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ばれたのは、拍子抜けするくらいあっさりだった。
翌日の稽古前、モルリが掃除用の雑巾を探して小道具箱を漁っていた。サベリオはその隙にノートを鞄へしまうつもりだったのに、ヌバーが余計な大声を出した。
「その無地ノート、橋の下の宝箱なんですよ」
「黙って」
サベリオが即座に言った時には、もう遅い。
モルリの手が止まる。ホレも振り向く。ハルティナは目をぱちぱちさせ、ミゲロは工具を置いた。
「宝箱?」
モルリがにやりとする。
「開けろってこと?」
「違う。開けるな」
「開けるなって言い方は、だいたい開けてほしいやつ」
「違う!」
サベリオが一歩出た時、すでにノートはモルリの手にあった。
逃げようとするより先に、彼女はぱらりと最初のページを開く。そして、そこへ書かれた一行を読み上げた。
「『推しが夢をかなえるために僕ができること』」
一拍置いて、シェルターがしんとする。
そのあと、ヌバーが膝を叩いた。
「うわ、題名が本気!」
「そこかよ」
ホレが突っ込みながらも、口元を押さえている。
サベリオは顔から火が出そうだった。取り返そうとするが、モルリがひらりと避け、ハルティナが「続き気になる」と素直な目を向ける。ミゲロまで、さすがに気まずそうに視線を外していた。
「返せ」
声が思ったより低く出る。
空気が少しだけ緊張した。
モルリもそこで笑うのをやめた。ノートを閉じ、両手で持ち直す。
「……ごめん。からかうつもりだった」
その時、デシアが静かに手を伸ばした。
「私に貸して」
モルリがためらいながら渡す。デシアはノートを胸の前で開き、何ページかを見つめた。そこには、昔の朗読会の感想も、失敗した夜の悔しさも、声が戻ることを信じた日々も、誰かに見せるつもりのない丁寧さで書かれている。
やがてデシアは顔を上げた。
「私、これに救われた」
サベリオの指先が止まる。
「昔、資料室の返却棚に、抜き取られた切り抜きが挟まってたことがあったの。誰が置いたか分からないまま読んで、……何回も読み返した」
サベリオは言葉を失う。
「あれ、お前が」
「そう。落ち込んだ日に持ち帰って、また返して。勝手に」
デシアは申し訳なさそうに笑った。
「私、自分の声のことを信じられなくなってた時、このノートだけは信じられた」
モルリが小さく息を呑む。
からかう空気は、もうどこにも残っていなかった。
ヌバーが珍しく静かな声を出す。
「サベリオ、それ、めちゃくちゃ恥ずかしいけど、めちゃくちゃいいよ」
「褒め方が最悪だ」
そう返した瞬間、ようやく皆が少し笑う。
笑われたのに、前みたいな嫌さがない。
デシアはノートを閉じ、今度は台本を一冊差し出した。昨日のものではなく、表紙の角が少し擦れた、何度もめくった跡のある一冊だった。
「次、これ開いて」
サベリオはノートを受け取り、代わりに台本を見る。
開けばまた、逃げられない。
けれど、誰かの夢を支える文章を書けたなら、自分の前にある紙からだけ目を逸らすのは、もう筋が通らない気がした。
サベリオはゆっくり表紙を開く。
デシアの書いた最初の一文が、そこに静かに待っていた。