次の週、瑠璃子の携帯に大輔からメッセージが届いた。
今週の休みを聞かれたので瑠璃子は木曜日だと伝える。すると偶然大輔も木曜日が休みだったのでその日にドライブに行く事が決まった。
木曜日はまず大輔が瑠璃子のマンションへ来て瑠璃子の駐車の練習をする。その後大輔の車でドライブへ行く事になったので、瑠璃子は大輔に住所を教えた。
瑠璃子は市内の名所を回れると思うと嬉しくなる。
幼い頃祖母が連れて行ってくれた遊園地にも行けるだろうか? 瑠璃子は木曜日を心待ちにいした。
翌日、瑠璃子が病棟で仕事をしていると大手術を終えた田辺が一般病棟へ移った事を耳にする。
(今日の昼休みに田辺さんのお見舞いに行ってみよう)
瑠璃子はそう決めると張り切って午前中の仕事を片付けた。
昼休みになると瑠璃子は早速田辺の病室へ向かう。
瑠璃子は和柄の折り鶴を繋げた美しい飾りを手にしていた。これは昨夜家で作ったものだ。
田辺は外科の一般病棟の二人部屋にいた。
瑠璃子は入口でノックをしてから部屋に入った。
「田辺さーん」
するとベッドに横になっていた田辺が首だけを瑠璃子の方へ向けた。
「おおっ瑠璃ちゃん、来てくれたんだね、ありがとう」
田辺の声は少しかすれていたがしっかりとした口調だった。
会話が出来るまでに回復している田辺を見て瑠璃子は胸がいっぱいになる。
顔面蒼白で苦しんでいる田辺の顔を見て以来だったので心から安堵した。
「大変でしたね、でも手術が無事に終わって本当に良かった」
「いやぁ岸本先生の『神の手』に救ってもらったよ。あんな優秀な先生がいる病院で本当に良かった」
瑠璃子は笑顔で頷くと手にしていた折り鶴を田辺のベッド脇に吊り下げた。
「瑠璃ちゃん、それ作って来てくれたのかい? 綺麗だねーありがとう。俺は瑠璃ちゃんの花嫁姿を見るまでは死ねないんだからまだまだ長生きするぞ」
「あー、それだったらあと30年くらい待ってもわらないと」
「ハッ? 30年? そりゃー遅すぎるだろう?」
そこで二人が同時に笑う。
しかし笑っていた田辺が顔を歪めた。
「ごめんなさい、まだ痛みがありますよね。じゃあ私はお昼に行きますので田辺さんはゆっくり休んで下さいね」
「うん、ありがとう」
瑠璃子が手を振ると田辺は優しい笑みを浮かべた。
瑠璃子が田辺の部屋を出た後、主治医の大輔が田辺の様子を見に来た。
「田辺さん、具合はいかがですか?」
「今ね、瑠璃ちゃんが来てくれたんですよ。だから気分は上々だよ。あの子は本当にいい子だねぇ」
田辺は笑顔で言うと瑠璃子が持ってきた折り鶴に触れた。その折り鶴を見た大輔はきっと瑠璃子が持って来たのだろうと思った。
その頃田辺の病室を後にした瑠璃子はいつものベンチで弁当を食べていた。そこへ大輔からのメッセージが届く。
【田辺さん、君からの折り鶴が嬉しかったみたいでご機嫌だったよ】
瑠璃子は思わず笑顔になる。
【それは良かったです。でも田辺さんがお元気になられたのは先生のおかげですよ。先生の『神の手』って凄いです】
瑠璃子はそう返信する。
医局に戻った大輔は瑠璃子のメッセージを見て思わず微笑む。
大輔が今までに見せた事のない柔らかな笑顔だった。
そんな大輔の表情を見た長谷川は感慨深げに小さく頷いた。
最近の大輔はどんどん角が取れて人間味が増していた。
尖った部分や頑なな態度は消え失せ周りの人達に対し優しくなっているように思えた。
「恋は人を変える…か……」
長谷川は小さな声で呟くとフッと笑みを浮かべた。
翌朝瑠璃子は寝坊をしてしまった。
目覚ましをかけるのを忘れて寝過ごし慌てて飛び起きる。そのせいでこの日の弁当は作れなかった。
バタバタと身支度をして慌てて家を出るとなんとかギリギリ仕事には間に合った。
ホッとしながら5階へ行きいつもどうりに仕事を始める。
この日は朝一番で新しく入院する患者が家族と共に来ていたので入院についての説明をしてから病室へ案内した。
そして昼休みになると瑠璃子は売店へ弁当を買いに行った。ここで飲み物やお菓子を買った事はあるが弁当を買うのは今日が初めてだった。
弁当売り場へ行くと色々な種類の弁当がズラリと並んでいる。
(どれも美味しそう……でもいっぱいあり過ぎて悩むなぁ)
瑠璃子が困っていると突然横から声が聞こえた。
