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ruruha
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瑠璃マリコ
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――夜の帳が下りる頃。
古びた建物の駐車場に、1台の車が停車する。
早坂が運転する車だ。
一緒に退勤した後は、飲みに行かなければマンションまで送り届けてくれる。
……街灯がぼんやりと辺りを照らす。
そこは私が住む賃貸マンション。
そして今夜、青木さんが話し合いの為に部屋に来てくれる予定――だけど。
遥
遥
私が重いため息をつけば、後部座席からも、悩ましげなため息を漏らす人物がひとり。
かなえ
かなえ
かなえ
私のため息と、かなえちゃんの気落ちした声が、虚しく交差している車内。
まるでお通夜状態だ。
彼女の中では、私と早坂がくっつく未来予想図が出来上がっていたみたいだけど、私には既に別の恋人がいた。
その事実に打ちのめされているみたいだった。
――事務所での一件の後。
かなえちゃんにはあらかた、事情を説明しておいた。
とはいえ、かなりザックリと。
不倫相手との爛れた事情なんて、本来知らなくてもいい事だ。
遥
これから社会に出て、様々な学びを得るだろう子に、泥沼化した男女の裏事情を話すなんて気が引ける。
早坂
遥
遥
遥
時間はもうすぐ18時。
そろそろ彼から連絡が来るかもしれないと思い、ちらりとスマホをチェックしてみる。
まだ通知は来ていない。
早坂
早坂
遥
早坂
遥
早坂
かなえ
2人の発言が見事にハモる。息ピッタリ。
早坂
早坂
早坂
早坂
遥
遥
さすがに心配し過ぎなんじゃ……と思うけど、早坂は私の身を案じて言ってくれてるんだ。
だから口には出さないでおいた。
遥
ふうっと大きく息を吐く。
よし、と気合を入れてから、勢いよく助手席から降りた。
ドアを閉めて、車内の2人に向き直る。
遥
遥
早坂
遥
お行儀よく返事を返し、彼らに背を向ける。
急ぎ足でマンションへ向かった。
――寒風が刺すように痛い。
まるで氷の鞭のよう。
冷たい風から身を守るように肩をすぼめて、1階にあるエレベーターのボタンを押す。
点滅する表示盤を眺めていた時、ふと、早坂の言葉が脳裏をよぎった。
"連絡がしつこいって言ってたじゃん"
"相手ももう 余裕がないって事なんじゃないのか"
"切羽詰まった人間ほど、 何をするかわからないだろ――"
遥
男女間のトラブルは危険も多いと聞く。
交際のもつれが、事件に発展する例だって増えている。
早坂がやたらと『2人きりになるな』と口にするのも、その危険を踏まえての忠告だという意見もわかるけど。
遥
遥
もう一度スマホをチェックする。
青木さんからの連絡はない。
仕方なくLINEのトーク画面を開いて、早坂にメッセージを打ち込んだ。
遥
遥
遥
仕事外のことなのに、早坂に心配ばかりさせてることに申し訳なさを感じつつ。
私はコートのポケットに、スマホをそのまま仕舞い込んだ。
・ ・ ・
・ ・ ・
この日の夜。
何の危機感も抱かず、1人で部屋に帰ってきてしまったことを――
私は一生、後悔することになる。
・ ・ ・
遥
人気のない共用廊下に、自分の声が反響する。
バッグから取り出した鍵を鍵穴に挿し込んだ時、ありえない異変に気付いた。
遥
部屋の鍵が、開いてる。
遥
今朝のことを思い起こす。
早朝に目が覚めたら、早坂が帰る準備をしていて。
寝惚け眼をこすりながら、帰宅する彼の背中を見送ったのは覚えてる。
早坂が帰った後は朝風呂に入り、朝食を作って、メイクをして。
一連の行動を、ひとつひとつ思い起こしてみる。
そして、部屋を出た時に施錠した。
ちゃんと確認もした。
やっぱり閉め忘れてなんかいない。
なのにドアは開いている。
遥
どうしよう、と迷ったのは一瞬のこと。
ドアノブを慎重に捻り、ゆっくりと開けてみた。
ギィー……と不快な軋み音が、恐怖心を駆り立てる。
遥
数センチ開けたドアの隙間から覗いても、闇夜に包まれた空間が広がっているだけ。
耳を澄ましてみても、室内はシンと静まり返っている。
当然だ、1人暮らしなんだから。
私以外の誰かがいるはずがない……けれど。
このマンションは築何十年と経つ古い建物だ。
オートロックも付いていない。
監視カメラすら設置されていない、防犯性の低い物件だ。
それに合鍵も作っていない。
賃貸マンションの決まり事で、鍵の複製は禁止されている。
だから私以外、誰も入室できないはず。
なら、この状況は何だろう。
施錠したはずのドアが開いている事態に、背筋がゾクリと冷えた。
遥
弱々しい私の呼び掛けに応じる声はない。
でも、感じた。
部屋の奥から微かに動く、人の気配。
間違いなく、この部屋の中に誰かがいる。
遥
遥
もしかしたら空き巣犯かもしれない――
その可能性を考えて逃げようとした時、駐車場の街灯の光が玄関を照らした。
遥
煌々と射す光の先。
そこにあったのは私の物ではない、男性用の靴。
それが見覚えのある物だと気づいた瞬間、強張っていた体から力が抜けた。
ここで安堵を覚えるのは間違いかもしれないけれど、部屋に潜んでいた人物が私の知らない誰かよりはマシだ。
……にしても。
この人、どうやって私の部屋に入ったの……?
