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#命
ruruha
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#学園
要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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七月の空は、朝から重たかった。
蝉の声が響く通学路を、美咲はいつもよりゆっくり歩いていた。
鞄の中には、病院でもらった妊娠に関する書類が入っている。
何度も確認した。
検査薬の結果も、病院で告げられた言葉も、聞き間違いではなかった。
妊娠している。
妊娠七週前後。
まだお腹が大きくなる時期ではない。外から見ただけでは、誰にも分からない。
けれど、美咲の身体の中では、確かに変化が始まっている。
朝起きても、その事実は消えていなかった。
目を覚ました瞬間、昨日までのことを思い出す。
検査薬の結果。 病院の診察室。 医師から告げられた妊娠週数。
夢だったらよかったのに、と思った。
けれど、目を閉じても、開いても、現実は変わらなかった。
学校に着くと、廊下で咲希に声をかけられた。
「美咲、おはよう。今日、ちょっと遅かったな」
「おはよう。ちょっとゆっくり歩いてた」
「珍しいやん。朝からしんどいん?」
「別に。大丈夫」
「ほんまに?」
「ほんまやって」
咲希は美咲の顔を見た。
「……なんか顔色悪ない?」
「そう?」
「うん。寝不足?」
「まあ、そんな感じ」
咲希は少し気にするような顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
二人で教室に入る。
美咲は席に着き、鞄から教科書を取り出した。
書類が目に入らないよう、鞄の奥に押し込む。
その動作をしてから、自分が何をしているのかに気づいた。
誰かに見られたわけではない。
誰かに尋ねられたわけでもない。
それなのに、隠さなければいけないと思っている。
妊娠していることを知られたら、周りはどう思うだろう。
同級生に知られたら。
先生に知られたら。
花火部の仲間に知られたら。
今まで通りに接してくれるのか、それとも、見る目が変わるのか。
考え始めると、授業の内容が頭に入らなくなった。
黒板の文字をノートに写す。
日付を書き、その下に先生の説明を書こうとする。
けれど、ペン先が止まった。
卒業まで、あと何か月もない。
進路のことを考えなければいけない時期だった。
周りの生徒たちは、進学先や就職先の話をしている。
夏休みの予定を立てている子もいる。
美咲も少し前までは、その中にいた。
花火部の活動も、夏の予定も、直人と会う日も。
考えることはたくさんあったけれど、どれも自分の生活の続きにあるものだった。
今は違う。
卒業できるのだろうか。
進学はどうするのだろう。
直人は大学に通い続けられるのだろうか。
自分は高校に通いながら、妊娠や出産について考えていけるのだろうか。
そもそも、これから自分の身体に何が起きるのかさえ、まだよく分かっていない。
妊娠七週。
数字で聞けば短い期間に思える。
けれど、美咲にとっては、もう以前の生活には戻れないと知るには十分な時間だった。
昼休み、咲希が隣の席に来た。
「美咲、お弁当食べへんの?」
「あとで食べる」
「もう昼休み半分終わるで」
「ちょっと食欲ないねん」
「最近、そんな感じなん?」
「……まあ、ちょっとな」
咲希は美咲の弁当箱を見た。
「さっきから全然食べてへんやん」
「今はあんまり食べる気せえへん」
「お腹空いてへんの?」
「空いてるような、そうでもないような……」
「変な感じやな」
咲希はそう言って、自分の弁当を開けた。
「無理して全部食べんでもええけど、何か口に入れとき。あとで余計しんどくなるで」
「うん」
美咲は弁当箱の蓋を開けた。
いつもなら楽しみにしているおかずも、今日はなかなか箸が進まなかった。
一口食べて、箸を置く。
咲希が何気なく話しかけてくる。
「そういえば、夏休みの予定どうする?」
「まだ決めてへん」
「花火部の予定もあるやろ?」
「うん」
「今年も忙しくなりそうやな」
「そうやな……」
