どのくらいの時間が経っただろうか?
思い切り泣いた奈緒は、漸く落ち着きを取り戻した。
「すみません……取り乱してしまって……」
恵子がティッシュの箱を持って来てくれたので、奈緒はすぐに涙を拭った。
そこでさおりが言った。
「前にさ、三人で初めて外へランチに行った時、帰りに奈緒ちゃんの知り合いに会ったでしょう? 実はあの時何かあったのかなーって思ってたの。ただまさかそんな事だとは思わなかったから……ごめんね奈緒ちゃん、あの時ちゃんと聞いてあげればよかったわ」
今度は恵子が口を開く。
「奈緒ちゃんごめんね。まさか奈緒ちゃんがそんな辛い目にあっていたなんて……全然気づかなくて、本当にごめんね」
二人の思いやりに、奈緒は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いえ、とんでもないです。前の会社での事ですし、お二人には全く関係ないですから……」
「うん。でも上司としてちゃんと気配りはしてあげるべきだったかなーってね。ねぇ奈緒ちゃん、今度何かあったら全部私に言ってね。私なんかじゃ頼りないかもしれないけどさ、上司として精一杯奈緒ちゃんの事は守るし、同僚としても寄り添うくらいは出来るんだからさ」
「ありがとうございます」
奈緒はあたたかい言葉に感謝の気持ちでいっぱいになる。
すると今度は恵子が言った。
「私だって奈緒ちゃんの心に寄り添うくらいさせてよ! だって奈緒ちゃんと一緒に働くのは楽しいし、この秘書室だって最高なんだもん。だから、何かあったら遠慮なく言ってね。頼りない先輩だけど、奈緒ちゃんの味方くらいにはなれるんだからさ」
「恵子さん、ありがとう……」
恵子の優しい言葉に、また奈緒が涙ぐむ。
そこでちょっと湿っぽくなった空気をなんとか変えようと、さおりがわざと明るく言った。
「恵子ちゃんカッコイイーーーッ! じゃあさ、もし傷付くような事があったら私も恵子ちゃんを頼っていいの?」
「もちろんですよ。男前の私がどーんと受けとめますから、いつでもカモンです! ワッハッハ!」
「キャーッ、恵子ちゃん素敵ーーー!」
「でもさおりさんが傷付く事なんてあるんですかぁ? さおりさんは『鉄の女』で無敵だから傷付かないんじゃ?」
「あらー酷い、失礼ねーっ! 私だって傷付くわよー」
さおりはムキになっている。すると恵子が笑いながら言った。
「まあ、さおりさんは私なんかを頼るんじゃなくて、そろそろ新しい恋人でも見つけたらいかがですかぁ?」
「じゃあ恵子ちゃんが紹介してよぉ~! 私、イケメンでお金持ちじゃないと無理だからよろしくぅ~」
「えーっ? 50女でその条件はかなり図々しくないですかぁ?」
「ハアッ? 何言ってんのっ! 私のお肌はギリアラフォーくらいの滑らかお肌だし、心なんてまだ20代なんだからねっ!!!」
そこで恵子がケラケラと笑い出す。
「私ずっと思ってたんですけど、さおりさんにはCTOの原田(はらだ)さんみたいな人がお似合いかなーって思うんですよねー」
「ハアッ? 原田CTO? あの無口なムッツリオタクがどうして私に合うのよっ? それにあの人今までずーっと独身だったのよ? きっとなんかあるに決まってるわ! そうよ! きっと変な性癖があるのよっ」
「アハハそれは考え過ぎじゃないですかー? それにさおりさんにはああいった頭脳明晰で寡黙なタイプが似合うと思いますよ。ホラ、口じゃあ誰もさおりさんにはかなわないですから、もう最初っから無口な人! で、さおりさんの突拍子もない暴論を理論で封じ込めてくれるような理知的なタイプ? だったら原田さんなんかピッタリじゃないですか! いいコンビだと思うんだけどなぁ~」
恵子がしみじみと言う。
二人の楽しいやり取りを聞いて、奈緒は思わずクスクスと笑い出す。
それに気付いた二人も声を出して笑い、秘書室内には笑いが溢れた。
「ほら、奈緒ちゃんまで笑っちゃったじゃない! んもうっ!」
さおりの照れた様子を見た二人が、また声を出して笑った。
奈緒はすっかり笑顔を取り戻すと、ティッシュで目を拭いながら言った。
「もうこの秘書室最高ですっ! 少し気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
「そうそう、もう過去は振り返らない……だよ、奈緒ちゃん」
「そうよ、うちの会社にいれば絶対に運気は上向きなんだから。だから負けないで一緒に頑張ろうよ」
「はい」
「そうだ! 今日仕事が終わったら三人で飲みに行かない? でさ、浮気癖のあるクソ男についての愚痴大会でも開こうよ! うちの別れた旦那も超浮気男だったからさー、もうこのさおり姐さんが無料でレクチャーしちゃうっ!」
「それ興味あります。有料でも聞きたいくらい! 実は私も昔浮気男に酷い目にあった経験があるんで色々と勉強したいです~」
恵子もノリノリの様子だ。
「浮気男なんてね、私みたいにバサーッと捨てちゃえばいいのよ。今の時代はさぁ、女が男を捨てる時代なんだからね! よーしっ、だったら今日はついでにイイ男の見分け方なんてのもレクチャーしちゃおうかな?」
「キャーッ! 楽しみーっ!」
「是非レクチャーよろしくお願いします」
「OK! よーし、そうと決まったら仕事は定時で終えるよー」
さおりの掛け声と共に、奈緒と恵子は慌ててデスクへ戻り仕事を始めた。
その時さおりが奈緒に言った。
「奈緒ちゃん、もし社内で陰口を言われたり嫌がらせを受けたらすぐに私に報告してね。いい? 絶対我慢なんかしちゃ駄目よ」
「わかりました、ありがとうございます」
頼もしいさおりの口調はとても心強く感じた。
(今度こそ負けない……逃げたりなんてしないわ……)
奈緒はそう心の中で呟くと、ピンと背筋を伸ばして仕事へ集中した。
コメント
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辛い時に寄り添ってくれる人がいるって救われますよね。
辛かったことに寄り添ってくれる人がいるって幸せよね♥悪さをするやつには成敗を!
優しい先輩2人に寄り添ってもらえて奈緒ちゃん前進できそうですね 陰口に負けないで頑張ってね 読者もみんな奈緒の味方だよ❣️