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ゴミ溜めの影から、ガタガタと震えるカケルの姿が見えた。
あいつ……まだ迷ってやがる。
声は出せない。少しでも声を出せばシオリに気づかれ、カケルごと消される。
俺は持てるすべての意志を瞳に込め、カケルを射抜くように睨みつけた。
(……来いッ! No.2! その脚、速さでお前がすべきことを考えろ!!)
顎をクイクイと動かし、俺は全力で合図を送る。
伝われ…。伝わってくれ。
「う、うわぁぁ……。アレン君、めっちゃこっち睨んでる。……顎? 顎を動かしてる? え、これ、来いってこと!? 助けろってこと!?」
ゴミ溜めの影で、カケルが過呼吸気味に呟くのが聞こえた。 あいつは何度も頷き、自分に言い聞かせるように言葉を繰り返す。
「助けないと……あの女の人からアレン君を……。僕は、いらない子じゃない。いらない子じゃない、いらない子じゃないんだ……!」
(……よし、何とか伝わったか)
俺は心の中で安堵した。 あいつのスピードで俺を救出する。そのままこの場を離脱する。
どんな能力にも、必ず発動の「有効範囲(射程)」があるはずだ。今の俺は指一本動かせないが、カケルの脚でこの女から距離を離しまくれば、いつかこの呪縛も解ける。
(……来い、No.2。俺を抱えて一気に駆け抜けろ!)
俺が勝利への「兆し」を確信した、次の瞬間だった。
「だぁぁぁぁぁぁっ!!!」
カケルが選んだのは、救出でも逃走でもなく「全力の先制攻撃」だった。
加速装置を限界まで吹かし、弾丸と化したあいつの脚が、シオリの細い腰を真っ正面から捉える。
ドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音とともに、シオリの身体が路地の奥へと吹き飛んでいった。
「な……っ」
支えを失い、俺の肉体は泥水の中に崩れ落ちる。だが、俺は地面を叩いて即座に立ち上がると、目の前で呆然としているカケルに詰め寄った。
「何してんだ、テメェェェッ!!!」
俺の拳が、カケルの頬を鋭く捉えた。
「痛っ!? な、なんで!? 助けたのに!」
「女を蹴るなと言ったんだ!! 男の拳は女を殴るためじゃなく、守ってやるためにあるんだよッ!!」
「あ、熱い…… 男だ…。で、でも敵だし……僕、蹴ることしかできないし……っ」
泣きべそをかくカケルを尻目に、俺は荒い息を吐きながら自分の手を見つめた。
(……はぁ、はぁ。……ん? 俺、動けてる……!?)
石のように固まっていた肉体が、今は羽のように軽い。
そうか。カケルが彼女を吹き飛ばしたあの瞬間。俺はシオリを、俺を支配する恐怖の対象としてではなく男に理不尽に傷つけられる「守るべき対象」だと思ったんだ。
(……『恐怖』を、俺の『美学』が上書きしたのか)
なんという皮肉だ。彼女を女として尊重しようとした俺の誇りが、彼女の支配を打ち破る「鍵」になった。
「あふ、あはははははっ!!」
路地の奥、瓦礫の山の中から、狂ったような、それでいてどこか嬉しそうな笑い声が響いた。
◆
僕は二体の影を展開し、デッドQを包囲した。
『未来』が先を読み、『過去』が死角を突く。僕はその隙に、ショットガンの銃口をデッドQの下半身に押し当てた。
ドォォォォンッ!!
至近距離で散弾が弾け、デッドQの膝下が文字通り消し飛んだ。巨体がバランスを崩し、地面に這いつくばる。
「あはは! 派手にやってくれるじゃねぇか!」
デッドQは笑っていた。僕は間髪入れず、再生を始めるその肉体に三体の影とともに怒涛の打撃を叩き込む。
狙いは破壊じゃない。再生しようとする各細胞に対し、「死の苦痛」を何度も、何度も繰り返し刻み思い出させることだ。
(脳が扉を閉めているなら、全細胞に『死』を意識させ、内側からその扉をノックしてやる……!)
これが、僕が導き出した『鍵』だ。
だが。
「……うーん、何してんだ? 面白くないぞ?」
デッドQの笑みが、さらに深く裂けた。
次の瞬間、視界が歪むほどの衝撃が僕の脇腹を襲う。
「ぐはぁ………!」
巨躯から繰り出された、予測不能の打撃。僕は監獄の壁まで吹き飛ばされ、背骨が軋む音を聞いた。
痛い。
脳が損傷の激しさをアラートとして鳴り響かせる。
(……くそ。この程度のダメージじゃ、奴の扉は揺るがないのか……? 奴に死を『思い出させる』には、こんな生温い方法じゃダメだっていうのか……!)
瓦礫の中で血を吐きながら、僕はデッドQの不気味に揺れる巨体を見上げた。
勝てるビジョンが見えたはずなのに、目の前の怪物はさらに巨大な絶望となって立ち塞がる。
僕は口元の血を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
脳が損傷の痛みさえも「燃料」として取り込み、異常な熱を帯び始める。
「……わかった。わかったよ、デッドQ。お前を殺すよ」
僕は笑った。
自分でも驚くほど、低く、愉悦に満ちた声が出た。
「僕も楽しまないとね。当たり前が通用しない、おかしい君が相手なら……こっちも、『当たり前』をやめてやるよ」
影が、僕の肉体に溶け込むように重なっていく。
「あーあ…。 処刑台を思い出すよ。ハイになってきた……。」
死を忘れた君に、極上の死を。
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