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桃下結衣さん、第31話読みました……。 七瀬の「好きだったのに」という言葉が、本当に胸に刺さりました。あんなに傷つけられても、本気で想っていた4年間は消せないんだなって。最後の早坂の「わかった」も、何を悟ったのか気になります。次が待ち遠しいです。
2人が去っていく姿を目で追いかける。
早坂が振り向いてくれる気配もない。
待って、と心は叫ぶのに、呼び止めたい言葉は音として出てこない。
結局何も言えないまま、喫茶店から出ていく彼らを見送ることしかできなかった。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
追いかけなきゃいけないという焦りなのか、それとも2人の話を聞いてはいけないという、本能的な危機感からなのか。
私にはわからない。 ……何も。
遥
朝から気が張りっぱなしだったせいか、重い疲労感が押し寄せてくる。
肩の荷が下りたような、すべてが終わった開放感に包まれる。
理想通りの別れ方ではなかったけど、青木さんはもう、私に接触してこない気がしてる。
あとは早坂が上手くやるんだろう。
だから、任せてもきっと……大丈夫。
けれど、私の心は鉛のように重かった。
やっと、あの人から解放される。 解放されたんだと喜ぶべきなのに、嬉しい感情は何一つ湧いてこない。
消化しきれない怒りと、やりきれない思いだけが、胸の中でずっと燻っていた。
裏切られていた事は、正直もう、どうでもいい。
浮気も不倫も許せないし、許す気もないけれど、今更文句を言ったところでどうしようもない。気付けなかった私も私だ。
でも――だからこそ悔しい。
自分が滑稽すぎて、惨めすぎて恥ずかしい。
胸の中を渦巻く黒い感情……これは嫉妬だ。 結婚願望を抱いていることは伝えていたはずなのに、それでも青木さんは私ではなく、他の女を結婚相手に選んだ。
こんなの、女のプライドを傷つけられたも同然だ。
遥
遥
私は本気で貴方と結婚したいって、この4年間ずっと思っていたのに――
・ ・ ・
早坂
どのくらいそうしていたのか。
不意に頭上から落ちてきた声に、私はゆっくりと顔を上げた。
遥
早坂
早坂がふっと吹き出した。
私も釣られて笑顔を作る。
ちゃんと作れていたかどうかはわからない。
そして青木さんの姿はない。
早坂の背後を覗いても、辺りを見回しても、彼の姿はどこにも見当たらない。
遥
早坂
遥
早坂
その一言で、彼と決別できたことを知る。
もう会うこともなければ連絡が来ることもない。
正真正銘、これで終わり。
結局、青木さんから謝罪の言葉は一切なかった。
遥
彼に謝ってほしくて来たんじゃない。
別れる為に来たんだから。
これが本来、私が望んでいた結末だ。
でも、納得がいかない。
たくさんの嘘をついて、裏切っておいて、挙げ句の果てに暴力まで振るったくせに。
自らの過ちを認めることもせず、何事もなかったかのように終わらせようとする彼のやり方が許せない。
これじゃあ、今まで彼に酷い仕打ちを受けてきた人達と、同じ末路だ。
悔しい、悔しい――
自分の中でどす黒い感情が膨らんでいく。
早坂
早坂
遥
早坂
遥
遥
遥
早坂
早坂
テーブルに置いてある伝票を手に取って、早坂は会計へと向かった。
・ ・ ・
車に乗り込んだ後も、私達に会話はなかった。
私は口を噤んだまま、車窓に映る光景を見つめる。
大通りには多くの人々が行き交っていて、男女の組み合わせもたくさん目立つ。
中には堂々と腕を組み、互いに微笑みながら寄り添う姿も見つけた。
仲睦まじい姿はまさに、幸せ絶頂って感じ。
遥
遥
青木さんと腕を組んで歩くなんて、今までしたことなかったな。
遥
早坂
遥
早坂
遥
早坂
遥
遥
刺々しい物言いに早坂は黙り込む。
沈黙が重いから、何か喋らなきゃと思って話題を振っただけなのに。
自らの惨めさを、余計に痛感させられただけだった。
……何やってるんだろうな、ほんと。
何もかもが馬鹿らしく思えてくる。
馬鹿すぎて、ふっと自嘲めいた笑みが漏れた。
遥
遥
遥
遥
遥
早坂
遥
早坂
遥
遥
早坂の口数はいつも以上に少ない。
対して私の愚痴は止まることなく、次から次へと不満ばかりが零れ落ちる。
これ以上傷つくのが嫌で、自虐することで頑なに心を守ろうとする。
気を抜いたら泣いてしまいそうで。
心が病んでしまいそうで、怖くて。
遥
遥
早坂
遥
早坂
たとえ結婚歴が長かろうと、新婚だろうと、彼が既婚者だという事実は変わらない。
でも、そういうことじゃない。
そういうことじゃないの。
だって私と出会った時、青木さんはまだ独身だった。
結婚相手を選ぶ権利はあの人にある。
私は選ばれなかった。
ただ、それだけの話だ。
早坂
遥
早坂
遥
こういう時の早坂は本当に優しい。
頭ごなしに人を責めないし、下手な慰めもしない。
でもそんな優しさすら、今の私には煩わしい。
心がずっと塞ぎこんでいて、何も感じることができなくなっていた。
速度を落とし始めた車が、すっかり見慣れたマンションの駐車場に停車する。
助手席から降りれば、霜冷えのする寒風が頬を掠めた。
一気に身体の熱を奪われて身震いする。
見上げた夜空に星の瞬きは見えなくて、深い闇だけが世界を覆い尽くしていた。
……まるで私の心みたいだ。
光が見えなくて、希望も抱けなくて。
ただただ漆黒に塗り潰される。 心が。感情が。
遥
遥
――ふと気がつけば、私は早坂の部屋の前に立っていた。
ICカードをセンサーにかざす彼の、後ろ背を見つめ続ける。
駐車場から、どうやってここまで歩いてきたのか覚えてない。
エレベーターに乗った? ここに来るまで、早坂と会話した?
