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#狂愛
柏木さくら
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#ハッピーエンド
瑠璃マリコ
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桃下結衣
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――静かな室内に、私のすすり泣く声だけが響く。
背中に回された手のひらが、規則正しい一定のリズムで、ぽん、ぽん、と優しく叩き続けている。
その温もりが、張り詰めていた私の心を少しずつ、解きほぐしていく。
……もう、1人で不安にならなくてもいい。
1人で責任を負わなくてもいい。
この人が傍にいてくれる。
私の過ちも醜さも、全てを受け入れてくれる。守ってくれる。
その溢れんばかりの包容力に、何度、心を救われてきたんだろう。
どれほどの時間が流れたのか。
涙の波が引き、代わりに心地いい疲労感が全身を包みこんでいく。
早坂の腕の中で身じろぎすれば、彼は何を思ったのか、殊更強く抱き締めてきた。
遥
早坂
急に不機嫌な声音を耳元で落とされ、私は動きを止めた。
遥
早坂
遥
遥
もう一度、早坂の胸に身を委ねる。
頬を寄せれば、柔らかく抱き締め返してくれる。
夢心地な時間が流れる中、私は早坂の温もりを存分に堪能する。
まるで波間をゆったりたゆたうような、穏やかで、満たされた時間だった。
遥
遥
遥
――でも、やっぱり私は欲張りだね。
想われているのは自覚してるし、心もすごく満たされてる。
でも気持ちだけじゃ足りなくて、その先を望んでしまう。
愛されているという、確かな実感が欲しい。
どうしてこんな欲求に駆られるんだろう。
「好き」と明確に伝えていないから?
伝えたいのに伝えられない、そのもどかしさが、より強い欲求へと駆り立てるのか。
早坂が私に抱いている感情を、もっと近くで感じてみたくて。
遥
早坂
遥
甘えるように囁けば、早坂の肩がわずかに揺れる。
一瞬、息を呑む音が聞こえたけれど、すぐに呆れ混じりのため息を吐かれた。
早坂
やりきれなさを滲ませた悪態に胸が疼く。
艶気を含んだ声に、身体の芯がとろとろに煮崩れするような、甘い余韻が下肢に広がっていくような感覚。
それは意図せず生まれた、官能の火種。
全身がじわりと火照りだす。
遥
早坂
蕩けるような低い声音。
まるで甘い睦言を囁かれているような。
こんなに悩ましげな彼の声は、初めて耳にした気がする。
だからかな、貪欲な私が顔を出す。
その声を、もっと聞きたいと望んでしまう。
……そう、聞きたくなった。
知りたくなった。
魔が差したと言ってもいい。
真面目で誠実で、男女の営みも興味がなさそうな、硬派なイメージしかない早坂が、どんな風に女に触れるのか。
どんな顔で、どんな声で愛を囁くのか。 知りたい。
……抱擁の中で、ゆっくりと身を捩る。
顔を上げれば目が合った。
溶けそうな媚を含んだ眼差しが、私の理性をじわじわと侵食していく。
遥
遥
小首を傾げながら問いかける。
しつこいと咎められるかもしれない。 それでも私は知りたかった。
私が知らない、早坂の男の顔を見てみたい。
この人からの愛情を、一番近くで感じたい。
だから。
遥
早坂
早坂
掠れた声で絞り出された答えは、苦悩交じりな響きを放っていて。
憂いを堪えた瞳の奥に、剣呑な光が掠める。
けれど、すぐに視線を逸らされた。
一瞬だけ覗かせた熱情を、早坂は慌てて打ち消すかのように頭を振る。
まるで、堪えていたものが不意に溢れ出そうになって、困惑しているようにも見えた。
……ますます胸が熱くなる。
その熱情を、もう一度引き出したい。
言葉だけでは物足りない。
それほどまでに好きになってしまった。
この人が好きで、どうしようもなく好きで。
膨れ上がっていく想いを、込み上げてくる衝動を、自分の意志では抑えきれそうもなくて。
早坂
早坂
衝動に突き動かされて、身を乗り出す。
言葉を紡ごうとしていた早坂の唇を、自らの唇で塞いで遮った。
触れた感触は柔らかくて、少しだけ冷えていて。
その生々しい熱に、心臓が大きく跳ね上がる。
私の予期せぬ行動に、早坂は一瞬動きを止めていたけれど、すぐに顎を掴まれて、互いの唇がしっかりと重なり合った。
