テラーノベル
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遥が床に崩れ落ちる。
さっきまで笑っていた教室が、一瞬だけ静かになった。
「……おい」
誰かが遥の肩を揺らす。
反応はない。
「やばくね?」
「病院行き?」
「保健室でいいだろ」
誰も遥を起こそうとはしなかった。
教師がようやく近づいてきて、床に散らばったプリントを見下ろす。
「誰か保健室へ連れていけ」
その言葉に、教室の何人かが顔を見合わせた。
「俺、無理」
「俺も」
「誰か行けよ」
押しつけ合う声だけが続く。
そのとき、教室の後ろから日下部が入ってきた。
床に倒れている遥を見た瞬間、足が止まる。
「……遥?」
返事はない。
日下部はすぐに駆け寄った。
しゃがみ込んで顔を覗き込む。
濡れた髪。
まだ乾いていない制服。
顔色も明らかに悪い。
日下部は周りを見た。
「何があった」
誰も答えない。
「誰がやった」
沈黙。
さっきまで笑っていた連中は、目を逸らしている。
日下部はそれ以上聞かなかった。
聞いたところで、こいつらが言うわけがない。
「保健室行く」
遥の身体を支える。
「先生、俺が連れていきます」
教師は少し迷ったあと、頷いただけだった。
「頼む」
それだけ。
日下部は遥を支えながら教室を出た。
廊下を歩いても、遥はほとんど反応しない。
「遥」
呼んでも、かすかに眉が動くだけだった。
保健室に着く。
養護の教師が遥をベッドへ寝かせ、状態を確認する。
日下部は少し離れたところで立っていた。
「しばらく休ませます」
「……教室には戻せますか」
「今日は難しいと思う」
その言葉を聞いて、日下部は黙った。
保健室のベッド。
カーテン。
静かな室内。
一見、ここなら安全に見える。
けれど、日下部には分かっていた。
今日だけじゃない。
昨日も、その前も、その前からも。
遥は戻れば、また同じことをされる。
保健室で休ませても、時間が経てば教室へ戻る。
教室へ戻れば、また囲まれる。
#BL
また仕事を押しつけられる。
また我慢する。
そして、何もなかったように戻ってくる。
日下部はベッドの遥を見る。
「……ここに置いても、また戻るだけか」
遥は目を閉じたままだった。
聞こえているのかも分からない。
日下部は一度、視線を落とした。
「だったら、今日は戻さない」
養護の教師を見る。
「俺の家に連れていってもいいですか」
「家?」
「家族にも連絡します。今日は学校から離したほうがいいと思う」
教師は少し考えたあと、必要な連絡を確認した。
日下部は遥のそばへ戻る。
「遥」
反応はない。
「今日は帰るぞ」
遥の眉がわずかに動いた。
「……迷惑」
かすかな声だった。
日下部は少し黙った。
「今それ言う?」
「でも……」
「いいから」
「……なんで」
「保健室に置いといたら、お前また戻るだろ」
遥は答えなかった。
日下部はベッドの横に立ったまま、静かに続ける。
「戻ったら、また同じことになる」
その言葉に、遥の目がゆっくり開いた。
何も言えない。
日下部は責めるような声を出さなかった。
ただ、遥が一人で戻ることだけは許さなかった。
「今日は俺のところにいろ」
遥はしばらく日下部を見ていた。
それから、力なく目を閉じた。
「……分かった」
日下部はそれ以上何も言わなかった。
保健室の外では、いつも通り授業が続いている。
遥が倒れても、学校そのものは何も変わらない。
だから今日は、その学校から一度だけ離れる。
日下部はそのために、遥のそばを離れなかった。
コメント
1件
もう……読んでて胸が詰まったわ。 教室の無関心さと、日下部の「戻ったらまた同じことになる」って言葉が重すぎる。 助けるって、正義ぶって連れ出すんじゃなくて、ただそばにいるって決めるんだなって思った。 連載中なのも分かってるけど、遥の今後が気になって仕方ない。 ruruhaさんの描く関係性、すごく好きです。続きが待ち遠しい🔥