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どうすればいい。どうすれば、この呪縛を解ける。
「アレン様、もう諦めて? お家に帰ったら何食べたい? やっぱり大好きなオムライスかな。お洗濯も全部任せてね。アレン様の好きな洗剤、もう買ってあるから」
耳元で囁かれる甘い毒。この女は、俺の生活のすべてを、俺が気づかないうちに侵食していた。吐き気がした。だが、拒絶しようとするほど、俺の細胞はシオリの支配に屈していく。
その時だ。路地の先から、千鳥足の男がふらふらと近づいてくるのが見えた。
「……に、逃げろ……っ。近寄る、な……」
肺にあるだけの空気を絞り出し、俺は掠れた声で警告した。だが、ふらふらと歩み寄る男に、俺の必死の制止は届かない。
「あん? んだよ、うるせぇなぁ……。兄ちゃん、こんな美人と一緒なんだか
ら、少しは俺にも分けてくれよぉ」
男は赤い顔をして、デレデレと締まりのない笑みをシオリに向けた。
こいつ、シオリの姿を見て顔を赤らめてやがる。この状況で、ただのナンパかよ……!
恐怖の欠片もない、欲望剥き出しの視線。 その瞬間、シオリの瞳から完全に光が消えた。
その瞬間。 シオリの整った眉が、一瞬だけ不自然にピクリと動いた。
「……チッ」
彼女は小さく、だが明確に舌打ちを漏らす。
そして、男が次の言葉を紡ぐより速く、その細い指先で男の喉元を無造作に薙いだ。
「え、あ――」
男は自分が何をされたのかも理解できぬまま、真っ赤な鮮血を雨の中にぶち撒け、泥水の中へと崩れ落ちた。
「……アレン様との時間を、邪魔しないで」
シオリは冷たく言い捨てると、何事もなかったかのように再び微笑み、俺の頬を撫でた。
俺との会話と邪魔された。ただそれだけの理由で、こいつは人をゴミのように処理したのか。
シオリへの嫌悪が、怒りが、激流となって胸の中を駆け巡る。だが、その負の感情が高まるほどに、皮肉にも俺の身体はさらに深く、冷たく石化していった。
シオリに抱えられ、闇の中へ引きずられていく視界の端。 路地裏のゴミ溜めの影に、微かな「気配」を感じた。
(……誰だ? ナンバーズか? ……あいつ、No.2か)
レイとの戦いで俺を置いて真っ先に逃げ出した臆病者。
あいつ、まだこの近くをうろついていたのか。自分だけ助かろうとしたあいつのことは、絶対に許さない。……だが。
(……使える。あいつの足なら)
俺が必死に策を練っているその裏で、カケルはガタガタと膝を震わせていた。
「……ひっ、……あ、あんなの……勝てるわけないよ…。覚醒者どんだけいるんだ……。 でも、でもアレン君を見逃したら、僕は研究所に処分されるかも……。またあの時みたいに『いらない子』って言われちゃう……」
かつての仲間が連れ去られる光景。
助けたい正義感ではなく、自分の居場所を失う「恐怖」に突き動かされ、カケルは震える手で自身の脚、加速装置に触れた。
「どうしよ……どうすれば……っ」
雨の路地裏。三つの思惑が、最悪の形で絡み合い始める。
◆
だが、その「最悪」をさらに塗り替える「異常」が、数キロ離れた第十7監獄で今まさに答えを出そうとしていた。
デッドQの能力を暴くしか、この絶望を打ち破る勝ち目はない。
今までの事象を、整理しろ。
あいつとの会話は、どこか微妙に噛み合っていなかった。覚醒者の核であり、僕らを生かしている唯一の弱点、脳。それを至近距離の散弾で破壊されたというのに、あいつは死ななかった。
それだけじゃない。そもそも、あいつは……痛みを感じていないんじゃないか?
僕だって常識外れの再生力はある。だが、傷を負えば痛みは感じるし、激痛は思考を狂わせる。
なのに、奴は顔面を物理的に喪失した直後でさえ、笑いながら起きてきた。
(……脳は、電気信号で痛みを受け取り、思考を司る。奴が『痛み』を感じず、脳を失っても『話すこと』や『動くこと』ができているなら……。奴の身体において、脳はもう脳の役割を果たしていないんじゃないか……いや、脳へと伝わる『扉』が、完全に閉ざされているんだ。)
痛みも、損傷も、死の恐怖も。すべてが脳に届く手前で遮断されている。
デッドQを倒すには、あるいは殺すには、今の役割を果たしていない脳を正常に復活させること。
なら、その扉を無理やりこじ開ける『鍵』は何だ?
予想だが、奴の能力は……不死身。死を意識しない限り、死なない。 自分の脳に「死」という情報を入れないことで、肉体の崩壊を強引に止めているとか……。
「笑っちゃうわ。説明がつかない。そんなこと、あっていいはずがないよね。……でも、僕の能力だって、同じようなモノだし……。」
常識に縋るのはもう終わりだ。扉が閉まっているなら、鍵を探すまで。
「ねぇ、デッドQ。君は『死』について、どう考えてる?」
僕の問いに、デッドQは再生したばかりの唇を吊り上げ、唾を吐き捨てた。「死……? 何だそりゃ? 忘れたわ……。あっ! 飯の名前か? ……さぁ、お喋りは終わりだ! まだまだ殴らせろよ!」
(多分、鍵は『死』を思い出させることかな。なら、攻略法はあるかも)
瓦礫を粉砕し、デッドQが弾丸のように突っ込んでくる。 死という概念を脳から締め出した怪物。
「デッドQ、君の細胞一つ一つに、嫌でも『死』を自覚させてあげるよ。その硬すぎる扉を開けてやる。」
三体の僕が、同時にデッドQの死角へと躍り出た。
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