テラーノベル
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入口を潜ると、そこから一気に別世界だった。
天井までのガラス壁から差し込む自然光が、幻想的な空間を作り出している。
水中トンネルで悠然と泳ぐ魚達や熱帯魚が、きらめく鱗を煌めかせながら縦横無尽に動き回っていた。
日奈子
日奈子の口から感嘆の声が漏れる。
都会の真ん中に突如現れたこの異世界は、それほどまでに非現実的で美しい。
日奈子
やや興奮気味に振り返り、日奈子は陸の反応を見る。
陸も水槽を見上げていたが、日奈子ほど高揚している様子はない。
陸
日奈子
陸
短い返事。
けれどその声音にはどこか、安堵感が含まれているように日奈子には感じられた。
「順路はこちら」と書かれた矢印に従って歩き始める。
手は繋がれたまま、日奈子はその背中を追いながら周囲を見渡した。
平日の午後とはいえ週末。家族連れや若いカップルが目立つ。
皆、楽しげな笑顔を浮かべている。
日奈子
休日に一人の男と女が、こうして手を繋ぎながら一緒に水族館を歩いている。
この状況を客観的に考えてみると、やはりデート以外の何物でもなかった。
ただ相手が恋人ではなく、ワンナイトの相手だという奇妙な状況でなければ。
日奈子
日奈子の言葉に、陸が自然な流れで問いかけてきた。
陸
さりげなく、しかしここ数時間で、最も踏み込んだ質問だった。
水槽の青い光が、陸の端正な横顔を神秘的に照らしている。
日奈子
答えると、陸はしばし考えるように視線を宙に彷徨わせた。
陸
日奈子も聞いたことがある進学校の名だ。
生徒のほとんどが医学部や法学部を目指す進学校として知られている。
日奈子
日奈子
日奈子
陸がぴたりと足を止める。
目の前の巨大水槽では、巨大なエイがゆったりと旋回している。
翼のようなヒレが、水中の光を遮りながら通過していった。
陸
日奈子
日奈子
陸の細い双眸が、驚きを湛えてわずかに見開かれた。
いつも無表情な彼の珍しいリアクションに、日奈子は内心どきりとする。
陸
短い賞賛の言葉に嘘は感じられない。
しかし同時に、陸の眉間には薄い皺が刻まれている。
その理由を悟る前に、日奈子は苦笑交じりに続けた。
日奈子
陸
素早く冷静な指摘。
まるで違和感のあるデータを見つけた時のような鋭さ。
陸
責める口調ではないが、そこには純粋な好奇心が宿っている。
なぜ苦手なものに精力を費やすのか――外科医として効率を重んじる陸には、理解しづらい行動なのかもしれない。
日奈子
日奈子
さらりと言う。
水槽の分厚いガラスに、陸はそっと指先を押し当てた。
陸
その単語を噛み締めるように繰り返す。
彼の指の向こうでは、銀色のイワシの大群が大きな渦を巻いていた。
陸
平坦な問いかけの奥に、静かな探求心が流れている。
日奈子の飄々とした表層の下に隠されたものを、暴こうとする医師の目だ。
日奈子
日奈子
日奈子
期待に応えなければ見捨てられてしまうという、幼い頃から染み付いた強迫観念。
胸の奥の重苦しい部分を、陸の静かな眼差しに透かされているような気がして、日奈子は少しだけ居心地が悪くなる。
陸
その呟きに非難の色はない。
むしろ新しい標本を見つけた研究者のような、興味深げな響きが込められている。
陸自身、興味のないことに時間とエネルギーを注ぐタイプではない。
だからこそ、日奈子の合理性と自己犠牲的精神が新鮮に映ったのだろう。
陸
次の通路へと歩きながら、陸はさらに掘り下げた。
日奈子
陸
陸
日奈子
日奈子
日奈子
あまりにもあっさりした回答に、陸が無言で立ち止まる。
クラゲ展示コーナーで、透明な傘を持つ海月たちが、ゆらゆらと水中に浮かんでいる。
LEDライトが無数の光の輪郭を水面に投げかけていた。
陸
一言で要約された日奈子の行動原理。
やりたい事よりも、金。
その選択は別段、不思議な事ではない。