「美咲、今年の夏も楽しみにしてたやん」
その言葉に、美咲は目を伏せた。
楽しみにしていた。
確かにそうだった。
夏の活動も、みんなで準備する時間も、花火が上がる瞬間も。
今年も同じように過ごせると思っていた。
けれど、今はその予定を考えることさえ難しい。
体調がどうなるか分からない。
いつまで部活に参加できるのかも分からない。
それを咲希に話すこともできない。
「……どうしたん?」
「何でもない」
「何でもない顔ちゃうけどな」
「ちょっと考え事してただけ」
「そっか」
咲希はそれ以上聞かなかった。
美咲は、そのことにほっとしながら、同時に少しだけ胸が痛んだ。
咲希には話せない。
話したら、きっと驚く。
心配するかもしれない。
怒るかもしれない。
何より、今までと同じように接してくれるのか分からなかった。
そんなふうに考えてしまう自分も嫌だった。
放課後、花火部の部室に向かった。
夏の活動に向けて、準備することは山ほどある。
机の上には資料が広がり、壁には予定表が貼られていた。
「美咲、これ確認してくれる?」
亮介が資料を差し出した。
「うん」
受け取って目を通す。
けれど、文字が頭に入ってこない。
同じ行を何度も読み返した。
「……美咲?」
「え?」
「ここ、日付違うで」
「あ、ごめん」
「珍しいな。お前がこういう間違いするん」
「ちょっとぼーっとしてた」
亮介は資料を引き取り、日付を書き直した。
「体調悪いんやったら帰ったほうがええんちゃう?」
「大丈夫やって」
「それ、今日何回目や」
咲希が横から口を挟んだ。
「朝からずっとそんなこと言うてる」
「そんな言うてる?」
「言うてる。顔色も悪いし」
「寝たら治るって」
亮介は美咲の顔を見た。
「無理して倒れられても困るからな。今日は帰っとき」
「でも、まだ準備が」
「残りはこっちでやる。明日でも間に合うし」
美咲は資料に目を落とした。
ここにいたい。
いつも通りに作業をして、二人と話して、くだらないことで笑っていたい。
何も変わっていないように振る舞いたかった。
けれど、今までと同じように動けない自分がいる。
「……今日は先帰るわ」
「おう。気ぃつけて帰りや」
「何かあったら言いや」
咲希の言葉に、美咲は小さく頷いた。
「ありがとう」
鞄を持って部室を出た。
廊下を歩きながら、携帯を取り出す。
直人からメッセージが届いていた。
『今日は大学終わった。体調どう?』
美咲は画面を見つめた。
少し考えてから、返事を打つ。
『大丈夫やで』
送信したあと、すぐに携帯を閉じた。
本当は大丈夫ではなかった。
身体のことだけではない。
これからどうすればいいのか、何を決めなければいけないのか、考えるほど分からなくなる。
直人と話したときも、二人で考えようと言っただけだった。
直人も驚いていた。
怖がっていた。
大学のことも、これからの生活のことも、何一つ簡単には決められない。
それでも、二人で考えるしかない。
そう思ってはいる。
けれど、二人で考えれば答えが見つかるという保証はなかった。
家に帰ると、母が台所に立っていた。
「おかえり。今日は早かったな」
「うん」
「部活は?」
「今日は先帰ってきた」
「そうなん。体調でも悪いん?」
「ちょっと疲れてるだけ」
母は手を止めて、美咲の顔を見た。
「ほんまに大丈夫? この前から顔色よくないで」
美咲は足を止めた。
「ちょっと寝不足なだけやって」
「夜、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ」
「食欲もあんまりないみたいやし、何かあったん?」
「何もない」
母はすぐには返事をしなかった。
「学校で何かあったんやったら、話してもええんやで」
「ほんまに何もないって」
少し強い口調になってしまった。
母は驚いたように目を瞬かせたあと、声を柔らかくした。
「ごめんな。責めてるんちゃうよ」
「……分かってる」
「しんどいときは休んでもええんやからな。無理せんとき」
「うん」
母は再び台所に向き直った。
美咲はその背中を見ていた。
言えばいい。
今なら、母と二人きりだ。
「実はな」と切り出せば、話せるかもしれない。
でも、その先が続かなかった。
妊娠した。
その言葉を口にした瞬間、母の表情が変わるのを想像してしまう。
心配する顔。
驚く顔。
悲しむ顔。
何より、自分が母に何を言われるのか分からなかった。
