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そして迎えたクリスマス・イブ。
今日は、夕方からオーケストラを聴きに行き、そのあと文哉が予約したレストランに行く予定だった。
夕方までは特に予定を立てず、午前中は街をぶらぶらする。
ニューヨークは美術館や教会、図書館や駅など、どこもかしこも芸術的だ。
真里亜は、見るもの全てから刺激を受けていた。
定番のショップやデパートも見て回る。
「わあ、ティファニーのカフェなんてあるんですね。素敵!」
「すまん。行きたいだろうと思って予約取ろうとしたけど、だめだったんだ」
「そうなんですか?!副社長、私の為に予約を取ろうと?」
「だって、女の子は好きそうじゃないか」
「ふふっ。副社長、意外と女心が分かるんですね」
「意外とは余計だ」
「はーい。お気持ちだけで充分です」
会社の人達へのお土産も買い、両手いっぱいに紙袋を抱えてホテルに戻る。
次の予定までの時間、それぞれの部屋で文哉は仕事を、真里亜は日本の友人へ絵はがきを書いていた。
「さてと。そろそろ支度しようかな」
15時にホテルを出発して、コンサートを聴きに行くことになっている。
真里亜は時計の針が14時を過ぎたのを見てから、メイクを始めた。
鼻歌を歌いながら髪型もクラシカルにアップで整え、さて着替えようとクローゼットを開ける。
「え、あれ…?」
着ていこうと思っていた、紺のワンピースが見当たらない。
「どこ行ったんだろう?おとといミュージカルの時に着たわよね?その後…」
確か、昨日着た赤いワンピースをクリーニングに出して…
「あ!その時に一緒に出しちゃったんだ。大変!」
戻ってくるのは明日。
つまり、これから着ていく服が…ない。
「嘘でしょ?!オーケストラもディナーも、カジュアルな格好では行けないのに…」
その時、クローゼットに掛けられていたもう一着のドレスが目に入る。
(これを着るしか、ない…わよね)
真里亜はハンガーを手に取り、ため息をついた。
そろそろ15時になる頃。
フォーマルなスーツに着替えた文哉は、そろそろか、と腕時計を確かめてから、ドアをノックして真里亜に声をかけた。
「支度出来たか?」
「あ、はい。出来ました、けど」
「なんだ?けどって」
「いえ、今行きます」
意を決したようにドアを開けて入って来た真里亜を見て、文哉は目を見開く。
(そ、そのドレスは…。あの時、俺の理性を崩壊させた破壊力抜群のドレス)
まるでロボットの戦闘装備のような形容詞が頭に浮かぶ。
ショールを羽織って隠してはいるものの、その下はあのセクシーな装いなのだと考えただけで、文哉は鼓動が速くなる。
(待て、落ち着け。このショールさえあれば大丈夫なんだから)
うん、と己に頷くと、素知らぬフリで出口に向かう。
「じゃあ行こう」
「はい」
歩き始めた文哉は、真里亜をエスコートするのも忘れてギクシャクと不自然に手足を動かす。
エントランスからタクシーに乗り、隣に座る真里亜をチラッと横目で見る。
(うん、大丈夫だ。このショールさえあれば)
何度も同じセリフを頭の中で繰り返していた。
タクシーを降りてコンサート会場のホワイエに足を踏み入れると、照明が控えめなせいか、徐々に文哉の気持ちも落ち着いてきた。
真里亜の肩を抱き寄せ、時間まで何か飲むか?と尋ねる。
真里亜が、はいと頷き、二人はバーカウンターで軽くドリンクを飲むことにした。
注文したドリンクを真里亜の前に差し出しながら、バーテンダーが妙に真里亜をじっと見つめる。
真里亜がグラスに手を伸ばした時、バーテンダーがわざと真里亜の手に触れて、ニヤッと笑いかけたのを文哉は見逃さなかった。
文哉はグッと真里亜の肩を抱き寄せて、バーテンダーから遠ざける。
(いや、俺はなぜこんなことを?まるで自分の女だと言わんばかりに)
そうは思うが、やはり心の中では、誰も真里亜に近づけたくなかった。
(ショールがあるからそんなに大胆な格好ではないのに、既に何人もの男が彼女を見ている)
文哉は一気にグラスの中身を飲み干すと、頭の中の考えを打ち消そうとした。
