TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
鏡裏の世界

一覧ページ

「鏡裏の世界」のメインビジュアル

鏡裏の世界

9 - 鏡裏の世界 9

♥

353

2021年09月25日

シェアするシェアする
報告する

ハルさん

ハル、聞いて!

ハルさん

なんと休みとっちゃった!

朝のリビングに、ハルさんの 嬉しそうな声が響き渡る。

ハルさん

明日は日曜だから
二日休みなの〜

ハル

良かったですね
ハルさん

ハル

何かしたいことが
あるんですか?

ハルさん

おう!

ハルさん

電車に乗ってちょっと
出かける

ハルさん

前から観たかった映画
観にいくんだよ〜

ハルさん

ちょっと良い映画館でな!

楽しんできて下さい、と 言いかけたとき

ハルさん

ハルは住ませてもらってる
お礼として

ハルさん

俺と一緒に来ること!

とのことだったので、喉まで 出かかった言葉を飲み込んだ。

ハルさん

18時にここ出発な!

ハルさん

拒否権はねぇぜ!

拒否権はないらしい。

時刻は18時を少し過ぎた頃。

私は電車に揺られながら、窓の外の 景色を眺めていた。

ハルさんは私に、お礼としてついて 来い、だなんて言っていたけれど

ハルさんなりに私を楽しませて くれようとしていることは

短い間だがハルさんと過ごし、彼の 優しさに触れてきたから分かる。

なぜ、出会ったばかりの私に ここまで優しくしてくれるのか。

こんなに気を遣わせてしまって、

私ばかり楽しませて貰っていて、 良いのだろうか…。

自己嫌悪に陥りそうになったとき、 ふと、肩に重みを感じて

隣を見ると、ハルさんは私の肩に頭を預けて寝入っていた。

ハル

(仕事でも、疲れて
いたんだろうな…)

ハルさんは私が来てから、余計に生活も大変になってしまった筈なのに

それを一切表には出さなかった。

彼に、どう恩返しをしたら良いのか 分からない。

でも今は、とりあえず彼の気遣いに 心からの笑顔でお返ししよう。

私はすよすよと寝ているハルさんを 見て、ふと微笑んでから

ゆっくりとまぶたを閉じた。

ハッと気付いた時にはもう遅い。

まもなく終点です。

ハル

(終点!?)

アナウンスの声に飛び起き 窓の外を見てみると、

まだ明るかった町の風景は

日が沈みすっかり暗くなっていた。

ハル

ハルさん起きて下さい!!

ハルさん

うーん…?

ハル

終点ですよ!!

ハルさん

えっ、終点!?

ガバッと飛び起きたハルさんの顔が、 みるみる内に青ざめる。

ハル

着いたのでとりあえず
降りましょう

ハルさん

俺の全財産が…

ハル

ハルさんしっかり!

震えながら涙をながすハルさんを 慰めながら

私たちは夜の駅に降りたった。

駅員に電車を乗り過ごした旨を 伝えると

誤乗だった場合乗り過ごした分は 払わなくていいとのことだったので

ハルさんは少しだけ元気になった。

ハルさん

明日が仕事じゃ
なくてよかった…

駅から出た後も、ハルさんは 放心状態だ。

ハル

どうしましょうか…

ハル

タクシー呼んで帰りますか?

ハルさん

知ってるかハル…

ハルさん

その金を払うのは…

ハルさん

全部俺なんだぜ…!!

ハルさんは妙にキリッとした顔をした後、親指を立てて自分を指差した。

しかしその目からは涙が溢れ出して おり、何とも奇妙な表情と 化していた。

ハルさんの言っていることはその通りなので、私は何も言えなくなる。

ハルさんが、この後どうしたいかの 判断に任せなければならない。

しかし、ハルさんは表情をパッと 変えた後

ハルさん

ま、折角こんな遠い
ところまで来たんだし

ハルさん

遊んでから帰ろうぜ!

ハルさん

ただし金のかからない
とこでな

と、言ってのけた。

ハルさんでも来たことのない、 遠いところまで来てしまったらしく

私たちはあてもなく歩き続けた。

街頭にそって歩いていくと、 小さな公園を見つけた。

ハルさんは何故か私よりも興奮し、 公園の敷地に向かって走っていった。

ハルさん

えっ、公園とか
何年振りだろ!

ハルさん

ハルもこっち来いよー!

そう言ってハルさんは、バネの上に 動物の形が乗っている遊具に乗り

前後左右に揺らして遊び出した。

そのはしゃぎようは、子供よりも楽しそうに遊んでいるんじゃないか、と 感心するほどだった。

しかし遊具の隅に、12歳以上 使用禁止という年齢制限が貼ってあるのを目にしたハルさんは

顔を青くして遊具から飛び降りていた

ハルさんはその後 別の遊具で遊ぼう、と言って 公園の奥の方へ行き

そこでたまたま初々しい学生カップル を見つけてしまったらしく

私の腕を掴んで、超特急で公園から 走り去った。

こうして公園で遊ぼう計画は、 一瞬にして幕を閉じたのだった。

ハルさん

はぁ…危ないとこだったな

ハルさん

こんな変な大人の
せいで、あの子らの
邪魔するとこだった

ハルさん

何より大人が子供用の
遊具乗って
はしゃいでるって

ハルさん

ホラーすぎだろ

つくづくハルさんは面白いなと思う。

さっきまであんなに楽しそうに はしゃいでいたのに、

今はその面影もなく、反省したように うなだれている。

ふと、潮の香りが漂い

私はへこんでいるハルさんを ちょいちょいとつついた。

ハルさん

ん、何…?

ハル

海です、ハルさん

私の見ている方向に、ハルさんも 顔を向けた。

ハルさん

…綺麗だな

ハルさんは海岸の堤防へと足を進め

そこに設置されていた階段に 腰を下ろした。

私もその隣に腰を下ろす。

夜の海岸は静かで、 波が堤防に打ち付けられる音だけが 聞こえていた。

ハルさん

…ハルはさ、

ハルさん

戻りたい?

ハル

…?

ハル

ハルさんが「折角だし
遊んでから帰ろう」
って

ハル

言ったんじゃない
ですか

ハルさん

そうじゃなくて

ハルさん

鏡の向こうの世界に、
だよ

ハル

……

ハル

……ハルさんは

ハル

私がいると、迷惑ですか

ハルさん

いや、全然迷惑じゃ
ないよ

ハルさん

…でも、

ハルさん

戻った方がいいとは
思う

ハルさん

ハルも、それは
分かってんじゃね?

ハル

……

ハルさん

……そろそろ
帰るかぁ

ハルさんはすっと立ち上がり、私に 背を向け歩き始めた。

それから私たちは、何とか体力の 限界まで

タクシー代を少しでも小さくしようと 歩き続け、

へとへとになった頃ようやく腹を 決めてタクシーを呼んだ。

道中、私は平静を装って話し続けた けれど

ハルさんにはきっとバレている。

私が向こうの世界に戻りたく ないのだ、と。

でもハルさんは聞かなかった。 なぜ戻りたくないのか。

ハルさんはきっと

私から話すのを待っている。

loading

この作品はいかがでしたか?

353

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