テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
声が出るのは、きっと甘えだった。言葉にしてしまえば、誰かが拾ってくれるかもしれないという、まだ捨てきれない幻想。
遥はそれを自覚していた。
けれど、黙っていられなかった。痛みも、嫌悪も、言葉になって唇からこぼれる前に、胸の中で暴れた。
声にすれば、何かが変わるなんて思っていない。
むしろ、変わらないことを思い知らされるたびに、少しずつ擦り減っていく自分を、遥は知っていた。
──それでも、喋ってしまう。
今日も、誰かが笑いながら尋ねた。「昨日のあれ、ほんとに泣いた? 声、結構リアルだったけど」
廊下の奥、開かれた窓のすぐそば。カーテンが風に揺れていた。
遥は一瞬、答えようとした。喉が動いた。でも、言葉は止まった。
“泣いた”のではない。“泣かされた”のでもない。ただ、出た。それだけ。
でもそれを言えば、「演技か本音か」の品評会がまた始まる。
──うるさい。
そう言いかけて、結局、何も言わなかった。
それは怒りではなかった。ただ、自分の言葉が誰にも届かないと知っている、その場所にいることの、虚しさ。
自分を囲む空気が、あまりに慣れきったものだった。だから、遥は今日も、声を出してしまうのだ。
「──やめろって、言ってんだろ」
どこかでまた、誰かが笑っている。その笑い声が、遥の耳にだけ、異常に響く。
この教室には、見えない線が張り巡らされている。誰がそれを引いたのかは、もう誰も覚えていない。
けれど、超えてはいけない線の中で、遥はずっと晒されている。踏み込んだ者には“特別な報酬”があり、踏み込まなかった者は“良識”の皮を被る。
遥は怒っていたのか? 怒っていたとすれば、それは“届かないこと”に対してではない。
届かないと分かっていて、なお届かせようとしてしまう自分に対して。
だからこそ、自分の声にさえ嫌悪していた。