遥
遥
地に足がついていないような、ふわふわとした感覚が不快だった。
やがて解錠ランプが点滅し、静かにドアが開かれる。
早坂に続いて玄関に入り、控えめにドアを閉めた。
ガチャン、と自動的に施錠される。
部屋の中は真っ暗で、窓から差し込む月光だけが、冷えた室内をぼんやりと照らしていた。
早坂は一向に私の方を見ない。
黙ったまま靴を脱ぎ、照明のスイッチに手を伸ばそうとしてる。
その後ろ背に歩み寄って、縋りつくように抱きついた。
背中越しに息を飲む気配が伝わってくる。
早坂
優しい声。
ぎゅうっと、両手に力を込める。
遥
早坂
遥
口にした瞬間、場の空気が凍りついた。
早坂がぎこちなく振り向き、やっと視線が重なる。
真っ直ぐに注がれる瞳は戸惑いに揺れていて。
早坂
遥
早坂
遥
早坂
遥
乾いた笑みを作る。
泥沼に落ち込んだように下降する気持ちは、足掻きがとれずに私の精神を蝕んでいく。
早坂
早坂
遥
早坂
遥
急に、苛立ちの堰が切れた。
どんッ、と勢いよく早坂を押し返す。
不意を突かれ、バランスを崩した早坂の身体が傾き、もつれあうように2人で倒れこんだ。
覆い被さる私の身体を、早坂が咄嗟に支えてくれて。
彼の上に跨がったまま、私は口を開く。
遥
遥
喚き散らかした瞬間、堪えきれずに溢れた涙が零れ落ちた。
ぽたりと、早坂のコートに染みを作る。
あとはもう、止めようがなかった。
大粒の雫が頬を濡らし、それらを拭うこともせずに私は項垂れる。
遥
早坂
遥
底無しの悲しみが胸を覆う。
理不尽すぎて、やりきれなくて、行き場を失った怒りの矛先を早坂にぶつけてる。
……最低だ。早坂に感謝こそすれど、八つ当たりするなんて罰当たりもいいとこだ。
でも、一度口をついて出た不満は止まらなくて。
早坂の胸の上で、私はただただ泣き崩れた。
遥
遥
遥
遥
皮が切れたかのように激昂して泣き喚く。
怒りと涙で肩を震わせる私の背を、早坂の手がぽんぽんと優しく宥めてくれるけど。
それでも悲しみは消えてくれない。
早坂
わかってる。
でも、そんな言葉がほしいんじゃない。
遥
早坂
遥
あの人を想い続けた4年間。
一緒に笑いあったことも、寄り添いながら語り合ったことも、抱かれた記憶も、温もりも。 全部忘れてしまいたい。
こんな、最初から穢れていた思い出なんか、簡単に捨ててしまえたらどんなに良かったか。
簡単に捨てられないから苦しいんだ。
だって。
遥
早坂
遥
……どんなに汚くても、間違っていても。 大切に想い続けた青木さんへの想いは、その気持ちだけは本物だった。本気の恋だった。
綺麗な気持ちは綺麗なままで、思い出として記憶に留めておきたかった。
愚かだとわかっていても。
早坂
お腹の底に響くような低い声にはっとする。
目を見張った瞬間、ぐんっと体がひっくり返った。
遥
身を襲う衝撃に、反射的に目を閉じる。
引き倒されたと同時に、背中に冷たいフローリングの感触が伝わった。
2度目の恋煩い
猫とろ
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桃下結衣
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