の亜紀を自分のペースへ引きずり込んでる。
傷ついた心ほど、甘い夢へ引き込むのは簡単だから。
でも彼は、それを知っていて亜紀を静かに見守ってる。キスまでしてる関係なのに……普通の男なら、とっくに突っ走ってるわ」
不安を隠しきれない私を見つめ、麗香は穏やかな口調で言った。
「……私、心の枷を自分で外してしまったら、その先で自分がどうなってしまうのか分からない。
いつか……今泉さんに逃げたくなって、流されてしまうかもしれない。……彼に溺れてしまうかもしれない……」
私は親友の目を真っ直ぐに見つめ、不安げな声を漏らした。
「流されたって、溺れたっていいじゃない。同じ“溺れる”でも、二人が何を望むかで、その形は変わる。
今泉さんと亜紀が築く形は、亜紀が今恐れているものとは違うかもしれない。
まぁ……結局は亜紀次第ってこと。今の段階では、それしか言ってあげられないわ」
麗香は口元を緩め、綺麗に微笑んだ。
「……あ、それはそうと。待ち合わせの時間は大丈夫?」
「えっ?……あ、うん。大丈夫」
「蛍の君を待たせちゃ悪いわね。……誰かさんみたいに、露骨に不機嫌にはならないだろうけどぉ」
毒気を含ませた言葉を続けると、重くなった空気を払うように、おどけて口を尖らせた。
私は思わずふっと笑い、肩の力を抜く。
「……麗香、ありがとう。
私、麗香には隠し事をしないから。
だから……また私をからかってね」
親友を見つめ返し、自然と頬が綻んだ。
「当たり前じゃない。亜紀を弄るのが私の楽しみなんだから。
……じゃあ、また明日、病院でね」
「うん。また病院で」
互いに手を振って別れたあと、私は今泉さんの待つ場所へ向かうため、ロータリーへと足を速めた。
ロータリーからバスに乗り換え、走ること約二十分。
スーツケースを手にした男性や、大きな笑い声を上げる学生服姿の少年たちのあとに続いて、私はバスを降りた。
バス停の照明。
疎らに並ぶ街灯。
そして、民家の窓から漏れる灯りが、冷たい秋の夜をぼんやりと照らしている。
バスを降りた瞬間、ひんやりとした風が私の髪を揺らしながら吹き抜けた。
「寒っ!」
思わず身震いし、肩をすくめる。
細めた目で前方へ続く緩やかな坂道を見つめると、
「……よし。一気に登るか!」
覚悟を決めるように大きく深呼吸をし、低めのヒールを鳴らしながら薄暗い坂道を駆け上がった。
夜空へ伸びる枝葉がざわざわと大きく揺れ、暗闇の中でどこか不気味な音を奏でている。
息を切らしながら木々に囲まれた建物へたどり着くと、私は乱れた呼吸を整え、髪を手櫛で直してから、オレンジ色の灯りが漏れる木の扉を開けた。
「こんばんは! 柳さん、またお邪魔します」
室内に漂う温かな空気と香りを胸いっぱいに吸い込み、自然と笑みがこぼれた。
「やあ、亜紀ちゃん。いらっしゃい。
隆史も今こっちへ向かってるって。すぐ珈琲を淹れるから、適当に座ってくつろいでてよ」
観葉植物の大きな鉢を抱えた柳さんが、葉の陰からひょっこりと顔を覗かせ、笑顔を返した。