開演時間となり、真里亜と並んでホールの席に着くと、ようやく文哉はホッとする。
オーケストラの演奏は素晴らしく、ふと隣を見ると真里亜が感激のあまり目を潤ませており、その綺麗な涙に文哉は思わず笑みをもらした。
「はー、とっても素敵でした。厳かで、心が洗われるような…。まさに聖夜の音楽って感じでしたね」
席を立ち、うっとりとしながら余韻に浸る真里亜を、文哉は優しく見つめる。
(こんなにも一つ一つを楽しんで感激してくれるなんて。もっとたくさん、どこへでも連れて行ってあげたくなるな)
これから行くディナーも喜んでくれるといいなと思いながら、文哉は真里亜の肩を更に抱き寄せた。
「わあ…、なんて綺麗な夜景なの。セントラルパークと高層ビル、あ!クリスマスツリーも見える!」
予約したレストランで席に案内されると、真里亜はすぐさま窓の外に見とれる。
「副社長。イブなのに、よくこんな素敵なレストラン予約出来ましたね」
「ん?まあな」
本当は、どこのレストランも片っ端から満席だと断られ、粘りに粘って、たまたまキャンセルが出たタイミングでこのレストランを予約出来た。
だがそれを真里亜に伝えるのは野暮なこと。
文哉はすました顔でメニューを広げる。
「コース料理でいいか?苦手な物は?」
「いえ、何でも食べます」
「…だろうな」
「むーっ!じゃあ聞かないでくださいよ!」
「ははっ!」
文哉はワインとコース料理をオーダーし、二人でキャンドルの灯りが揺れる中、美味しい料理を味わう。
「私、こんなに素敵なクリスマス・イブは初めてです」
「そうなのか?毎年、何してたんだ?」
「えーっと、大学生の時はヤケになってバイトしてました。クリスマスケーキ売ったり、ピザを配達したり」
「ええっ?!」
「そんなに驚かないでください。その日は時給も上がるんですよ?一人で家で腐ってるよりはマシでしょ?」
「く、腐るって、そんな」
「AMAGIに入社してからは、忙しいフリして残業してました」
「ええー?!」
「だから、そんなに驚かなくても…。そういう副社長は?彼女とブイブイでしたか?」
ゴホッと文哉は、ワインを吹き出しそうになる。
「お前なあ…。ブイブイってなんだよ?」
「よく分かんないですけど。だって私、ブイブイしたことないし」
「俺もないわ!」
「そうなんですか?」
そう言って真里亜は、もう一度窓の外を眺める。
「ずーっとこの景色を覚えておこう。これ以上ロマンチックなイブは、この先もないでしょうから。今夜のことは忘れません。副社長、素敵なクリスマス・イブをありがとうございました」
微笑みかけてくる真里亜はとても綺麗で、文哉は何も言葉が出てこなかった。
「ではここで。ありがとうございました。お休みなさい」
ホテルに戻ると、真里亜は部屋の前で文哉に挨拶する。
「あ、えっと…」
文哉は気まずそうに真里亜を呼び止めた。
「少し、部屋で飲み直さないか?」
「え?」
「嫌ならいいんだ。気にしないでくれ」
真里亜は、クスッと笑って頷いた。
「じゃあ、少しだけお邪魔します」
「ああ、うん」
文哉は自分の部屋のドアを開けて、真里亜を中へ促した。
部屋の電気を点けようとすると、真里亜が、ちょっと待って!と止める。
ん?と思っていると、真里亜は窓の近くに歩み寄った。
「どうしたんだ?」
文哉も真里亜の隣に並んで外に目をやる。
「見て。あちこちでクリスマスのイルミネーションがキラキラしてる」
「ああ、そうだな。今夜はいつもより多いな」
「ええ。とっても綺麗…」
文哉は、ふと真里亜の横顔を見つめる。
あどけない表情に見えるが、大人っぽく、それでいて清らかで。
頬に触れたいけれど、触れてはいけないような…。
なんとも言えない気持ちを抱えて、心が焦らされる。
と、その時。
真里亜が手にしていた小さなバッグから、微かにバイブの震える音がした。
「あ、すみません」
断ってから、真里亜はバッグの中のスマートフォンを取り出す。
どうやらメッセージが届いたらしい。
目で追っていた真里亜が、急にふっと優しい笑みを浮かべる。
(こんなにも彼女の表情を優しくさせるのは誰なんだ?)