美咲は何も言わず、自分の部屋に向かった。
夕食の時間。
父も母も食卓についていた。
いつもと同じように、ご飯が並んでいる。
父が仕事の話をし、母がそれに返事をする。
美咲にも学校のことを尋ねた。
「夏休み前で、学校も忙しいんか?」
「まあ、進路のこととかあるし」
「もう三年生やもんな。これから決めることも増えるやろ」
「うん」
父は味噌汁を飲み、続けた。
「花火部も、夏は忙しいんやろ?」
「そうやな」
「身体だけは大事にせなあかんで」
その言葉に、美咲の箸が止まった。
身体だけは大事に。
父は何も知らない。
母も知らない。
二人の目の前に座っている自分が、もう妊娠していることを。
「美咲?」
母がこちらを見る。
「どうしたん? 食べへんの?」
「……ううん。食べる」
ご飯を口に運んだ。
味がよく分からなかった。
父と母は、いつも通りに話している。
明日の予定や、学校のことや、夕飯のおかずのこと。
その会話に混ざろうとしても、うまく言葉が出てこない。
自分だけが、違う場所にいるようだった。
この食卓で、いつか話さなければならない。
妊娠したこと。
病院に行ったこと。
これからどうしたいのか、自分でもまだ分からないこと。
話せば、両親は何かを言うだろう。
反対されるかもしれない。
産むことを勧められるかもしれない。
産まない選択を考えるよう言われるかもしれない。
どちらにしても、自分の気持ちだけでは決められない現実がある。
そして、どんな反応をされても、聞かなかったことにはできない。
食事を終え、自分の部屋に戻った。
携帯を開くと、直人からまたメッセージが届いていた。
『明日、会える? ちゃんと話したい』
美咲はすぐに返事をしなかった。
話さなければいけないことは分かっている。
これからのこと。
学校のこと。
家族に伝えること。
産むのか、産まないのか。
どちらを選んでも、簡単には済まない。
直人と会って、何を話すのだろう。
二人で考えたところで、すぐに答えが出るわけではない。
直人だって大学生だ。
自分の生活があり、将来の予定がある。
そこに突然、父親になるかもしれないという現実が加わった。
自分だけが不安なのではない。
直人も同じように、何かを諦めたり、変えたりしなければならなくなるかもしれない。
それを考えると、彼に何を求めていいのかさえ分からなくなる。
しばらくして、美咲は短く返した。
『会いたい』
送信すると、携帯を胸元に置いた。
窓の外では、蝉が鳴いていた。
明日になれば、何かが決まるわけではない。
それでも、もう一人で抱え続けることはできなかった。
美咲は机の引き出しから、病院でもらった書類を取り出した。
妊娠週数。 次の受診日。 今後の説明。
そこに書かれた文字を、もう一度目で追う。
妊娠七週前後。
まだ、何もかもが始まったばかりだ。
これから身体がどう変化していくのかも、どんな検査が必要なのかも、分からないことだらけだった。
出産するなら、学校生活はどうなるのか。
卒業はできるのか。
進学を考えていた自分の未来はどうなるのか。
出産しない選択をするなら、いつまでに何を決めなければならないのか。
どちらの道にも、考えなければならないことがある。
ただ怖いからといって、何も決めずにいることもできない。
美咲は書類を机の上に置いた。
自分の身体の中にあるものを、なかったことにはできない。
けれど、それをどうするのかは、まだ決められない。
明日、直人と会う。
そのあと、両親にも話さなければならない。
いつも通りの毎日は、もう戻ってこない。
そのことを、ようやく認め始めていた。
コメント
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うわあ、この回、胸がぎゅっとなりました……。「いつも通りには戻れない」ってタイトルの通りの閉塞感が全編に漂ってて、特に食卓のシーンが辛かったです。両親が何気なく「身体大事に」って言うたびに、美咲の中で何かが止まる描写がすごくリアルで。咲希や亮介の「何かあった?」も優しいのに、その優しさが逆に距離を感じさせる皮肉さ。妊娠が発覚したあとの「日常がただの続きじゃなくなる」感覚が、何気ない動作の一つひとつに滲んでて、読んでるこっちまで息苦しくなりました。直人との明日、どうなるんだろう……続きが気になります。