「これとこれが美味いよ」
瑠璃子が顔を上げるとそこには大輔がいた。
「あ、先生、ありがとうございます。でも2つとも美味しそう…どっちにしようかなぁ?」
更に瑠璃子が悩み始めるとこの売店の名物おばちゃんの正子が言った。
「あたしはこっちがおすすめかな」
「本当に? じゃあこれにします」
瑠璃子は正子のアドバイス通りその弁当を買った。
会計を終えると正子は「はいよっ」と言って弁当の入った袋を瑠璃子に渡す。
その後大輔も同じ弁当を買った。
買い物を終えた二人は売店を後にするとホールで立ち止まる。
「今日はお弁当を持って来なかったの?」
「はい、寝坊して作れませんでした」
「ハハッ、そういう日もあるんだね」
「目覚ましかけ忘れちゃって……結構やらかします」
瑠璃子が恥ずかしそうに笑うと大輔も笑った。
大輔はこの後緊急カンファレンスがあるので弁当は医局で食べると言った。
その時突然瑠璃子を呼ぶ声がホールに響いた。
「瑠璃子!」
聞き覚えのある声に瑠璃子がハッとして振り向くと、なんと瑠璃子の母と義父がこちらへ歩いて来るのが見えた。
「お母さん! お義父さん!」
瑠璃子はびっくりして叫ぶ。
「なんでここにいるの? 」
「あなたが事後報告だったから私達も事後報告よ」
瑠璃子の母はニヤリとして言った。そこで義父も言う。
「瑠璃ちゃんご無沙汰だね。いやね、札幌にお墓参りがてら寄ってみたんだよ。実はこの病院の副院長が私の後輩でね、ちょっとご挨拶をしておこうと思ってね」
「なんだ、そうだったんですか…」
そこで瑠璃子の義父が横に立っている大輔に気付いた。
「こちらは?」
「初めまして、外科にいる岸本と申します」
「岸本さん…という事はもしや心臓血管がご専門の岸本ドクターですか?」
義父は驚いた顔で大輔に聞いた。
「はい、そうですがどうしてそれを?」
そこで瑠璃子が口を挟んだ。
「義父は東京で外科医をしているんです」
瑠璃子の説明を聞いて大輔は納得したようだ。
そこで義父は名刺入れを取り出すと名刺を一枚大輔に渡した。しかし大輔は名刺が手元になかったので恐縮する。
「すみません、今名刺を持っていなくて……」
「いやいやお気になさらずに。東京にいてもあなたの評判はいつも耳に入ってきますよ。いやぁまさか今日お会い出来るとは思ってもいませんでした」
義父はとても嬉しそうだ。
その時瑠璃子の母親が瑠璃子の名札に書いてある『内科』という文字を見て不思議そうに聞く。
「あら、瑠璃子は内科なのにどうして岸本先生とお知り合いなの?」
そこで瑠璃子は偶然大輔と同じ飛行機に乗り合わせ機内で救命救命処置をした事を話した。
「そんなご縁があったのですか」
義父は驚いているようだった。
その時ロビーの時計を見た瑠璃子はハッとする。
「二人とも、岸本先生はお忙しいんだからお喋りもほどほどにして!」
「まぁまぁ大変、すっかりお引き留めしちゃってごめんなさいね」
「いやぁ、長々とすみませんでした」
「いえ、では失礼します」
大輔は二人に会釈をするとエレベーターへ向かった。
そんな大輔の後ろ姿をニコニコと見送りながら瑠璃の母が言った。
「素敵な先生じゃないの」
「そ、そんなんじゃないから」
瑠璃子は顔を真っ赤にして否定する。
その時瑠璃子の母は大輔の顔に見覚えがあるような気がしていた。
しかしどこで会ったのかを思い出そうとしても思い出せない。
瑠璃子はそこで二人と別れた。
その後瑠璃子の両親は副院長へ挨拶した後、夫婦で道内を巡るツアー旅行へと出かけて行った。
コメント
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イイ雰囲気の二人(*´ω`*)♪デートが楽しみです♡ お母さんが 大輔先生に見覚えがある....ということは、やはり二人は過去に会っているよね⁉️
瑠璃子ちゃんと大輔先生は子供の頃に遊んだ事があるのかな?🤗 んー、母親の目は確かよね❤付き合っておしまいッ(*`ω´)b(笑) しかし、大輔先生、心外で有名人って凄い先生なんだわ‼️でもデスラー(笑)🤭
お母さんが見覚えがあるって事は、おばあちゃんのラベンダー畑とかで瑠璃子ちゃんと大輔先生と遊んでいるのかな?