そう思って、文哉は尋ねた。
「誰からのメッセージ?」
「あ、会社の同期からです」
「同期?」
「はい。人事部で一緒だったんです。メリークリスマス!って書き出しで。でも読んでいくと、すごく嬉しいことが書いてあって…」
「どんなこと?」
すると真里亜は、顔を上げて文哉に問いかけた。
「副社長。システムエンジニアの増員について、人事部に話をされたんですか?」
「え?ああ。年明けに全社員に募集をかけるつもりだから、その旨人事部の部長にメールで伝えたけど。それがどうかしたか?」
「私の同期、人事部に採用されましたけど、本当はシステムエンジニアを希望していたんです。いつか必ずAMAGIでシステムエンジニアになりたい。なってみせるって私に話してくれて。私が副社長の秘書に戻る時に背中を押してくれたのも彼なんです」
「…彼?」
文哉の心の片隅に、何かがチクリと突き刺さる。
「ええ。藤田くんっていうんですけど。今届いたメッセージに『エンジニアの増員について、部長から話を聞いた。チャレンジして必ずこのチャンスを掴んでみせる』って。私、嬉しくてもう…」
次の瞬間、文哉はメッセージを読んでいる真里亜の両手を掴み、後ろのベッドに押し倒した。
真里亜が驚いたように目を見開く。
その手からスマートフォンが離れてベッドに落ちた。
「…副社長?」
ポツリと呟く真里亜に覆いかぶさるようにして、文哉はグッと顔を近づける。
「誰がお前にそんな顔をさせるんだ?誰を想ってお前はそんなに優しく微笑むんだ?」
真里亜は息をするのも忘れて、目を見開いたまま身体を固くしている。
「他の男のことなんて考えるな。俺以外の誰にもそんな顔を見せるな。お前に触れていいのは俺だけだ」
「…どうして?」
「どうしてもだ」
そう言うと文哉は、更に真里亜に顔を近づけた。
唇が触れそうになる手前で止めると、低い声で真里亜に告げる。
「嫌ならよけろ」
そしてゆっくりと目を閉じ、真里亜の唇に自分の唇を寄せていく。
(絶対によけられる)
そう思っていたのに、やがて唇に触れる柔らかく温かい感触に、文哉は驚いて目を開いた。
ハッとして真里亜から離れる。
(ど、どうして…?)
真里亜は瞳を潤ませて、はあ…と肩で息をしている。
その艶めかしさに、文哉はめまいがしそうになった。
「なぜよけなかった?!」
思わず強い口調で問い正す。
「…嫌じゃ、なかったから」
「え?」
「嫌じゃなかったからです。副社長にキスされるのが」
はっきりと真里亜が答えた次の瞬間、文哉は堪らないというように切なくギュッと顔をしかめると、今度は奪うように真里亜に口づけた。
何度も、何度も…。
まるで言葉に出来ない気持ちをぶつけるかのように。
「真里亜…」
耳元でささやき、またキスをする。
いつの間に自分は、こんな激情を抱えていたのだろう。
いつの間に自分は、こんなにも彼女に惹かれていたのだろう。
考えても分からない。
だが、これだけは確かだ。
(俺はこんなにも真里亜を愛している)
何度もキスをしながら真里亜を抱きしめていた文哉は、ようやく身体を起こして真里亜の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「うん…」
子どものように頷く真里亜に、文哉はふっと頬を緩めて優しく髪を撫でる。
「ごめん。驚かせたな」
「ううん。大丈夫」
あどけない真里亜の笑顔に文哉も微笑んで、今度はそっとキスをする。
「こんなに自分が抑えられなくなるなんて…。情けないな。本当にごめん」
「ふふっ。謝ってばっかり」
「ごめん」
「ほら、また」
「あ、ごめん」
「ふふふ!」
おもしろそうに無邪気に笑う真里亜の頬を、文哉はそっと手のひらで包み込む。
「可愛いな。いつから好きになってたんだろう、俺」
「んー、いつかな?」
「あの…俺のことは?いつ好きになったの?」
「んー、いつだろう?」
「そんな…」
文哉はだんだん泣きそうな顔になる。
