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#アラスター
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自分で考え、自分なりに言葉を尽くそうとすればするほど、世界から酸素が失われていくような感覚があった。
放課後、誰もいない教室や、一人で歩く帰り道。 ふとした瞬間に、胸の奥がギュッと締め付けられる。 「じゃかさないで」 あの言葉が頭をよぎるたびに、肺がひりつき、空気を取り込むための管が細くなっていくのがわかった。
夜、自分の部屋で一人になると、ついにそれはやってきた。
「……っ、……はぁ、……っ」
喉の奥で、ヒューヒューという乾いた音が鳴り響く。 五年生のとき、あんなに穏やかに流れていた時間は、今の僕にとっては吸い込もうとしても吸い込めない、冷たくて薄い空気になってしまった。
僕は机の引き出しの奥から、**喘息の吸入器(発作機)**を取り出した。 震える手でそれを口に当て、深く吸い込む。 薬の苦い味が喉を通り抜ける。
本来なら、体を楽にしてくれるはずのその味が、今の僕には「自分の弱さ」を突きつけられているようで、たまらなく惨めだった。 自分がどれだけ一人で考え、どれだけ強くあろうとしても、体は正直に悲鳴を上げている。
発作を抑えるために、壁にもたれて静かに呼吸を整える。 目をつぶると、また五年生のあの景色が浮かぶ。 図書室には行かずに、ただ隣り合って歩いた帰り道。 何も考えなくても、ただそこにいるだけで、呼吸は自然に、深く、心地よかった。
今の僕は、薬の力を借りなければ、息をすることさえ満足にできない。 A子への想いも、B子への相談も、自分で考え抜いた答えも、すべてがこの発作の中に溶けていく。
薬が効いてきて、少しずつ呼吸が戻ってくる。 でも、肺の奥に残った「苦さ」だけは、どうしても消えなかった。 この息苦しさは、病気のせいなのか。 それとも、もう二度と届かないとわかっている「願い」のせいなのか。
僕は暗い部屋の中で、ただ一人、薬の匂いに包まれながら、次の朝が来るのを恐れていた。
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