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遥
予期せぬ感触が唇に触れた瞬間、心臓がドクンッと跳ね上がった。
頬が熱くなり、頭の中が真っ白になる。
状況を把握できても頭が理解できず、抵抗することも忘れて彼の口づけを受け入れた。
戸惑いに揺れる間も、キスが止む気配はない。
そればかりか、抉じ開けられた唇から新たな酸素が送り込まれてきた。
けれど、早坂の舌が侵入してくることはない。
唇を重ね合わせているだけで、リップ音が奏でる事もない。
だから気付いた。これはキスじゃない。
キスなんだけど、目的が違う。 乱れた呼吸を鎮める為のもので、愛情を確かめ合う行為じゃない。
言うなればこれは、人工呼吸。
遥
遥
微笑ましく思うと同時に、安心感が広がっていく。
徐々に呼吸も落ち着いてきた。
――――過呼吸に、キス。
医学的には可能だと言われている。
ただ悪化する危険性も孕んでいる。
ペーパーバッグ法と理屈は同じだから、窒息死する可能性だって高い。
本来、好意を持った相手に対して行うのが理想的だと言われているやり方を、臆することなくやってくれたのは。 それだけ早坂が私のことを信頼してくれている証で、私達の信頼関係が厚いとも言える証拠。
……胸がきゅっとなる。
どうしてだろう、とても嬉しかった。
鼻からゆっくり息を吸えば、早坂の匂いを感じる。
不思議な安堵感に満たされて、私は静かに瞳を閉じた。
遥
波立っていた心が凪ぎていくのを感じる。
早坂の体温を感じたくて、顎に添えられた手の甲にそっと触れてみた。
それが、私が落ち着いた合図だと悟ったのか。 早坂はそっと唇を離してくれた。
互いの吐息がかかりそうな距離。
早坂は真摯な眼差しで私を見つめている。
その瞳にはいつになく切実な光があって、慈しむような優しい色合いに、今度は別の意味で鼓動が早くなった。
とくんとくんと、静かに心臓の音が聞こえる。
早坂
優しい声で問われ、小さく頷く。
すっかり落ち着きを取り戻した私の様子を見て、早坂がほっと息をついた。
その柔和な笑みに、私まで救われたような気持ちになる。
まるで心の奥底に溜まっていた不安が、少しずつ溶けていくみたいに。
遥
早坂
早坂
遥
遥
早坂
不安げに尋ねてくる早坂を安心させたくて、私はにっこりと微笑む。
早坂も安心したように肩の力を抜いた。
椅子に座り直し、シートベルトを締める。
くすぐったいような軽やかな気持ちが、心の中を満たしていく。
頬が緩むのを抑えきれなくて、両手で口元を覆った。
遥
遥
早坂
早坂
遥
遥
満面の笑みを返せば、早坂は耳の後ろを掻きながら目を逸らした。
照れくさそうな態度に、微かな満足感を得る。
とはいえ状況が落ち着けば、おのずと現実に向き合わなければならなくなる。
考えなきゃいけないことは山ほどあるのに、全て後回にして休みたかった。頭が考えることを拒絶してる。
でも、あの部屋には……帰りたくない。
思い悩む私を見て、早坂が口を開いた。
早坂
早坂
遥
早坂
遥
そういえば、そんな事も言ってたね。
早坂
早坂
遥
遥
早坂
遥
早坂
遥
しかめっ面で答えれば、早坂が控えめに笑った。
ゆっくりと車が発進して、ネオンの瞬く大通りへと進路を変えていく。
目に映る景色はどれも朧げで、私はぼんやりとした意識のまま、シートに背を預けた。
心地良い揺れに身を任せ、そっと瞼を閉じる。
眠れそうだった。
不安で冴えきっていた脳が、穏やかな微睡の中に落ちていく。
次第に遠のく意識の中、早坂の存在だけが近くにあった。
遥
遥
遥
きっと絶望に打ちひしがれて、ひとりで泣いていたかもしれない。
青木さんから助けられただけじゃない。 心も救ってくれた、そう思えた。
遥
早坂
遥
早坂
遥
早坂
心地いい揺れが眠りを誘う。
うつらうつらと舟を漕ぐ私の頭を、くしゃりと優しく撫で回す手。
その温もりに安堵して、私は意識を手放した。
コメント
1件
第11話、拝読しました。過呼吸になった遥に早坂が人工呼吸としてキスをするシーン、とても印象的でした。最初は戸惑う遥の心情から、それが信頼の証だと気づくまでの流れが繊細に描かれていて、胸が熱くなりました。早坂の照れくさそうな反応も可愛らしくて、二人の関係性の深まりを感じます。温かい気持ちになるエピソードでした🌷