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嵐が少しだけ遠のいた頃、宴会場の空気は停電前とは別の冷たさに変わっていた。非常灯の薄い明かりの下で、オラシオが大判の写真をテーブルへ広げる。グラツィエラは数字の書き写しを指で追い、ダービーは日付の重なりをひとつずつ示した。焼却炉から見つかった焦げた金具は、古い契約箱の留め具と型が一致する。アネミークは青い顔のまま、それでも一歩前に出た。
「……奥様が、保管庫の封を切りました。私に見張りをさせて、誰にも言うなって」
誰かが息をのむ音がした。セルマだけは背筋を伸ばしたまま、少しも引かない。
「見間違いよ。あの子は昔から思い込みが激しいの」
「思い込みでは説明できません」
グラツィエラの声は震えていない。
「売却前に消えた出納控え、差し替えられた帳簿、焼却炉へ運ばれた契約箱。全部、流れがつながっています」
アルノーは不快そうに唇を曲げたが、先ほどまでの余裕は薄れていた。宿泊客たちも、もう面白い見世物を見る顔ではない。自分たちが泊まっていた場所で、何が踏みにじられていたのかを知った顔だ。
ベジラはセルマの少し後ろで立ち尽くしていた。母をかばう言葉はいくらでも持っていたはずなのに、今夜はひとつも出てこない。
「お母さん……本当にやったの」
セルマは振り返りもしなかった。
「あなたのためだったのよ。あなたを主役にするために、ここまで整えてきたの」
その声は、言い訳というより長年言い聞かせてきた呪文みたいだった。
ディアビレはそれを聞きながら、不思議なくらい静かだった。怒りが消えたわけではない。ただ、目の前の人が最後まで自分の行いを飾ろうとしていることが、もうよく見えてしまった。
ゲティが痛む肩を押さえたまま、低く言う。
「終わりだよ、セルマ。人を道具みたいに並べる芝居は」
セルマは初めて顔色を変えた。けれど、それは反省ではなく、舞台を降ろされる役者の悔しさに近かった。
宿泊客の一人が、ホテル側へ正式な説明を求める声を上げる。続いて別の客も、安全と権利関係の確認を口にした。もう誰にも、この場を曖昧なまま流す気はなかった。
非常灯の下で、セルマの支配だけが少しずつ色を失っていく。長かった夜の中で、そこだけは確かに終わりへ向かっていた。