その力強さに鼓動が高まる。
この人を想う気持ちが止めどなく溢れてくる。
青木さんと別れるまでは早坂の気持ちに応えられない、そう決意したはずなのに。
でも、言いたい。
今すぐ伝えたい。
私も好きって打ち明けたら、早坂はどんな反応をしてくれるだろう。
喜んでくれるかな、 今更遅いって罵られるかな。
この人を求める欲が、どんどん膨らんでいく。
……重ねていた唇を、そっと離す。
視線が絡み合うと、少しだけ恥ずかしい。
キスの余韻で潤んだ瞳に雄の色香が滲み出て、さっきまでとは明らかに、纏う雰囲気が違う。
早坂
拗ねたような口振りに、愛しさが込み上げる。
ぶっきらぼうな口調だけど、機嫌が悪そうには見えない。
この問いかけはきっと、早坂の本意じゃない。
私がそんな軽い女じゃないって、早坂なら知ってるはずだから。
だから、この問いの意図は別にある。
それが何なのかもわかってる。
遥
早坂
遥
早坂
真っ直ぐな熱視線が注がれる。
黒い瞳は肉厚的な温かみを帯びていて、その切ない眼差しに私は押し黙る。
感の鋭い早坂なら、私の気持ちなんてとうに気付いてるはずだ。
私自身も好意を隠そうとしてないし、言葉にしていないだけで、きっと態度や顔に出てる。
それでも早坂は私に訊くんだ。 言葉にしてほしいから。
……でも、今はまだ伝えられない。
早坂の気持ちに応えられない。
だって早坂は言ってくれたんだ、結婚を前提として付き合いたい、って。
それは私も同じだ。
結婚を視野に入れた交際を望んでる。
そして、青木さんの問題が終息すれば、今度は早坂と付き合うんだろうなと理解してる。
だからこそ、青木さんの問題を引きずったまま、結婚前提の交際を受け入れるわけにはいかなかった。
遥
遥
心が激しく揺さぶられる。
申し訳なさで俯く私に、早坂は何も答えてくれない。
戸惑いつつも顔を上げれば、熱に浮かされたような瞳とぶつかった。
絹のような、鮮やかな艶を帯びた眼差しに胸が高鳴る。
空気が一瞬にして変わったのを、肌で感じた。
まるで金縛りにあったかのように動けなくて、そんな私に、しなやかに伸ばされる指先。
両頬を手のひらで包まれて、ゆっくりと迫ってくる気配を拒めなくて。
だから、そっと目を閉じた。
遥
早坂の唇が2度、3度と重なる。
触れているだけのキスは、やがて私の下唇を軽く食んだり、啄んだりと戯れてくる。
湿った吐息が耳朶を打つ。
鳩尾の奥が、じんとした情欲に火照りだす。
その熱を、私はありのまま受け入れた。
好きな人から求められる心地よさに、うっとりと酔いしれてしまう。
早坂
早坂
熱っぽく囁く声は掠れていて。
切羽詰まった顔から目が離せなくなる。
遥
早坂
早坂
早坂
早坂
思わず目を丸くする。
嫉妬とも思える言い分に笑みが浮かんだ。
遥
早坂
素直に認めてくれるから、嬉しくて口元が緩んでしまう。
ほんのり赤く染まった頬が可愛くて、どうしようもなく心が掻き乱される。
――ああ、もう。 この胸の昂りはどうしたらいいの。
これ以上はまだ望んじゃいけない。 そう思うのに。
そんな可愛い嫉妬を見せられたら止まれない。
遥
早坂
遥
早坂の目が軽く見開かれて、何かを言いかけようとした隙を狙って、もう一度唇を押し付けた。
繰り返される触れ合いに、頭の芯が甘く痺れる。
柔らかなキスに解けてしまった唇の合間から、熱く濡れた感触が入ってきた。
遥
ぬめる舌先が触れて、優しく絡め取られる。
その動きはゆっくりで、性急に求める真似はしない。
真面目で穏やかな早坂らしいキス。
舌の裏も舐められて、ぞくっとした甘い愉悦が背筋を駆け巡った。
遥
甘ったるい吐息が漏れる。
酔いが回ったように力が萎えていく。
そして、ゆっくりと押し倒された。
柔らかなラグの上に組み敷かれて、急くようにコートを脱ぎ捨てる彼の姿をじっと見やる。
早坂も、私を求めてくれることが嬉しい。
でも、もっと夢中にさせたくて。
覆い被さってくる彼の首に、両腕を回した。
早坂
何が、なんて野暮なことを言うつもりはなかった。
遥
素直に頷けば、早坂の顔がゆっくりと近づいてくる。
早坂
耳元で囁かれて、薄い耳朶に口付けられた。
首筋がさっと総毛立ち、肩が震える。
耳だけじゃない、額やこめかみ、両頬にも、ありとあらゆる場所に早坂の唇が触れる。
その熱心な口付けは、私の心に淫靡な熱を灯してくれた。
のし掛かる重さすら愛おしい。
