テラーノベル
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ゆっくりと目をこじ開ける。
開けた視界に映ったのは、薄暗い天井。
そして、私を静かに見下ろす早坂の姿。
その真摯な眼差しに射貫かれて、心臓がドクンと音を立てた。
早坂
遥
早坂
遥
早坂
そう言われた途端、激しい後悔が押し寄せた。
こんな優しい人に、こんなことを言わせてしまったことが許せなくて。
胸を占めていた怒りが、今度は悲しみの色で染まっていく。
遥
遥
早坂
遥
発した声が涙声すぎて恥ずかしい。
両腕を交差させて、泣き腫らした目元を隠そうとしたけれど、早坂の手で引き剥がされた。
理性的な光を放つ瞳と対峙する。
思いのほか、優しい色を帯びていて困惑する。
早坂の雰囲気が、いつもと違う気がして。
早坂
か細い呟きが耳朶を打つ。
不安げに揺れる私の瞳に、困ったような笑みを浮かべる早坂の顔が映る。
そのまま片手を引かれ、一緒に身体を起こした。
手を繋いだまま部屋の奥へと誘われ、その先にあるベッドへと辿り着く。
遥
弱々しく名前を呼ぶ。
彼がいま、何を考えているのか。 何をしようとしているのか、わからないほど鈍くはない。
歩幅を小さくして、私は進むのを躊躇った。
遥
早坂
遥
早坂
遥
早坂
遥
早坂
ベッドに腰を下ろすと同時に、肩を軽く押された。
そのまま後ろに倒れ込み、ベッドの軋む音が鼓膜に響く。
コートを脱ぎ捨てた早坂の影が、私の上に落ちた。
早坂
両手をベッドに押し付けられて、指を絡めるように握られて。
遥
早坂
剥き出しな嫉妬心に、私は瞬きを繰り返す。
ルームライトに照らされた早坂の顔が、色欲を孕んだ危うい表情をしていてドキッとした。
この人は、こんな顔もする人だったのか。
過呼吸を鎮める為だけに口付けられたあの日から、確実に変わり始めた私達の関係。
あれから何度かキスをした。
一度だけ、一線を越えそうになったけど。
それ以上の触れ合いは避けていたのに。
遥
やっとの思いで口を開く。
声が掠れて、喉の奥に張り付いたような感覚がした。
早坂
遥
早坂
遥
元彼を忘れたいから抱いてほしい、そんな無神経なことを口にするような女に言い寄られて嬉しがるような人じゃない。
なのに、嫌がるどころかあっさり承諾するから、逆にこっちが困ってしまう。
……本当は、抱いてって言葉自体、本意じゃなかった。
投げやりで放った言葉でしかなかった。
察しのいい早坂なら、そんなこと、察してるはず。
なんで、抱こうとするんだろう。
早坂
遥
早坂
遥
早坂
早坂
遥
そんな風には思ってない。
そうは言っても、あながち間違ってはいないのかもしれない。
何もかも嫌になって、一時的な快楽に身を委ねることで忘れようとして、その相手に私は早坂を選んだ。
それは事実だ。 利用してると言われても反論できない。
でも―― その相手は、誰でもいいわけじゃない。
もしここにいたのが早坂じゃなくて別の人だったら、絶対に「抱いて」なんて言わなかった。
弱いところも、醜いところも、ありのままの自分を全部曝け出しても、全て受け入れてくれた早坂だったから縋ったんだ。
遥
早坂
遥
ただの同僚だった人。
一緒に仕事をしていくうちに彼の人となりを知り、信頼を寄せ、親友同然と呼べるような仲になった。
異性として意識し始めてからは、頼ってもいい、弱さを見せてもいい相手へと変わっていく。
体裁ばかり気にしていた私を、本質から変えてくれた人――。
改めて思い知る。
好きな人という枠ではもう収まりきれない程、早坂が大きな存在になっていることを。
唯一無二の、大切な人だ。
遥
早坂
早坂の首に腕を回せば、柔らかく抱き締め返してくれる。
そんな彼の体温に、安堵感を覚える。
優しくできない、なんて言ってたくせに、私の身体を抱き締める力加減も、頭を撫でる手つきも、全てが優しさに満ち溢れていて。
瞼を閉じれば、一筋の滴が零れ落ちた。
遥
いま早坂に抱かれたとしても、青木さんのことを忘れられるはずがない。……まだ。
彼と過ごした時間を、無かったことには出来ない。
やっぱりあの人は私の中で、特別な人だったことには変わりないんだ。
遥
――でも、大好きだったよ。忍さん。
早坂
静かな呟きが耳元に落ちる。
それは紛れもなく早坂の本音。
優しいこの人を、私はまた傷つけてしまったんじゃないかと思うと胸が痛む。
遥
早坂
早坂
早坂
遥
早坂
繋がれた手に力を込めて、早坂はそう告げた。
私もそっと頷く。
今日で全部を終わらせると、何度も心の中で誓った。
あの人と決別して、互いに別々の道を歩むこと。
あの人を想って泣くのも、今日で最後にするんだ。
しなやかな指が、涙で濡れた頬に触れる。
いつも私を支えてくれたこの手で、今度は私を抱くと言う。
まだ付き合ってもいない段階で、早坂と身体の関係を持つなんて変な感じがするけれど。
けれど、何の不安も抱いていない自分がいることに驚いた。
かつての私は違った。
弱くて、臆病で、早坂との居心地のいい関係が崩れることに恐れすら抱いていたのに。
今はその恐怖を感じていない。
だって、自信があったから。
遥
早坂
遥
早坂
遥
何も不安はなかった。
変わらない自信しかなかったから。
遥
青木さんへの怒りは、今はない。
それでもまだ胸に残ってる、ほんの少しの痛みと一抹の寂しさ。
ぽっかりと空いてしまった心の空洞を埋めたいが為に、私は今夜、この人に抱かれる。
救いの手を伸ばしてくれたこの人に、もう一度、縋ってみたくて。
この優しくて温かい人に救われたい。 守られたい。
……そうして、やっと終わるんだ。 ひとつの恋が。
決して綺麗な恋じゃなかった。
汚くて、生々しくて。 それでも、大事に大事に育ててきた想いがある。
だから簡単に捨てられないし、忘れることもできない。
でも、終わらせることはできる。
早坂が終わらせてくれると言うのなら、私は彼に縋りたい。
……大事なものを手放す喪失感が胸を覆う。
失意に涙を浮かべながら、私は震える声で早坂の名前を呼ぶ。
その頼もしい背中に、ゆっくりと両手を回した――。
#大人の恋愛
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コメント
1件
うわああ…第32話、読み終わったよ…😭💕 遥ちゃんの「早坂じゃないと無理みたい」の台詞、めっちゃ刺さった…! 青木さんへの想いと決別しようとする切なさと、早坂の優しさに縋る痛みが入り混じって、胸がぎゅってなったよ。 「嫉妬はしてる」って正直に言う早坂、かっこよすぎん?変わらない自信に満ちたラストシーン、大好きです…!🌸