テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
4
31
1,630
翌朝、花屋の作業台には、前の日に売れ残った花が幾本か残っていた。どれも傷んではいない。ただ、大きな花束に仕立てるには半端で、夕方まで置けば勢いが落ちる。そういう花は、これまで裏でまとめて処理されることが多かった。
エフチキアは桶をのぞき込みながら、小さく首をかしげた。
「もったいないですね」
「そうだけど、残りものだけで綺麗に組むのは難しいの」
ハヤが茎の長さを見ながら答える。
「じゃあ、綺麗に組まなくていい形にしたらどうですか」
そう言って、エフチキアは薄い包装紙を一枚取り出した。白地に、店でよく使う細い緑の紐。そこへ黄色い小菊を一本、白いスターチスを一本、短く合わせて包んでみせる。花束というより、手紙みたいな見た目になった。
「一輪包み?」
ハヤが思わず近づく。
「一輪じゃないけど、気持ちは一輪です」
「何その理屈」
「帰り道に、ふっと買いたくなるくらいの大きさにしたいんです」
ノイシュタットが横から覗き込み、珍しくすぐには口を挟まなかった。代わりに、アンネロスが焼き菓子の箱を抱えたまま店へ入ってきて、その小さな包みを見て目を丸くした。
「それ、いいじゃない」
「まだ試しです」
エフチキアが少し照れる。
「試しで十分。人は大げさな贈り物より、渡せる言い訳を欲しがるからね」
ハヤはもう一つ包んでみた。薄桃色のカーネーションを一本、草ものを少し添える。手の中でおさまる大きさなのに、誰かへ向かう感じがちゃんとあった。
午前のうちに、それを三つだけ店先へ並べた。札にはハヤが短く書く。
『帰り道の一輪』
『ごめんねの一輪』
『ありがとうの一輪』
字を書き終えたところで、ランドセルを背負った小学生の男の子が店の前で立ち止まった。通りすがりに見るだけの子ではない。じっと、黄色い小さな包みを見ている。
エフチキアがしゃがんで目線を合わせた。
「気になる?」
少年はうなずき、それから慌てて首を振った。
「おこづかい、あんまりないから」
「これは大きい花束より、だいぶ買いやすいよ」
ハヤが値札を見せると、少年は何度もポケットを確かめたあと、黄色い包みを指さした。
「おばあちゃん、昨日泣いてたから」
「どうして?」
「おじいちゃんの写真、落としちゃって。割れなかったけど、びっくりして泣いちゃった」
ハヤは一瞬だけ言葉を探した。供花ではない。でも、慰めたい気持ちは確かにここへ来ている。
「じゃあ、この花、強いから」
黄色い小菊を少し持ち上げる。
「長く持つし、明るいから、お部屋が少し元気に見える」
少年は真剣な顔でうなずいた。
お金を受け取って見送ったあと、店の前にしばらく風だけが通った。大きな売上ではない。帳簿の数字を劇的に変える額でもない。
けれど、一時間ほどして、店の前を通った近所の女性が、ぽつりと話した。
「さっき、あそこの坊やがおばあちゃんに花渡してたよ。二人で泣いてて、こっちまで困っちゃった」
困った、と言いながら、その人は笑っていた。ついでのように白いカスミソウを一束買っていく。
ハヤは伝票に数字を書きながら、胸の中のどこかが静かに温まるのを感じた。
大きく当てなくても、小さく当たることはある。
その小さな当たりが、誰かの一日をちゃんと変えるのなら、花屋はまだ終わっていないのかもしれなかった。
作業台の上には、次に包まれるのを待つ短い花が、朝より少し誇らしそうに並んでいた。