遥
遥
誰かさえわかれば怖いものはない。
ズカズカと部屋に入り、電気をつける。
パッと室内を照らす照明は、暗がりで見えていなかった人物の姿を曝け出した。
青木
青木
ベッドに背を預け、悠長にスマホをいじっている人物――
青木さんが私の気配に気づき、ゆったりと微笑んだ。
出会った頃と何も変わってない、柔和な笑顔。
……半年前まで大好きだった人。
もう、過去形だ。
遥
青木
遥
青木
青木
青木
遥
遥
私の問いに青木さんは答えない。
ゆったりと微笑むだけで何も言わない。
この人はいつもこうだ。
都合の悪いことは沈黙でやり過ごし、真摯に向き合ってくれない。
だから、いつまで経っても別れ話に決着がつかないままだ。
遥
"仕事が終わったら連絡して"
そう伝えていたはずなのに、私の伝言が無駄になってしまった。
青木
青木
青木
遥
遥
遥
つい嫌味を言ってしまう。
それでも彼の表情は崩れない。
青木
遥
遥
青木
遥
青木
取りつく島もない私の様子に、青木さんは小さくため息をついた。
青木
遥
青木
遥
青木
青木
青木
……本気で言ってるんだろうか。
全く理解できない。
遥
遥
青木
遥
遥
遥
青木
遥
青木
青木
遥
頭が痛くなってきた。
まるで言葉が通じない動物と話してる気分。
私が何に対して怒っているのか、彼は全く理解できていないらしい。
遥
遥
そんなわけがない。
既婚者だから怒ってるんじゃない。
彼の不誠実さと裏切りに対して腹を立てているんだ。
離婚云々は知らない。 関係ない。
――既婚者なのに、外に恋人を作る行為は奥さんに対する裏切りだ。
恋人の私にも、既婚者である事実を隠してきた。
4年も、だ。 4年も騙され続けていた。
これを不誠実と言わずに何と言うのか。
そこまでの事をされて、それでも彼と一緒にいたいなんて私には思えない。
遥
遥
遥
遥
青木
遥
遥
これが本当に最後。
そう言わんばかりに説得を試みる。
それでも青木さんは動じない。
穏やかな眼差しで私を見つめているだけで、別れ話をしている男女の雰囲気とはほぼ遠い。
ここまで表情が変わらないと逆に怖い。
彼の瞳に浮かぶ感情が何なのか、私には読み取ることもできなかった。
青木
遥
青木
目を閉じて、彼は短く息を吐いた。
顔には諦めの表情が染みついている。
やっと納得してくれた、
そう安堵した私の身体は、次の瞬間――青木さんに抱きすくめられていた。
遥
驚きで目を見張る。
瞬きをすることも忘れて、私を腕の中に閉じ込める彼を呆然と見上げた。
遥
遥
青木
陶酔したような声が落ちる。
私の髪に指を絡め、顔を埋めてくる彼にゾッとした。
身の毛がよだつほどの嫌悪感が、身体中を駆け巡る。
遥
必死にもがけば、その勢いに押されて彼の身体が離れた。
……どうしてわかってくれないの。
どうして、こんなに。
遥
遥
遥
青木
青木
青木
青木
遥
青木
青木
遥
遥
ショックで視界が暗くなる。
私の存在を軽んじてる発言に、腸が煮え繰り返る程の憤りを感じた。
この人が抱いている恋人の認識と、私が抱いている恋人の認識が全く違う。
ちゃんと話し合おう、なんて無理だったんだ。見ている方向が全然違うんだから。
遥
乾いた笑いが、喉の奥から溢れ落ちた。
遥
遥
青木
遥
遥
遥
遥
嗚咽まで漏れる。
悔しくて悔しくて、涙が滲んだ。
――ねえ、早坂。聞いた?
この人、奥さんがいても私を恋人扱いしてくれるらしいよ。
遥
遥
遥
私達が過ごした4年間って、この人にとって一体何だったんだろう。
青木さんから連絡が来る度に嬉しくなって、舞い上がっていたのは私だけだったなんて、なんともお粗末すぎる話だ。
……恋人だと思っていたのは私だけ。
彼にとって、私は恋人"ごっこ"の相手。
ちょっと恋人扱いすればしっぽを振って喜んでくれる、まるで彼のペット扱いだった私。
遥
遥
本当に大好きだったのに。
彼との将来を夢見ていた、過去の自分を呪った。
同時に憎しみも湧く。
遥
怒りに任せて口走ってしまった直後、
――パンッ!
その瞬間、顔に響いた破裂音。
物理的な衝撃を受けて、身体が真横に吹き飛んだ。
テーブルの脚に躓いて倒れ込む。
ガツッ、とこめかみに嫌な衝撃が伝わった。
テーブルの角に頭をぶつけたと悟った瞬間、身に起こった事態を把握する。
遥
遥
わたし、今、頬をぶたれた。
青木さんに殴られた。
青木
頭上から落胆の声が落ちる。
凄みすら感じる低音。
ゆるりと顔を上げた私の瞳に映ったのは、こんな時でも穏やかに微笑んで私を見下ろす、青木さんの姿。
青木
けれどその声は、背筋が冷える程に温度がなかった。
コメント
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第5話「失望」、読み終えました…タイトル通り、もう本当に胸が痛い回でした。青木さんの「恋人扱いしてる」発言で、七瀬さんの4年間が全部「ごっこ」にされてしまった感覚、ゾッとしました。早坂さんが心配してた2人きりの危険が現実になっちゃって…最後の平手からの「大事にしてた」の温度差が一番怖かったです。七瀬さん、無事でいてほしい…!次話が気になります。作者さん、重くて切ない描写が本当に巧みですね。