その頃、信也は沖縄にいた。
沖縄で新規オープンするホテルからの依頼で、信也はホテル全体のプロデュースを任されていた。
信也がデザインする花柄のテキスタイル用いた内装が、このホテルの『ウリ』となる。
カーテンやベッドカバー、壁紙など、南国調をイメージした大胆で華やかな花柄のデザインはホテルを個性的に演出する。
信也のデザインは、ファッション業界だけでなく、インテリア業界でも注目を浴びるようになっていた。
今回は大きな仕事なので、二週間という日程で沖縄に滞在する予定だ。
東京を出る際一つ気がかりだったのは、出張の間に凪子の離婚の話し合いが行われるという事だ。
肝心な時に凪子の傍にいてやれないので、信也はもどかしい気持ちでいた。
せめて少しでも早く仕事を片付けて、一日も早く東京へ戻りたい。
その為にも、信也は毎日精力的に仕事をこなしていった。
その時、アシスタントの荻野佐紀が信也に声をかけた。
「戸崎さん、そろそろお昼にしますか?」
「ん? もうそんな時間か。じゃあ高田君と三人で外に食いに行こうか」
「わかりました」
佐紀はそう返事をすると、奥にいる高田を呼びに行った。
信也は今回の出張に、若手のアシスタント二人を同行させていた。
今のうちに若手を育成し、今後スタッフに仕事を丸投げできるようにしておきたい。
これからは絵画の方へも真剣に取り組みたいと思っていた信也は、意識的に若手スタッフを育てていこうと思っていた。
その日、夕方で仕事を終えると三人は解散した。
折角沖縄まで来たのだから若い二人には沖縄を満喫してもらおうと、信也は二人を街に残して一人コンドミニアムへ戻った。
部屋へ戻ると、少しパソコンへ向かって仕事を片付ける。その後、シャワーを浴びにバスルームへ向かった。
信也がシャワーを浴びている時、ドアにノックの音が響いた。
ドアの前にはアシスタントの佐紀がいた。
佐紀は高田と街に残っていたが、佐紀はすぐにコンドミニアムへ戻って来た。そして信也の部屋を訪ねてきたのだ。
ノックに反応がないので、佐紀はドアノブに手をかけ回してみた。
すると、鍵はかかっていないようでドアはすぐに開いた。
佐紀はおそるおそる部屋の中へ入って行く。すると、バスルームからシャワーの音が聞こえた。
(シャワーを浴びているのね……)
佐紀はそう思うと、さらに奥へ進んだ。
そして、ツインルームの窓際のベッドへ腰を下ろした。
信也が使った形跡のあるベッドだ。
次の瞬間、佐紀は服を脱ぎ始めた。
着ていたブラウスとパンツを脱ぎ捨てると、
下着姿で信也のベッドへ潜り込む。
その時、ナイトテーブルに置いてあった信也のスマホが鳴った。
スマホは明るく光りながら、
『凪子』
という文字を表示した。
佐紀はイライラしながらしばらくスマホを睨んでいたが、次の瞬間スマホを手に取り電話に出た。
「もしもし、信也? 沖縄はどう?」
電話口の向こうからは、凪子の明るい声が聞こえてきた。
凪子が『信也』と呼び捨てで呼んだので、更にイライラした佐紀は電話口に向かって言った。
「信也さんはシャワー中です。伝言があるようでしたらお伝えしますけれど?」
その口調は、少し気取った勝ち誇ったような声だった。
「あっ…ごめんなさい、失礼します」
凪子は慌てて電話を切った。
心臓がドキドキと音を立て始める。
(夜7時過ぎに部屋で若い女性の声……?)
信也は遅くても6時には仕事を切り上げる事で有名だった。
だから、7時過ぎに部屋で若い女性がいたという事はおそらく仕事関係ではないだろう。
という事は?
その瞬間、凪子の胸がチクリと痛む。
(信也がまさか……?)
