テラーノベル
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終わった直後の数秒、誰も動かなかった。
舞台が終わると拍手が起きる。
それは当たり前の流れのはずなのに、その当たり前が少し遅れた。皆、それぞれの胸の中で、さっき鳴った鐘と最後の一行を受け止めるのに時間が必要だったのだ。
最初に手を打ったのは、前列にいた年配の女性だった。
乾いた、はっきりした音。
それを合図みたいに、次の拍手が起きる。
一つ、二つ、十、百。
橋の上からも、下からも、雨上がりの湿った夜へ音が広がっていく。
止まらなかった。
ヌバーが目をぱちぱちさせる。
「……長くない?」
「黙って受け取りなさい」
ホレが言うが、その声も少し震えている。
モルリはもう泣き笑いで顔がぐしゃぐしゃだった。
ミゲロは拍手の中で頭を下げ、ヴィタノフは灯りを消すタイミングを少しだけ遅らせた。ジャスパートは何でもない顔をしていたが、耳だけ真っ赤になっている。
オートパイロット側の人々も拍手していた。
リヌスはまっすぐに。
アルヴェは少し苦い顔で、それでも晴れやかに。
パルテナは誰より強く叩いていた。
投票と集計の時間が始まる。
橋の下はざわついているのに、不思議と誰も勝敗の話ばかりはしなかった。今の舞台が終わってしまったこと自体が惜しい、そんな空気が残っていた。
ニカットは結果用紙を受け取り、何度か見直した。
手が震えるのは雨の冷たさのせいだけではない。
彼はマイクの前へ立つと、一つ息を吸った。
「住民投票の結果をお知らせします」
誰かが唾を飲む音まで聞こえそうだった。
「最多票は――」
その一拍が、とてつもなく長い。
「シェルター組」
橋の下で、まずモルリが叫んだ。
次にヌバーが飛び上がり、ハルティナがトゥランへ抱きつき、グルナラがその場でへたり込み、ホレが「転ばないで」と言いながら自分も泣く。
ミゲロは顔を覆って笑い、ヴィタノフは静かに目を閉じ、ジャスパートは「耳で勝った」とだけ呟いた。
アルヴェは長く息を吐いた。
負けた。
でも、それが悔しいだけではない夜だった。自分が勝たせたかったものの輪郭を、ようやく外から見られた気がした。
パルテナはデシアの方を見る。
「次は正面から勝つ」
そう言って笑う顔に、もう刺すためだけの鋭さはなかった。
デシアは頷く。
「待ってる」
その少し離れたところで、サベリオはまだ結果が現実に馴染みきっていなかった。
勝った。ほんとうに。
撤去通知の紙を見上げていたあの日から、ここまで来た。
デシアが近づいてくる。
雨粒がまだ彼女の髪に少し残っていた。
サベリオは何か言おうと口を開く。
終わったら聞く、と言った。
その約束はまだ、ちゃんとここにある。
けれど、その前にモルリが割って入った。
「ちょっと待って! 今の絶対いい場面だった!」
ヌバーまで乗ってくる。
「言うなら言う前に言って! 聞く体勢になるから!」
ホレが二人の背を押す。
「邪魔しない」
皆が笑う。
泣いたあとだから、余計によく笑えた。
サベリオは呆れたように息を吐き、それでも笑ってしまう。
その笑いの先で、デシアも同じ顔をしていた。
勝敗は出た。
でも、二人の答えはまだ少し先に置いておく。
それがこの町らしい気がした。
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