豊太郎の回想
太田豊太郎
俺は子どもの頃から厳しくしつけられたおかげで、
太田豊太郎
父が早くに亡くなったあとも、
太田豊太郎
ずっと成績はよく、大学の法学部に入ったときも主席だった。
太田豊太郎
俺だけを心の支えにしていた母は、それでどんなに慰められたことだろう。
太田豊太郎
飛び級で19歳で大学を卒業した俺は、大学始まって以来の名誉だと言われた。
太田豊太郎
ある官庁に勤めることになり、母を故郷から呼び寄せて3年ばかりは楽しく暮らした。
太田豊太郎
長官の評判もよくて、海外出張していろいろ勉強してこいという命を受け、
太田豊太郎
自分の将来を決定するのはここだという思いに駆られ、
太田豊太郎
50歳を超えた母と別れることもそんなに悲しいと思わず、
太田豊太郎
遥々とベルリンにやってきた。
時の平均寿命は今よりも短い。だが、若く希望に燃える当時の豊太郎は、母との不意の別れがあるかもしれない可能性に気づいていなかった。
順調すぎる豊太郎の身に、何があったのか。続く。