思わず凪子に吐き気が襲ってきた。
そしてスマホを持つ手は小刻みに震える。激しい動悸がして口の中がからからに乾いていた。
そう…この感覚は、良輔の浮気に気付いた時と似ていた。
そして瞬時に凪子は憂鬱な気分に包まれる。
凪子はしばらくの間、ソファーへ沈み込むように座っていた。
気付くと頬に一筋の涙が伝っていた。
凪子は放心状態で動けずにいた。
一方、シャワーを終えた信也は、バスローブを羽織って部屋へ戻った。
その時、真っ暗な部屋に人の気配がした。
「誰かいるのか?」
信也はつけていたはずの部屋の明かりが消えている事に気付き、照明のスイッチを押す。
するとベッドの上にアシスタントの佐紀が寝ているではないか。
「どうした? なぜここにいる?」
「私…先生の事が好きなんです! お願いですから私を抱いて下さい」
信也は絶句する。
今までもこういう状況は何度も経験してきたが、まさか仕事のスタッフがこんな行為に及ぶとは思ってもいなかった。
そこで信也は一呼吸おいてから言った。
「ダメだ! 自分の部屋へ戻りなさい」
「一度だけでいいんです! それ以上我儘は言いませんから…」
「そういう事はやめなさい。悪いが君の望みには応えられない」
すると佐紀は必死の形相で言った。
「どうして私じゃ駄目なんですか? 私だってモデル経験もあるしあの人よりも若いわ。それにあの人は結婚しているじゃないですか! だから先生には似合わないわ」
その時信也は、佐紀が言っている相手が凪子だという事に気付いた。
そして佐紀を諭すように言った。
「とにかく君の気持には応えられないんだよ。だから部屋へ戻りなさい」
「どうして? なんで私じゃ駄目なんですかっ?」
信也はその問いにこう答えた。
「俺と彼女の間には歴史があるんだよ。君が知らない長い長い歴史がね。その歴史は誰がどうやっても覆す事なんて出来ないんだ。君はまだ若くて綺麗だ。これからきっと素敵な出会いがいっぱいあるはずだ。だから今夜みたいに自分を安く売るような真似は今後二度とするな!」
信也の言葉を聞いた佐紀は、目を大きく見開いてしばらく信也を見つめた後大声で泣き始めた。
「うああああーーーんっ」
佐紀は泣きながらベッドを飛び出すと、走って信也に抱き着いた。
信也は佐紀を受けとめると、まるで子供をあやすように優しく背中をトントンと叩いた。
その手の感触から、佐紀はどうあがいても信也を自分のものにする事は不可能だと悟った。
ひとしきり泣いた後、佐紀は服を身に着けてから信也の部屋を後にした。
ドアがパタンとしまると、信也は鍵をかけてからフーッとため息をついた。
「参ったな…」
信也はベッドへ腰かけ無意識にスマホを手にする。
そして何気なく着信履歴を見ると、トップに凪子の名前が表示されていた。
信也はびっくりして着信のあった時間を確認する。
着信があったのは五分前だった。
最悪な事に電話はきちんと受けた形跡がある。
そこで信也はハッとする。
(まさかアイツが受けたのか?)
次の瞬間、信也はバスローブを脱ぎ捨てると、すぐにジーンズとTシャツに着替えた。
そして財布とスマホを手に持つと、慌てて部屋を飛び出して行った。
コメント
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佐紀最悪⤵️😣💔若さと美貌で信也さんと関係を持って凪子さんから略奪しようとしたんだよね💢そんなことしかけても無理だって🙅 信也さんが言った通り2人の歴史と絆を割くことはできない それに鍵がかかってなくても勝手に人の部屋に入るのはイカン‼️それにボスで上司の電話に勝手出るなんて言語道断💢 常識から大きく外れることしたらクビだよ‼️ それよりも凪子さんがとても心配🥺😢 信也さんはもしかしたら今は✈️の中⁉️