真里亜はそんな文哉の首に両腕を絡ませると、自分の胸に抱き寄せて、チュッとキスをした。
文哉は顔を真っ赤にして、思わず口元を手で覆う。
「うふふ。副社長、可愛い」
「バカ!お前はもう…」
文哉はもう一度真里亜を抱きしめると、綺麗な瞳を見つめてそっとささやいた。
「真里亜、お前のことが好きだ」
「私も。副社長のことが大好きです」
「副社長じゃない。文哉だよ」
「ふ、ふ、…ふ…」
「あはは!くしゃみでも出そうなのか?」
「違うもん!」
からかうと、真里亜は顔を真っ赤にする。
「じゃあ、目を閉じて?」
「うん」
文哉は真里亜の耳元でささやく。
「好きだよ、真里亜」
「私も。好きです、文哉さん」
二人は微笑み合って、またキスをした。
「真里亜、これ…」
いつの間にか肩から滑り落ちそうになっていたショールを、文哉がそっと手に取る。
「外してもいい?」
「だめ!」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「ど、どうしてそうなるの?だめったらだめ!」
必死でショールを押さえていると、文哉はまた甘く真里亜に口づける。
ん…、と真里亜の身体から力が抜けるのを見て、スルリと文哉がショールを引き抜いた。
ハッとした真里亜が目を見開く。
「もう、だめだったら!」
「こっちこそだめだ。こんな姿見せられたら、もう…」
文哉は、あらわになった真里亜の鎖骨のラインを指でそっとなぞる。
真里亜が思わず背中を反らせると、文哉はすかさず浮き上がった真里亜の背中の下に手を差し入れ、滑らかな背筋をスッと撫でた。
ピクッと真里亜の身体が反応する。
「すごく綺麗だ」
手に触れる真里亜の肌は吸い付くようにみずみずしく、いつまでも撫でていたくなる。
背中をまさぐっていた手で、文哉が真里亜のドレスのファスナーを一気に引き下ろした時だった。
「ま、待って。私、どうしたら…」
真里亜が両手でそっと文哉の胸を押し返した。
戸惑うようにうつむき、緊張で身体をこわばらせている。
文哉は少し身体を起こすと、真里亜の頭を撫でながら優しく見つめる。
「大丈夫、何も心配しないで。目を閉じてて」
「…うん」
素顔に頷いて目を閉じる真里亜の頬に、文哉は何度もキスをする。
少しずつ場所を移し、耳元から首筋、肩、そして鎖骨へ。
胸の前にあった真里亜の両手を握り、そっと開いてシーツの上で押さえる。
真里亜はうっとりと文哉に身を任せていった。
そんな真里亜の反応を見ながら、文哉はその身体の隅々に手を滑らせる。
まだ誰にも触れさせたことがない肌。
誰にも見せたことがない身体。
艷やかで美しく、一点の曇りもない真里亜の清らかな全身。
文哉は、まるで綺麗に積もった新雪に初めて足を踏み入れるような感覚を覚える。
汚してしまうような背徳感と、自分に純潔を捧げてくれる真里亜の尊さ、そして何よりも、真里亜への愛しさで胸がいっぱいになり、必ずこの手で守っていくと心に誓いながら、文哉は真里亜の身体に愛を刻み込んだ。
窓の外には輝くイルミネーション。
きらびやかなクリスマスツリーが街のあちこちを彩る聖なる夜。
真里亜は、文哉と結ばれたこの日の幸せを噛みしめていた。
「大丈夫だったか?真里亜」
シーツに包まりながら、文哉が労るように真里亜の髪を撫でる。
「うん、大丈夫」
恥ずかしさに頬を染めながら、真里亜は上目遣いに文哉を見上げる。
「優しくしてくれてありがとう、文哉さん。とっても幸せだった」
「何を言うんだ。俺の方こそ、大切な真里亜の全てを俺に捧げてくれてありがとう。ずっと大切にする、必ず」
真里亜は微笑んで頷く。
以前は、思い込みで互いの秘密を抱えていた二人。
だが真里亜は、今夜また新たな秘密を知る。
冷血副社長が、自分にだけは甘く優しく愛してくれること。
そして文哉もまた、真里亜に内緒である決意をする。
いつか必ず真里亜にプロポーズする、と。
真里亜がその秘密を知るのは、まだ少し先のこと…。