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「その木、配達するものですか? オリーブの葉に似てるような……」
私は、柳さんが抱える細かな葉を揺らす植物を見上げた。
「これはシマトネリコ。オリーブと同じ常緑樹でね、シンボルツリーとしても最近人気がある木なんだよ。害虫もつきにくくて丈夫だから、病院みたいな施設でもよく植えられてる」
「へぇ。病院みたいな施設でも……か」
そう言えば、うちの病院の中庭にもあったような……
でも、あれは落葉していたから……似ているけどヤマボウシかな……。
周囲の木々が葉を落とす季節だというのに、鮮やかな緑を湛えた小さな葉へ、私はそっと指先を伸ばした。
「そう。これも明日、病院の玄関に植える予定なんだ。僕は医療関係の施設から依頼をもらうことが多くてね。僕のコンセ――」
「柳さんが造り出す『癒し』のコンセプトは、病んだ心も身体も癒してくれる。
これこそ、本当の『自然治癒力』さ」
柳さんの言葉を遮るように、低く柔らかな声が響いた。
「いっ……今泉さん!」
突然聞こえたその声の主へ視線を向けた瞬間、心臓がどくんと大きく脈打つ。
「亜紀ちゃんの方が早かったかぁ。
待ってる間に、このおっちゃんに変なイタズラされなかったかい?」
ダークブラウンのスーツを着こなした今泉さんは、柳さんを指差し、にっこりと微笑んだ。
「誰がおっちゃんだ! それに見ろ。この姿でどうやって亜紀ちゃんの可愛いお尻が触れる!」
柳さんは大切そうに鉢を抱えたまま、体をゆっくり左右へ揺らし、両手が塞がっていることを今泉さんへ大袈裟にアピールする。
えぇ!?
私のお尻を触るって……
顔がかっと熱くなり、私は反射的にバッグでお尻を隠した。
「なにぃ!? 柳さんが亜紀ちゃんの可愛いお尻を狙ってるとは。
亜紀ちゃん、今後は背後にくれぐれも気をつけるんだよ。正当防衛の武器なら、その辺にたくさんあるから好きに使って」
今泉さんは棚に並ぶ鉢や枕木を指差し、冗談っぽく目を細めて笑った。
「えっ!……あ、はい!」
自分でも恥ずかしくなるほど、この手の話には免疫がない。
同性である麗香の過激な発言なら笑って流せるようになった。
けれど、年上の男性から言われると、冗談だと分かっていても、どう反応していいのか分からなくなってしまう。
「『はい』って……亜紀ちゃん、酷いなぁ」
柳さんは大袈裟に肩を落としてみせた。
「えっ、違うんです! ……えっと、その……冗談ですから」
私は慌てて首と両手を横に振る。
「大丈夫だよ。本当に亜紀ちゃんは可愛いなぁ。
珈琲を飲んで体が温まったら、少しその辺を散歩しようか」
今泉さんは口元を緩めてくすりと笑うと、エスコートするようにテーブルへ手を差し伸べた。
植物の緑に囲まれた店内。
優しいオルゴールの音色と、香ばしい珈琲の香りが静かに漂っている。
「美味しい……」
柳さんが淹れてくれた珈琲を一口含むと、自然と柔らかな吐息がこぼれた。
「うん、美味しい。いい香りだ」
今泉さんも珈琲の香りをゆっくり吸い込み、穏やかに微笑む。
庭園の木々はスポットライトに照らされ、秋の夜に温かな光を浮かび上がらせていた。
「ここへ来ると、本当に落ち着きます。
何も考えずにいられる時間を与えてくれる、素敵な場所ですね」
カップを唇から離し、大きなガラス越しに広がる幻想的な景色を眩しそうに見つめた。
「亜紀ちゃんの癒やしの場所ができて良かった。
俺がいなくても、いつでもくつろぎに来ていいんだよ。柳さんも亜紀ちゃんに会えるのを楽しみにしてるから」
今泉さんはそう言うと、優しい笑顔を向けてくれる。
「はい、ありがとうございます。でも、今泉さんがいないと、こんな……」
思わず口をついて出た言葉にはっとして、口ごもる。
「ん?……俺と一緒じゃなくても大丈夫だよ。気兼ねするような場所じゃないから」
「い、いえ。そういう意味じゃなくて……
ここに今泉さんと一緒にいるから、心が落ち着くというか……その……」
胸の奥で甘く鼓動が高鳴る。
それをごまかすように、私は再び珈琲を一口飲み、頬を赤らめた。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、すごく空気感が柔らかくて素敵でしたね。柳さんと今泉さんの軽妙な掛け合いも面白いし、亜紀ちゃんの「今泉さんと一緒にいるから心が落ち着く」という言葉にじんわりしました。シマトネリコの木の説明も自然で、病院の話題が出たところに何か伏線を感じます。癒しの空間がしっかり描かれていて、読んでいてほっこりしました。ありがとうございます!