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翌朝、ジャスパートは録音機材を抱えて現れた。
誰に頼まれたわけでもない。肩から細いコードをぶら下げ、背中には大きめのバッグ、片手には古びたマイク。顔つきだけは、遠足前の子どもみたいに妙に明るい。
「何それ」
モルリが訊く。
「武器」
「小さっ」
「小さいからいいんだよ。でかい音は誰でも拾える」
ジャスパートはそう言うと、橋脚の近くにしゃがみ込んだ。昨夜の雨が残した水滴が、コンクリートのひびから細く落ちている。一定ではない。ぽつ、しん、と間が空いたあと、またぽとりと落ちる。
彼はその下へマイクを差し出し、呼吸まで止めて耳を澄ませた。
シェルターの中にいる全員が、つられて黙る。
しずくの音は、小さいのに深かった。地下避難壕の壁に触れて、少し遅れて戻ってくる。その遅れが、まるで誰かがあとから返事をしているみたいだった。
「ただの水じゃん」
モルリが小声で言うと、ジャスパートは人差し指を唇へ当てた。
「今の、二音あった」
「怖い怖い」
ヌバーは笑ったが、ジャスパートは本気だった。録音機の波形を見つめ、満足そうにうなずく。
サベリオは、少し離れた場所でその横顔を見ていた。
ジャスパートは気難しい。人の話は半分しか聞かないし、機嫌が悪いと三時間は返事をしない。だが、音の前では誰より素直だ。
デシアが長机から立ち上がる。
「聞かせて」
その一言に、ジャスパートの眉がぴくりと動いた。音を軽く扱う人間には機材を触らせないくせに、今はすんなりヘッドホンを差し出す。
デシアは耳へ当て、目を閉じた。
しばらく動かない。
モルリが心配そうに顔をのぞき込もうとしたところで、デシアの睫毛がふっと揺れた。
「……橋の下に入ってきた人の靴みたい」
ジャスパートが珍しく嬉しそうな顔をする。
「分かるか」
「急いでる人と、行き場がない人で、音が違う」
サベリオの胸の奥へ、その言葉が静かに落ちた。
急いで逃げ込む足音。雨をやり過ごしたくて来る足音。帰りたくなくて立ち止まる足音。橋の下には、そういう音ばかり集まっていた気がする。
デシアはヘッドホンを外すと、そのまま『春の音』のノートを開いた。鉛筆を持つ手に迷いがない。
さらさらと、一行だけ書く。
モルリが背伸びしてのぞき込む。
「何て書いたの?」
デシアは少しだけ考えてから、読み上げた。
「――しずくは、帰れない人のために先に泣いている」
誰もすぐには何も言えなかった。
ヌバーでさえ口を閉じるような一行だった。重すぎず、でも胸に残る。シェルターの湿った空気に、その言葉だけがうまく馴染む。
ジャスパートは録音機を抱き直し、ぼそりと言う。
「だから音は強い」
その時、入口の外でまた一滴、しずくが落ちた。
今度は皆、その小さな音がちゃんと聞こえた。