そして木曜日の朝になった。
瑠璃子はシャワーを浴びた後何を着て行こうかと悩む。
まさか北海道へ来てこんなにすぐに男性と二人きりでドライブに行くとは想像もしていなかったので戸惑ってしまう。
色々考えた末、運転の練習があるのでスキニージーンズに白のカットソー、その上にベージュのロングカーディガンを羽織る事にした。
約束の10時になるとマンションの前に大輔の車が現れた。大きなエンジンの音ですぐにわかった。
瑠璃子は部屋を出ると急いで駐車場へ向かう。
瑠璃子が傍まで行くと大輔は車の窓を開けて挨拶をした。
「おはよう」
「今日はよろしくお願いします」
瑠璃子は大輔の車を来客用スペースへ誘導する。
車から降りた大輔はジーンズに黒のセーターというカジュアルな服装だった。
「じゃあ早速練習しようか」
「はい」
まずは瑠璃子がピンクの車の運転席に乗り助手席に大輔が座る。
瑠璃子は一度車を外へ出すといつもやっているように駐車を始めた。その運転の様子を大輔がチェックする。
瑠璃子がハンドルを操作するのを見て大輔は車が曲がる原因がすぐにわかったようだ。
「どこがまずいかわかった。最後にバックする時ハンドルを戻さないままアクセルを踏み込んでるよね? それが原因だね。せっかく真っ直ぐだったのにハンドルを戻さないせいでグイッと曲がっちゃうんだ」
そう言われても瑠璃子にはイマイチピンとこない。
そこで大輔が見本を見せる為に運転席へ座った。
「ここまでは同じだろう? で、最後、ここでハンドルを一回転半戻すんだ。するとタイヤが真っ直ぐになるからこのままバックすればOKなんだ」
「あ、そうか。私、戻さないまま踏み込んでるかも」
「そういう事。じゃ、もう一回やってみようか?」
二人は席を入れ替わりもう一度瑠璃子が駐車を始める。
最後にアクセルを踏み込む際、瑠璃子は大輔に言われたようにハンドルを一回転半戻した。すると車はまっすぐ後ろへ下がり白線内に綺麗に停まった。
「そうそう、一回で出来たね」
「ほんと? やった! もう一度やってみてもいいですか?」
瑠璃子は何回か同じ事を繰り返してみる。すると瑠璃子はハンドルさばきをすっかりマスターしたようできっちりと白線内に車を停める事が出来た。
「完璧だね。もう大丈夫だよ」
大輔から太鼓判を押されたので瑠璃子は喜ぶ。
「ご指導ありがとうございます。明日は必ず病院で真っ直ぐに停めてみせますよぉー」
瑠璃子はニヤッと笑うとガッツポーズをした。
「楽しみだなー。医局からしっかりチェックするからね」
そこで二人は声を出して笑った。
その後二人は大輔の車に乗り換えてからドライブをスタートした。
どこへ行くのだろうと瑠璃子がワクワクしていると大輔はまず『利根別自然公園』へ瑠璃子を連れて行った。
ここは瑠璃子のマンションからも近い。
車を出た二人は早速公園の中へ向かった。しかしそこは公園というよりは自然のまま残された原生林だった。
林の中の小道の先には開けた場所があり大正池という池があった。それを見た瑠璃子は信じられないという顔をする。
「うちのマンションから近いのにこんな自然のまま残された公園があったんですね」
「手つかずの自然だよね。ここは色々な野鳥がいっぱい来る事で有名なんだ。森にはフクロウもいるらしいよ」
「フクロウが?」
瑠璃子は更に驚く。
「前にここで熊の爪が見つかった事もあるらしいから多分熊もいるかもしれない。だから一人では来ない方がいいよ」
「えっ、熊が? ま、まさかうちのマンションまで熊は来ませんよね?」
「ハハハ、熊は人が多い所には出て来ないからそれは大丈夫」
「良かったー」
ホッとしている瑠璃子を見て大輔は声を出して笑った。
紅葉が美しい小道の散策を終えるとちょうど正午前だったので二人はレストランへ向かう事にした。
栗沢町方面にある大輔おすすめのレストランでお昼を食べるようだ。
レストランへ向かう途中、瑠璃子は今走っている道が祖母の家があった場所の前の道だと気付く。
「ちょうどこの先に祖母の家があったんです」
「どの辺り?」
「もうちょっと先です……あ、ここ!」
そこで大輔はハザードランプをつけて車を脇に停めた。
瑠璃子は右手にある住宅を指差して言った。
「今はもう建て替わって違う人が住んでいますがここだったんです」
瑠璃子は少し淋しそうに言った。
「そうでしたか…」