しかし陸は違う。
外科医という過酷な職種を選んだのは、その分野に興味があったから。人の命を助けられるから。
明確にやりたい事だったから、自ら選んだ道だ。金の為ではない。
外科医として日々生死と向き合う陸にとって、「稼ぐ為」だけで人生の重大な選択をするというのは理解を超えているのかもしれない。
陸
陸の声に疑問の色が濃く滲んだ。
クラゲが放つ淡い光が、彼の端正な顔に静かな陰影を描く。
日奈子
日奈子
日奈子
日奈子
照れくさそうに笑いながら、日奈子は遠い記憶を辿っている。
その明るい口調とは裏腹に、陸の表情が硬くなった。
陸
彼の低い呟きには、重い質量が伴っている。
遠くでは週末の客達が、イルカショーを見て歓声を上げていた。
陸
短く刺さるような質問。
日奈子
日奈子
日奈子の即答に、陸の眉が怪訝そうに動く。
陸
日奈子
日奈子
日奈子
日奈子
タイミングよく館内放送が流れた。
ペンギンパレード開始の10分前を告げる。
周囲の客が一斉に移動を始めた。
その喧騒に紛れて、日奈子がわざと会話を閉じたのがわかった。
陸は何も言わなかった。
追及するでもなく、無関心を装うでもなく。
ただ黙って彼女の痛みを受け止めた。
本音を言えば、彼女に言いたい事は沢山あった。
もう一人じゃない、一人で頑張らなくていい、自分がずっと傍にいる、と。
ただ孤独感が垣間見えた時、彼女の心に寄り添ってあげれば日奈子は救われたのか。
答えは否だ。恐らく現時点で陸が何を言っても、きっと彼女の心には何も響かない。
外科医として、患者の容態や微かな異変を誰よりも早く察知することに慣れている陸だからこそ、今はまだその時ではないことを、痛いくらいに理解していた。
二人は人の流れに沿って歩き続ける。
やがて目的地である広場に到着すると、すでに多くの家族連れやカップルが列を作っていた。
日奈子
陸
程なくして、ペンギン達が一斉に小道に飛び出してきた。
客席から一斉に歓声が上がる。
ふくよかな体を左右に揺らしながら、必死によちよちと歩く姿は無邪気そのものだ。
日奈子
日奈子
日奈子が微笑みながら指を差す。
その先には一羽のペンギンが体勢を崩している。
仲間の列から遅れて歩くその子を、別のペンギンが支えるように体当たりして助けている。
そんな微笑ましいやり取りに、観客から温かい笑いが漏れた。
陸
日奈子
日奈子
日奈子の呟きに陸は内心ほっとした。
先程まで彼女を覆っていた孤独感は消えている。今は目の前の愛らしい動物に釘付けだ。
ガラス越しに見るペンギン達の奮闘ぶりが愛おしく思える。
弱いもの同士が互いに補い合う、原始的な共生関係。純粋な愛情表現だ。
その光景が、陸の胸の奥にほんのりとした温もりを灯していた。
陸
日奈子の新たな一面を知ることができた。
それだけでも今日、ここに来た意義があったと、陸は密かに思う。
隣で日奈子が楽しげに笑い声を上げ、それを聞いた陸の唇もわずかに緩む。
繋いだ手に、さらに力を込めた。
ペンギン達の行進を前に、二人の距離も自然に縮まっていた。
#大人の恋愛
柏木さくら
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桃下結衣
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コメント
1件
うわあああ第9話も尊すぎた……!!!😭💕 水族館デートの演出がまずエモすぎる!ガラス越しの光とかクラゲの淡い照明とか、情景がありあり浮かんでもう胸がぎゅってなったよ〜!! 陸が日奈子の「色々あって」って言葉を追及せずに受け止めたシーン、めちゃくちゃ好き。ああいう無言の寄り添い方ができる男、沼るわ……🏳️🌈💥 ペンギンパレードで「尊い…」って言う日奈子に全力同意!笑 手に込める力が強くなる陸にもきゅんきた!!次の展開が気になりすぎるよ〜😭🌸✨ #桃下結衣