※もしも遥が、最初から学校で「愛されキャラ」だったら。
遥は、気づくといつも輪の真ん中にいた。
自分から前に出た覚えはない。
ただ、誰かが話しかけ、誰かが笑い、いつの間にかそこに居場所ができていた。
「遥ってさ、なんか放っとけないよな」
蓮司が、いつもの調子で言う。
軽口みたいでいて、妙に的確な言葉だった。
「別に、何もしてないけどな」
遥はそう返す。
本当に、特別なことは何もしていない。
声が大きいわけでも、面白いことを言うわけでもない。
ただ、聞いている。相手の話を遮らず、否定せず、必要なら短く相槌を打つ。
それだけ。
でも、それができない人間は、意外と多い。
「それがもう才能だって。なあ日下部」
「同意。遥は“居るだけで空気が和らぐ系”」
日下部は淡々と言い切る。
遥は苦笑した。
――もしも。
本当に、もしもの話だ。
もしも遥が、家でも同じように扱われていたら。
もしも、声をかけられ、名前を呼ばれ、存在を確かめられていたら。
そんな想像が、一瞬だけ頭をよぎる。
でも、この世界線の遥には、それがある。
誰かが「おはよう」と言い、返事が返ってこないと心配される。
少し元気がないだけで、「大丈夫?」と聞かれる。
それだけで、人は折れずにいられるのだと、この遥は知っている。
「遥さ、無理して笑ってないのがいいんだよ」
不意に、日下部が言った。
「え?」
「愛想笑いしない。調子悪いときは黙る。それでも人が離れない」
遥は、言葉に詰まる。
そんな評価を向けられたことが、今までなかったからだ。
蓮司が肩をすくめる。
「それ、めちゃくちゃ信頼されてる証拠だからな。気づいてないのは本人だけ」
遥は、少しだけ目を伏せた。
この世界の遥は、
“耐えること”を美徳にしていない。
痛みを飲み込む代わりに、言葉にできる。
傷ついたら、傷ついたと言える。
誰も、それを責めない。
――だから地獄は、地獄のまま拡張しない。
過去がなかったわけじゃない。
苦しい瞬間も、孤独も、確かにあった。
けれど、それが「当たり前」になる前に、誰かが手を伸ばした。
「遥、今度さ――」
蓮司の声が続く。
日下部が相槌を打つ。
他愛のない話題が、途切れなく流れていく。
遥はその中で、静かに思う。
――もしも最初から、こうだったなら。
自分の人生は、きっと「耐える物語」にはならなかった。
それでも、この世界線の遥は知っている。
愛されることは、奇跡じゃない。
ただ、誰かが「人として」扱った結果なのだと。
だから今日も、遥はそこにいる。
中心でも、端でもなく。
ただ、自然体で。
それだけで、周囲は少しだけ優しくなる。