「この左手の小道を上がっていくとラベンダーの丘があるんです。小学生の頃、毎年夏休みは祖母の家に来ていたので毎日この丘で遊んでいました。この前一人で来た時に上まで行ってみたのですがそこは昔のままだったので嬉しかったです。来年ラベンダーの開花時期にまた来ようと思っています」
「来年が楽しみですね」
大輔は穏やかに言うとウィンカーを出してドライブを再開した。
大輔おすすめの店は夕張川の近くにあった。
そこは素敵な佇まいのフレンチの店で大自然の中に建つ素敵な店だった。
少し高台に建っている為夕暮れ時には夕日が綺麗に見える事でも有名らしい。
店の傍へ近づくとフランスパンの焼ける良い香りが漂ってきた。
「岩見沢にこんな素敵なお店があったのですね」
「うん。ここは昔からあるけど最近は若い人達がUターンやIターンで移住してきて新しい店がどんどん増えてますよ」
二人が店に入ると外の景色が見渡せる窓際の席へ案内された。
「ここから眺める夕日は最高です」
それを聞いた瑠璃子は大輔は以前誰かとここへディナーに来たのだと察する。
しかし誰と来たのか聞き返す事は出来なかった。
スタッフが来ると大輔はランチのコース料理を注文した。
料理が来るまでの間、二人は病院の話で盛り上がる。
そこで大輔が言った。
「玉木さんがなぜ僕の一挙一動をチェックするのかわからないんですよね…」
それを聞いて瑠璃子がクスクスと笑う。
「多分……悪気がある訳ではないと思いますよ。なんて言うのかな? 玉木さんは先生よりも年上だからきっと弟のように思ってるんじゃないですか?」
瑠璃子は正直に思っている事を伝える。
それは本当の事だった。瑠璃子が見ている限り大輔に対する玉木のちょっかいには愛が溢れているように感じた。
そして実は大輔は皆に愛されているのかもしれないと思っている。
不愛想な大輔に対し同僚達は常々文句を言っているが、医師としての大輔の腕にはかなりの尊敬の念を持っている。
(多分みんな岸本先生の真の姿をわかっているのよ……)
瑠璃子はそう思いながらフフッと笑った。
その時料理が運ばれてきたので二人は食事をしながら会話を続ける。
そこで瑠璃子は自分が北海道へ移り住んだのは失恋から逃げる為だったと大輔に告白した。
なぜそんな事を話そうと思ったのかは自分でもわからない。しかしなぜか大輔には言っても大丈夫な気がしたので正直に話した。
瑠璃子の突然の告白を聞いた大輔はかなり驚いている様子だった。
「4年も交際していたのに2股を掛けられている事に全く気付かないなんて…バカでしょ?」
瑠璃子は淋しそうな顔で続ける。
「おまけに相手の女性は妊娠していたんです。だからこれはもう何も言わずに引くしかないかなと…」
大輔は少し間をおいてから口を開いた。
「でもその事があったから君は北海道に来たんだよね? それがあったから僕達はこうして知り合えたわけだし」
確かにそうかもしれないと瑠璃子も思った。
「それにしても飛行機ではびっくりしましたよねー。あ、その前に確かカフェでもぶつかりましたよね?」
「うん、君は僕の前の席に座っていたのを覚えているよ」
そこで大輔はふと思い出した。
「そう言えば君は岩見沢駅で熱心に写真を撮っていたよね? ああいうの好きなの?」
「あ、見られちゃいましたか?」
「うん。多分同じ電車だったんだろうな、通りがかった時に見たよ」
「私好きなんですよ、モダンアート的なものが。20代前半は美術館や素敵な建築物を見によく一人旅に行ってました」
「そうなんだ、それはいい趣味だね。僕も割とそういうの好きだよ」
「そうなんですか?」
そこから二人は好きな現代建築の話で盛り上がる。
食事が終わると今度はデザートを食べながら話を続けた。
最後にコーヒーを飲み終えてから大輔が言った。
「次はワイナリーに行こうか」
「はい、楽しみ!」
瑠璃子はワイン好きなのでワイナリーを楽しみにしていた。
昼食は大輔がご馳走してくれたので瑠璃子は店を出ると礼を言った。
そして二人は再び車へ乗るとワイナリーを目指して出発した。
コメント
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大輔先生のバック駐車指導指導も無事終了🅿️🚗 もう上手に停められるね(*´∀`)♪ イイ雰囲気の二人♡ このまま交際に発展かな?
大輔さんのゆったりとした雰囲気良いです。このドライブデートで大輔さんの心をギュッとさせましたね。意外とグイグイ行くタイプの大輔さん👍です。
デートヽ(〃∀〃)ノヾ(*´∀`*)ノ♥️ 良い雰囲気じゃないですか!👌次の展開が楽しみです(*´∀`)ノ