背徳的な行為をしている自覚はあったけど、それでも、たまらなく幸せだった。
このまま流されてしまおうと目を閉じた―― その直後。
遥
突然悲鳴を上げた私に驚いて、早坂は勢いよく身を起こした。
何事だと言わんばかりの顔で固まっている。
でも、今の私はそれどころじゃなった。
脇腹に刃を刺されたかのような、酷い激痛が襲ってきたんだから。
反射的に、お腹を抱えて痛みに悶える。
私の異変に、早坂も事情を察したようで。
早坂
早坂
あっさりとした軽い口調で、早坂は私からすぐ退いてくれた。
脇腹を押さえ込む私の手に、早坂の手のひらがそっと重ねる。
早坂
遥
そりゃそうだ、肋骨が折れてるんだから。
男の体重がのし掛かれば、その負荷に耐えられずに痛みが出るのは当然だ。
けれど正直、肋骨の痛みよりも、心の方が折れてしまいそうだった。
せっかくの甘い雰囲気を、自らの過失で壊してしまったのだから。
早坂
遥
元はと言えば、先に煽ったのは私の方だ。
怪我してた事も忘れて夢中になってしまった。
だから早坂は何も悪くないんだけど、でも、なんか……。
早坂
遥
急な発言に驚く。
コートを拾い上げ、そのまま部屋を出ていこうとする早坂の背を目で追った。
なんて声を掛けたらいいのかわからない。
固唾を呑んで見届けることしかできない。
そんな私の視線に気づいたのだろう。 ふと動きを止めた早坂は、こちらをゆっくりと振り返り、ぎこちなく微笑んだ。
早坂
早坂
遥
早坂
パタン、と控えめにドアが閉まる。
室内に再び静寂が訪れた。
先程までの濃密な時間が嘘みたいな静けさで、急に現実に引き戻されて茫然とする。
1人になってやっと、凄まじい羞恥心が湧き上がってきた。
遥
思い出すだけで顔から火が出そうだった。
あんなに積極的に迫って、がっついて。 穴があったら入りたい。
でも、不思議と後悔はなかった。
早坂の新たな一面を知れた、その充足感で胸がいっぱいだったから。
遥
まだ僅かに鈍痛が響いている。
その痛みも時間が経てば引いていく。
もしこの痛みがなければ、あのまま雰囲気に飲まれて、一線を越えていたかもしれない。
遥
キスと身体は許すくせに、交際はまだ駄目だとか。 ここで止まれてよかったかもしれない。
……でも、誰にでもこうはならない。
相手が早坂だったから、好きな人だから。
軽い気持ちで流されたわけじゃない。
『――後悔すんなよ』
脳裏によぎる、早坂の言葉に頭を振る。
後悔なんてしないよ、私の心はもう決まってるんだから。
・ ・ ・
遥
遥
待てども戻ってくる気配のない部屋の主に、痺れを切らした私はついに、帰宅催促のメッセージを本人に送った。
途中で青木さんから着信が来る可能性もあったけど、不思議と恐怖はなかった。
それより早く、早坂に会いたかった。
顔が見たくて、一緒に話したくて。 ずっと隣にいてほしくて。
早坂
早坂
すぐに既読がつく。
ちゃんと返信がきたことにホッとした。
遥
遥
早坂
遥
遥
いつもの調子で茶化してたら、急に返信が途絶えた。
と思ったら、少しの間を置いて『買ってくる』なんて簡素な返信が届く。
この僅かな間で何を葛藤していたんだろう。
想像しただけで可笑しな笑いが込み上げてくる。
・ ・ ・
――いつか早坂は言ってくれたね。 関係が変わっても、私達は何も変わらないって。
友人関係を保つのは心地よくて、でも恋愛を絡ませたら終わると思っていた。
そんな私の不安を取り除いてくれて、私達の仲は変わらないままだと証明してくれた。 揺るがない絆があるのだと、実感させてくれた。
――ひどい失恋のせいで萎えきっていた私の恋が、またキラキラと輝き始める。
きっとこの先、何があっても―― 私達はきっと、私達のままだ。
コメント
2件
もう……第23話、最高でした……! 遥が積極的に迫るシーン、めちゃくちゃドキドキしました。あの「煽るなよ」の台詞とか、早坂の必死に耐えてる感じが伝わってきて胸が熱くなりました。でも、途中で痛みが出て中断しちゃうところ、現実的で逆にグッときました。怪我してるのに忘れて夢中になっちゃう2人の雰囲気がすごくリアルで。 それに、LINEのやりとりで「パシリに使うなよ」って茶化してるところ、ああ、この2人はちゃんと恋人同士の距離感を保ちながらも、友達みたいな関係も続いてるんだなって安心しました。青木さんの問題はまだあるけど、2人の絆は揺るがない気がして、続きがすごく楽しみです!